ハロウィンパーティー
目が覚めてベッドから体を起こそうとした時に身体中に痛みが走り、違和感を覚えたのはシェルター生活が始まって2日目の朝だった。
「どこだっけ……」
寝ぼけ眼を擦ったら見慣れない天井が視界に広がって、ここは自室とは明らかに違う場所であると理解する。昨日の朝も起きてすぐ、見慣れない感覚があった気がする。
そうだ、確か昨日の朝は病院で過ごして、それから……
一気に大量の記憶が脳内に流れ込んできた気がした。鬼の恐怖や街の景色、犠牲者の遺体。
すべてを理解した。この筋肉痛も見慣れなかった天井も。
「そうだ。ここシェルターだった」
街が壊滅した事実も多くの人が亡くなった惨劇もすべて夢ではなく、現実の出来事なのだと。
それを思い出すと、そのことについて考え出すと、急に気分が悪くなった。安否不明のマナのことやこれからの生活のこと、どう考えても悪い方向に進んでいくような気がした。
きっと1日のうちにいろいろなことが起こりすぎて自分自身、受け入れきれてないのだと思う。俺はそこまで要領のいい人間ではない。
「レオ兄ちゃん、おはよー」
隣で起きたばかりのコウタがまだ眠たそうに挨拶する。時刻は朝の7時過ぎ。
「おはよーコウくん」
きっと目覚まし時計をかけていたのだろうが、きちんとこの時間に起きてくれるあたり、手間もかからず育ちの良さが垣間見られる。
そういえばコウタの他にもう1人ここで暮らしている人がいたような気がする。
「エイルは?」
「えいる……誰?」
そういえばコウタに彼女の名前を言ってなかったっけ。
「昨日寝てたお姉ちゃんの名前だよ。まだ寝てるかな?」
二段ベッドの上段で寝てたはずなんだが、もう出ているのだろうか。
するとコウタが真相を確かめるべく、誰かいないか梯子に登っていく。
「お姉ちゃんまだ寝てるよ〜」
あ、寝てんの。
てっきり、まるで誰も使っていなかったかのように布団は畳まれ、その上にシーツが重ねられてあった。みたいな展開が待ってるのかと思ってしまった。
治癒魔術を使えるがゆえに早朝から医務室で勤務しなければならないみたいなペナルティが課せられているのかと思った。
彼女にはゆっくり休んでほしい。きっと俺よりも遥かに過酷な1日を昨日経験しただろう。
「レオ兄ちゃん、お腹すいた〜」
ベッドから降りてきたコウタは伸びをしながら大きなあくびをした。
「よし、服着替えて飯食いに行くかっ」
服に関しては昨日着ていた服はボロボロなのでここで支給されたポロシャツとパンツぐらいしか着る物がない。ほぼ全員それを着用しているのであまり気にしていない。
コウタの着替えを手伝って顔を洗って、トイレに行って。普段、こんな生活を過ごさない俺からすればパパになったような新鮮な気分で少し楽しかった。
こんな朝には太陽の光を目一杯浴びて、エネルギーをチャージしたいところだがシェルターの中にいてはそれはかなわない。完全に隔離された空間。外に出ることは許されない。眠たくてよく覚えていないが昨日の晩、職員がそんな警告を繰り返ししていたような気がする。
そう考えるとこのまま一生外に出られないのではないかという気さえする。まるで鳥籠の中にいる気分だ。
「レオ兄ちゃん、行こう?」
「お、そうだな」
コウタに手を引っ張られてそのまま部屋の外まで連れて行かれる。エイルを起こしていこうか迷ったが、疲れてそうだったので寝かしておくことにした。
カフェテリアには朝食を食べるべく集まった人たちで溢れかえっていた。これだけの人が一気に押し寄せてきたら職員も多忙になるだろうなと他人事のように考える。
「人いっぱいだね……」
「これはゲームなんだよ。名付けて、誰が早くご飯を食べられるかゲーム!ルールは簡単!サッとこの列に並んで誰が一番先にご飯を全部たいらげることができるのか!さぁコウくん、君も早く並びたまえ!」
途方にくれるコウタの不安をかき消したいがために俺は道化を演じることにした。
「うん、早く並ぶ!」
コウタの方も誘いに乗ってくれて俺の迫真の演技が無駄にならずに済んで一安心。
「ただし、順番抜かしは禁止だぞ!見つかったらまた最後尾から並び直さなきゃならない」
「わかった!抜かさないよ」
コウタはびっくりするほどお利口さんで、普段子どもの世話などしない不器用な俺の立場からすればかなり助かった。泣いたりしたらどうしたらいいのかわからなくなる。
「偉いな〜コウくん。さて、今日のメニューは何かな?」
「ハンバーグ!」
「ハンバーグは昨日食べたやん」
「じゃあエビフライ!」
「あーいいね、エビフライ最近食べてない」
並んでいる間は他愛ない話で盛り上がったりしてただひたすらにコウタを笑わせることだけを考えた。
ハンバーグでもエビフライでもなく、味噌汁とご飯という質素な朝食を食べ終えるとひょっこりシンジさんがカフェテリアに現れた。
「パパ〜!」
シンジさんを見るとコウタは一目散に父親の元へかけていった。その光景を見て、やっぱ父親にはかなわないなぁと感服する。
走ってきたコウタをシンジさんはしっかりと受け止めて、
「いい子にしてたか?」
と笑いかけた。
初めて会った時にコウタの世話を頼まれて、面倒な人じゃないかと思ってしまったのが今では恥ずかしいくらいだ。
シンジさんはこちらに気づいて、コウタを連れて挨拶をしに来た。
「ごめん、レオトくん!大変だったよね?」
少し申し訳なさそうに手を合わせて顔を下げて彼は謝った。
