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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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異変

無事に入浴も終わり、コウタを連れて部屋に戻ると女物の靴が玄関に揃っていたのでエイルが帰ってきていたのだとわかった。


「あ、おかえり。帰ってきてたんだな。お疲れ」


おそらく治癒魔術を酷使され、疲労困憊であろうエイルに軽く挨拶をして俺とコウタは部屋に入る。


既にエイルと最後に会ってから6時間近く経過していた。かなりの重労働であったことが予想される。


「マジで、もう、無理……」


俺の挨拶にヤバそうな返答が返ってきて、死にそうな顔を拝もうと玄関からリビングへそっと近づいてみたが、エイルはベッドに突っ伏して電源オフ状態だった。


「おねーちゃん、寝てるー」


日付が変わる時間帯だったのでコウタも眠そうにしながら初めて会ったエイルを見て一言呟いた。


もう少し早く帰ってこられたらよかったけど温泉が思いの外混雑していて時間がかかってしまった。子どもだから早寝早起きを心がけたかったが、これでは両親に少し申し訳ない。


「おねーちゃん、疲れてるから起こさないであげてね。さ、コウくんも早く歯磨いて寝ような〜」


両親は言っていた通り部屋に戻っていなかった。まだ事務所の方で作業をしているのだろう。ここの運営に携わっている人たちは1人残らず多忙なのだ。


子守りをしているだけの俺は彼らに比べると随分と楽な仕事を任されていたのだなと感服する。寧ろ子どもからの癒しパワーで元気をもらっているほどだ。


コウタを洗面所まで連れていって歯を磨かせてからすぐに眠りについた。1回軽く睡眠を取ったはずなのにすんなりと眠ることができた。


長い1日が終わる。鬼から逃げ、様々な人に出会えた最悪で最高の1日がもうすぐ終わるんだ。


「おやすみなさい。レオ兄ちゃん」


「おやすみ。コウくん」


明日のことなど何も想像がつかない。このまま無事に助けが来て、新たな生活がスタートするのか、それともこのままここで暮らしていくのか。


それとも何か異常事態が起こって死ぬのか。





ーーーーーーーーーーわからない。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「こちらアルカディア本部、捜索隊、応答せよ。繰り返す。捜索隊、応答せよ」


電波が回復する見込みを信じて、マイクや携帯に何度も呼びかけているのは20時を過ぎてもシェルター本部に残っている職員たちだった。


捜索隊を出動させてから約2時間。彼らに持たせてあった携帯からも連絡はない。


「どうだ?」


通信に奮闘する職員のエヴァを見てシンジは一声かけた。


「ダメです。依然として繋がりませんね」


彼曰く、テレビの砂嵐のようなホワイトノイズが流れているだけでその他には何も聞こえないそうだ。職員を捜しに行った者が行方不明になっては意味がない。


「まだ2時間しか経っていない。見つからなくても日付が変わる時間までには帰ってくるだろう。彼らにはそう伝えてある」


「はい……」


シンジは最悪のケースを考える。もしもこのまま捜索隊が戻ってこなかったらどうなるのか。救援を要請できなかったら?餓死するまでこのシェルターに居残り続けて終わるのか。それとも人間同士で争いあうことになるのか……


