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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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平穏の終わり

突如、発生した原因不明の火災とモンスターの出現により故郷であるペルーは焼き尽くされ、人々は蹂躙された。唯一の救済ーーーーシェルターアルカディアは闇の中をひたすらに突き進む。


外部からの救援は期待できず、職員を捜索していた隊は一夜明けても戻ってはこなかった。死んだと考えるのが妥当なのか、まだ救助要請にもがいているのかもわからない。


どちらにせよ、生き残った者たちに待っていたのは不安と絶望だけだった。


家族との再会を待つ者、友人の安否を気にする者、死者を悼む者、これから待ち受ける運命を嘆く者。


何が正解なのか、どの判断が最善なのか、その選択をするのは果たして誰なのか。きっと誰もわからないだろう。しかし選択を迫られる時は確実に近づいてくる。


生き残るために、誰も死なせないために力の限り戦う。





「コウくん、そのかぼちゃ持ってきて〜」


俺はふれあい広場というシェルター内で最もスペースがある広場でハロウィンパーティーの準備を着々と進めていた。準備にはコウタはもちろん、ユノやダンゾウ、その他大勢の市民たちが参加していた。


こんな状況だからこそ、何かアクションを起こしてないと気がおかしくなってしまうからかもしれない。少なくとも俺はそうだった。


「パンプキン!」


「おー、よく知ってんな〜」


かぼちゃの被り物をすっぽりと被ってすっかりハイテンションのコウタはシェルター内で生活する人々を心なしか癒しているようにも見えた。


こういったイベントを開催してくれるのは被災者にとって大きな心の励みになった。どうしても閉鎖空間の中で過ごすと孤独に耐えられない人が出てくるからだ。


たとえまだ1日しか経っていなくとも、それが蓄積されればいつかは壊れてしまうのだ。


少し気が早い気もするが、仮装を始めている人もちらほら見られた。女子高生なんかは血糊とインクを使ってゾンビメイクをしていたり、マントを着用して吸血鬼になっている者もいた。


「コウくんは可愛いなぁ」


ダンゾウがカボチャを被った愛くるしいコウタを見て微笑む。コウタのことを紹介した時、やたらと羨ましそうにしていたのはダンゾウとユノだった。


子どもと触れ合う機会のない彼らにとって、コウタの存在は新鮮味を帯びたものだったのだろう。


「ほんまになぁ、見てたら子供欲しくなるわ〜」


ユノがそんなことを言うと、ダンゾウが変な妄想をしたからか顔を真っ赤にして興奮していた。きっと生々しくて卑猥なことを考えていたに違いない。


俺たちは他愛ない話をしながらもハロウィンの装飾をしたり仮装をしたりして夜を待ち侘びた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「機は……熟した」


たった1日で荒廃したペルーの街に夜が訪れる。夜とともに現れたのは死に蔓延る軍勢。


死王デスマーチを筆頭に次々と死の臭いにおびき寄せられたクリーチャーやモンスターがペルーの街に集っていた。


1つ確かなことは、ここに姿を現したのは屍人ではない。屍人の定義とは死を迎えたものたちの肉体が腐敗し、その怨念で活動を始める者のことを指す。その力は矮小で、一対一ならば1人で倒すこともできなくはない。


しかし、ここにいるのはそれには属していない者たちばかりだ。鬼と火災の影響により大量の死者がこの街に発生した。そして、その全てが適切な処理も供養もされていない骸ばかりだという事実。


これだけの条件が揃えば、この狂宴を始める下準備としては十分すぎると言っていい。今この瞬間こそがこの者たちにとって最も輝けるタイミングなのだ。


そして何よりもこの死王デスマーチが出現したこの夜こそが全てを終わらせるに相応しい。


死王がいなければ死に蔓延る者たちの存在すらもありえないというのだから。


不死身の肉体に霊力を宿したゾンビ。


霊能力を駆使し、実体を持たない悪戯好きのゴースト。


ゴーストを出現させ、呪術を詠唱するネクロマンサー。


ウイルス性の爪牙を合わせ持ち、血に飢えた肉体を暴走させるアンデッド。


孤独と迫害に絶望し、強靭な肉体を手にしたフランケンシュタイン。


魂を狩ることを生業とし、鋭い鎌で魂を刈り取っていく頭蓋、ソウルワイト。


この軍勢が出現する情報は誰も予想できない。災厄が訪れた場所に出現は限定されるが、その活動は神出鬼没。街や国が1つ落ちるまでその殺戮は誰にも止められず、ダメージを受けた地域を二度と復興できぬように終焉を告げさせる。


「デスマーチ様、キラービーストが人間を発見いたしました」


人語を話せるネクロマンサーが死王に膝をついて報告する。キラービーストとは血に飢えた獣の総称であり、生前は犬やら狼やらの類が多かった。


「1人は………生かしておけ。ウイルスを……感染させて…おくのだ。キラービーストにそいつを尾行……させろ。それ以外……コロセ」


「は、ただちに」


ネクロマンサーはすぐにそこから消え失せて、死王の命令通りに行動する。主人のためなら命すらも惜しくない。人間の感情という域を超えたその忠誠心は死して尚、残り続けるだろう。