「全然、そんなことないですよ!」
シンジさんの罪悪感を掻き消そうと俺は慌てて否定した。しかし、これは控えめな表現や気を遣った社交辞令などではなく、本心から思っていたことだった。実際、コウタと日常を過ごすことで得られたものはあるのだから。
でも、これだけ多忙なのであれば普段は誰がコウタの相手をしてやっていたのだろう。
「いつもは保育園に預けたりしてたもんで、こんな事態になったらやっぱダメだったわ」
シェルターで勤務する身からすればきっと、ずっと恐れていた事態なのかもしれない。この施設を使う状況にまで追い込まれるなんて誰が想像しただろうか。
地上にある機能が全停止した今、頼りになるのは信頼や協力といったものなのかもしれない。
「まぁ、コウくんのことは任せてくださいよ。彼、良い子にしてましたよ。ね?」
俺はかがみ込んで、コウタの頭を撫でながら言った。
「うん!いい子にしてた〜」
彼は子供らしい無邪気な笑顔で元気に返事する。
それを見てシンジさんも少し安心したのか、ニヤリと笑ってコウタのことを褒めていた。
「シンジさん、大丈夫ですか?あまり眠れてなさそうですけど……」
「ま、大丈夫さ。君らの安全は俺が保証するよ」
かなり疲れて見えたけれど、それでも彼は笑って子どもの前で決して弱みを見せることはなかった。これが大人の余裕というやつなのだろうか。
「頑張ってください。何かできることがあれば俺も手伝います」
「ありがとう。その気持ちだけで十分だよ。と言いたいところだけど、さぁこれを見たまえ!」
そう言うとシンジさんは手に持っていた大量のビラの中から1枚取ってこちらに渡す。思わぬ方向から話題が飛んできたことに驚きだが、ひとまず手渡されたビラを拝見することにした。
ハロウィンパーティー開催決定!
日時:10月26日 18時〜
場所:ふれあい広場
内容:皆さん、ハロウィンの季節がやって来ました!こんな時だからこそ、楽しむ精神を忘れずに羽目をはずましょう!
去年もシェルター内で行われたので、倉庫に仮装やお菓子がかなり残っています。皆さん、是非ご自由にお使いください。
大きなカボチャやお菓子がデザインされたビラにはそう書かれてあった。
「はい、コウタにも渡しておこう。これの設営を手伝って欲しい。できるとこまでで良いから夕方までに頼みたい。ずっとこんなところに閉じこもってても退屈だろう?」
「確かにそうですね。わかりました。友人とかも誘って大丈夫ですか?」
「全然構わないよ。書いてる通り、倉庫にそーゆー類のものは揃ってるよ。ペンキなんかもあるからゾンビになったりだってできる」
せっかくなので、ダンゾウやユノも一緒に手伝ってもらおうと思い、提案すると快く承諾してくれた。部屋に戻ってもすることなどないのでこんな楽しいイベントを催してくれると気が紛れていい。
「コウくんも手伝ってくれる?」
「うん!」
決まりだ。夕方までに絶対に終わらせてみせる。
シンジさんはまだ仕事が残っているため、ここで一旦お別れして、俺もハロウィンパーティーの準備に取り掛かる前に部屋に一度戻ることにした。
ハロウィンパーティーの知らせを聞いてからのコウタのテンションの上がりようといえばもう尋常ではなかった。お化けやお菓子という子どもが大好きな要素が満載のイベントーーーーーーこのシーズンには定番だ。
玄関まで戻ってみると、まだエイルの履いていたスニーカーが揃ってあったので部屋からは出ていない様子だった。
「おいエイル、いるのか?」
一度呼びかけてみるものの、返事はない。時刻は朝の9時。彼女の生活リズムなど知らないが、起きる時刻にしては遅い。
そのまま部屋にあがるとさっきの状態となんら変わりのない彼女の姿があった。依然として爆睡だ。
「おい、そろそろ起きろよ。もう9時だぞ〜」
いつもの元気はどこにいってしまったのか、少し心配になって体を揺すってみるとやっと反応してくれるのだった。
「う……ん……ああ、レオトか……」
寝ぼけているのか、俺の名前を呟いて眠たそうに体を起こした。しばらく黙ったまま何も言わずに。
「大丈夫?」
「んー、体がちょっと……ダルい」
昨日はあんなに見栄を張って人助けをするだの何だの言っていたのに、1日でギブアップしてしまったのか。まぁ治癒魔術を連続して使わされたら体調も悪化するか……あれは高度な精神力を必要とするのだ。
「ハロウィンパーティーがあるからその準備を手伝ってもらおうと思ったんだけど、やめといたほうがいい?」
「うん。ちょっと遠慮しておこうかな」
昨日会ったばかりだけど、エイルは妙に落ち着いていて。勘違いかもしれないけれど、彼女が彼女でないような謎の錯覚に襲われる。
「わかった。ゆっくりしとけよ」
エイルはそれに頷くだけでリアクションがいつもオーバーだった分、急にそんな薄い反応をされるとこちらも戸惑ってしまう。
まぁ寝起きでそんなテンション高かったらそれはそれで引くからこれぐらいがちょうど良いのかもしれない。
「飯は?」
「まだ。食欲、ない」
「なんか腹に入れたほうがいいぞ」
「うん。ありがと」
どうやら彼女は本当に体調が悪いらしい。環境が急に変わったからかもしれない。
俺はそれだけ伝えると、コウタを連れて早速ハロウィンパーティーの準備に取り掛かることにした。
今思えば、あんな素っ気ない態度じゃなくて、もう少しエイルに優しく接してあげたらよかったかなと後悔するが、そう思った時は既に遅かった。