どれも現実的ではない考えだ。そんな結末はありえない。


しかし、今日起きた出来事のように想定外の事態に陥ったらどうするのか。対策など何もなされてはいない。これ以上、尊い犠牲を増やすわけにはいかない。


きっと大丈夫だ。最悪、みんなで外に出て街から脱出すればいい。


「何を難しい顔してるのよ」


背後から声をかけられて意識を現実へと引き戻される。

振り返ると少し心配そうな顔つきのレーナが立っていた。


「部屋に戻ってなくていいのか?コウタが寂しがってるんじゃないか?」


「コウタはレオトくんに預けたわ。あの人ならきっと大丈夫。面倒見良さそうだから……あなた、無理しないでね」


レーナがそう言って微笑むとシンジは少し照れくさそうにしながら笑った。


「大丈夫だって。まだ1日目だぜ?」


「そーやって余裕ぶるの、あなたの悪い癖よ」


シンジはおどけてみせたが、妻であるレーナにとってそんな演技はお見通しだった。


「もー、2人とも事務室の中でいちゃいちゃしないでください!」


2人の惚気っぷりに見切りをつけてエヴァが冗談交じりに睨みつける。シェルターでこのやり取りはもはや日常と化している。もちろん、周りの職員からは揶揄われている。


「ごめんごめん、じゃ、私は貯水槽の管理があるからこの辺で。何かあったらインカムで呼んでね」


シンジと話ができたからか、嬉しそうに手を振ってレーナが事務室から離れていった。


あの笑顔を守ってみせる。市民を、家族を、大切な人たちを守るためにもこの数日間を生き延びねばならないとシンジは決意した。


『シンジさん、シンジさん。出られますか?』


持ち場に戻ろうとするとポケットに入れてあったインカムから連絡が入り、立ち止まって応答する。


「どうした?」


『捜索隊の1人が帰還しました!すぐに出入り口付近まで来られますか?』


インカムから送られてくる内容は全職員に共有されるため、それを聞いた事務室の職員たちから歓声があがった。


「おぉー!」

「やっと戻ったか」


シンジも一安心したように口元を緩ませて手に持つインカムを強く握り、力強く応答した。


「了解、すぐに向かう!」


強い期待を抱いて出入り口へと進むが、頭の中で何か引っ掛かる点が彼にはあった。最悪のケースを想定してのことなので、できれば考えたくはない疑問点だ。


「1人……か……」


出入り口に近づくにつれ、集まった職員たちの声が聞こえる。

出入り口に近づくにつれ、不安がゾクゾクと身体中に走る。


この廊下の突き当たりを左に曲がれば全てわかる。






「あっーーーーーーーー」


この結果は彼にとって想定の範囲内だったのか、それとも想定外の事態だったのかはわからない。


しかしどっちにしろ、彼の目の見開きと漏れた息、驚愕を刻みつけた表情が目の前の光景の全てを物語っていた。


「担架を持ってこい!」


「医療班を呼んできて!」


倒れている職員の着用していた白い作業着は血に塗れ、背中には引っかかれたような穴が開いている。装備していた拳銃は既に失われており、左の薬指が無くなっていた。


こちらに気づいた職員が1人小走りで向かってきて、深刻な声で言った。


「シンジさん、戻ったのは彼1人です。見ての通り重傷なのですぐに治療に取り掛かります」


「何があった?」


「まだ、わかりません。ここにたどり着いたときには既に意識が無くなってました」


そこまでして戻ってきたのには何か理由があるはずだ。伝えねばならぬことがあるはずだ。


シンジは何も言わずに静かにインカムを口元に翳し、


「総員に連絡する。何があっても市民を含め、外には出させるな。繰り返す。外に出ることを禁ずる」


総員に警告するのだった。


考えられるのはまだ外に凶悪な鬼が闊歩している可能性。通信手段が失われた今、鬼の討伐情報が皆無のため、その可能性は十分にあり得る。


もしそうでないとすれば新たな魔物の出現、人的な被害、二次災害といったところ。


そこにどんな過程があったとしても結果的に1人しか戻ってこず、それも重傷であることを考えれば外はまだ安全ではないことぐらい予想できる。


「捜索隊……完全に失策だったな……」


目の前に広がる光景を目に焼き付けてシンジはポツリと呟いた。自分の出した命令があって、今の光景がある。もし残りの5人が戻らなければ、5人の犠牲を払って得られたのは、外は危険という情報のみ。


間も無く、医療班から担架が運ばれてきて満身創痍の男を乗せて医務室へと向かっていった。住民の不安を煽らないように血に塗れた彼の上にはカバーが被せられていた。


「シンジさん、俺の命令で………こんな結果に……」


呆気にとられて気づかなかったが横に目をやると、そこには責任感と重圧で押しつぶされそうな声で嘆くキースの姿があった。


「落ち着けよキース。まだ全滅したと決まったわけじゃないだろ」


罪悪感とか後ろめたさとかがきっとキースを蝕んでいるのだろう。副統括であるからなおさらだ。


「ここで俺たちが壊れたらそれこそ終わりだ。気を引き締めろ。役割を思い出せ!守るべき人たちはまだここにいる!」


キースは唇を噛み締めてしばらく何も答えなかったが、「ああ」とたったそれだけ絞り出した。


真面目で何事にも全力で取り組み、仕事熱心だった彼は周りの職員から一目置かれていた。それ故に仲間に被害や迷惑がかかるようなことがあると人一倍反省し、一晩改善策を考えるような男だった。ミスをすることなどは滅多に無くて、統括の補佐としては適役だった。


15名を捜索するのに6名出動させて戻ってきたのは1名。つまり、現在外にいるのは20名ということになる。普通に考えて21人もの職員が1人を除いてこのシェルターに戻ってこないなんてことはない。


何か帰ってこられない要因があると考えるのが妥当だ。


外に魔物が潜んでいるのか、既に命を落としたのか、

職務放棄してもとより帰る気がないのか、行方不明者を連れて帰る任務を完了していないからそれを全うするため戻れないのか、新たな問題が発生したのか……


通信ができれば答えは出る。しかし鬼の影響か、設備を破壊されたかで回復の見込みはない。シンジたちにできるのは彼らの帰還を待つこと。ただそれだけである。

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