2メートルはある黒の鎧に身を包み、顔を晒すことのない兜からは禍々しいオーラに溢れている。腰には大剣が備え付けられており、一目でこの軍勢の主だとわかるだろう。


「ダークナイト」


死王は手元にダークマターを出現させて、掌を天へと翳しその物質を闇夜に解き放った。その闇の塊は周囲一帯に拡散して陽の光を浴びせまいと街を覆い尽くすのだった。


凶悪な僕たちを従えて死王デスマーチは不気味な笑みを浮かべる。これから破滅の宴を開く、その喜びに。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「せっかくのハロウィンなのに、貯水槽の水質管理だなんて気が滅入っちゃうわ。まぁそんなことも言ってられないか……」


シェルターアルカディアの内部に設置された貯水槽。その管理に当たっているレーナは水が入ったタンクに映る自分の姿を見て呟いた。この貯水槽が飲み水からシャワーまで、シェルター全体の水分を供給している。


彼女の他にサリーとグロウの2人が水質データを入力したり、水を抽出したりして真面目に作業を行っている。ここが潰れてしまえばシェルターの運営も生活も一気に困難になってしまう。


しかし、どんなに大変な仕事でもこの街のため、最愛の夫と子どものために働いていると考えると不思議と力が湧いてくる。どんな苦しみもいつかは終わると思えば、その先に幸せがあるとわかればシェルターの生活など辛くはない。


「早く救援が来ればいいですね、レーナさん」


同じく水質管理担当のサリーが鬱屈としていたレーナを励ましてやろうと声をかける。


「そうね。一晩、捜索隊は帰ってきていないけど私は希望は捨てないわ。最後までシンジを。いえ、ここの職員を信じているわ」


「もう、レーナさん!ここでも惚気ちゃって!やめてくださいよ〜」


「ふっ、羨ましいかしら?サリーもせいぜい彼氏でもつくって頑張ることね」


「彼氏……シェルターでですか…」


「まぁ。そうなるわね」


勝ち誇ったような笑みを浮かべるレーナにサリーはこの状況で彼氏をつくる余裕などあるはずもなく、反論することもできずにため息をつくしかなかった。


「ねぇ、ところでグロウは何をしているの?さっきからタンクの水の抽出に時間がかかってるみたいだけど?」


「グロウは何か今日、体調が悪いみたいで。きっと環境が変わったせいですね。吐きそうだとか頭痛がするだとか朝からぼやいてましたよ」


サリーと同期で同じ時期にここに配属されたグロウは真面目で、体調管理も怠らないような青年だったから、そんな彼が体調を崩すとは余程のことなのだろうとレーナも怪訝な顔で思いを馳せていた。


体調不良という悪い知らせに2人もシビアな空気になったのか、一瞬だけしんと静まり返った雰囲気が辺りを包んだその時。



水の中に大きな物体が落下したような音が沈黙を破って貯水タンクから響いた。まるでスイミングの飛び込みのような重みのある音が。


「えっ!?」


サリーは一瞬何が起こったのかもわからずに戸惑っていたが、先に動いたのはレーナの方だった。真っ先に貯水タンクの方へと向かって嫌な予感を察知する。


まさか、水の温度や水分濃度を測定していたときに誤って転落したのか。そんなことがあり得るのかと。


「サリー、すぐにタンクのハッチを開いて!それから助けを呼ぶのよ!」


「は、はい!」


すぐに動いたレーナを見て我に返ったのか、慌てて彼女の言うとおりに機器を操作してハッチを開き、館内にいる者に救援を要請した。


タンク付近にグロウの姿はない。助けを呼ぶ声も聞こえない。レーナの推測は間違っていなかったのだ。


タンクにかけられた梯子に登って上から見下ろすと膨大な水の中に沈みゆく瀕死のグロウの姿があった。窒息しそうなのか、空気を求めてもがいている。


このまま助けが来るまで待つか、自らを犠牲にして彼を救出するかという選択肢がレーナの脳内に浮かび上がる。後者はリスクが伴うのは誰がどう見てもわかる。


下手をすれば彼を助けられても二度とシンジやコウタに会うことすらできなくなるかもしれないのだ。


誰も失うわけにはいかない。それが愛しき夫が今誰よりも望む答えだった。だとすればその願いを叶える後押しをするのは誰なのか。レーナは自問する。


ーーーーーー助ける。


その考えが思い浮かぶよりも先に体が動き始めていた。落下防止のために設置された柵に体をよじ登らせて、その下でもがき続けるグロウの姿を捉えた。


躊躇う様子もなく、覚悟を決めて貯水タンクの内部へと体を滑らせるのだった。



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