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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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新たな生活

「あら、ぐっすりね……」


その女性はくすくすと隣にいる誰かに語りかけるように微笑んでいる。


今日は随分と疲れた。こんなにゆったりとした時間を過ごしたのはいつぶりだろう。まだ日付は変わっていないが、長い1日だったせいで平穏だった日々が懐かしくさえ感じられる。


「ねーねー。この人だぁれ?」


高くて幼気な声が頭上から響く。こんなところでも活気に満ち溢れている。


隣にいたのは子どもだったのかな。子どもは元気だなぁ。


「これからここで一緒にお泊まり会をしてくれるお友達よ。仲良くしましょうね〜」


だとすれば、母性溢れる言葉で返答するのはその母親ということになるのだろうか?


疲労と浅い睡眠により意識がはっきりしないけれど、この狭い部屋の中は今日どこにいたとこよりも平和で平穏だったはずだ。


「うん!いいよ!」


「シー。お兄ちゃんまだ寝てるから起こしちゃダメだよ。あとでお名前聞いてみよっか?」


その母親の声はいつも優しく、ただそれだけで癒されているかのような錯覚さえ覚えてしまう。


きっと自分が深い眠りについているからそう受け取ってしまうだけなのかもしれないが、耳元で囁かれるその声に確かに俺は癒されていた。





「あ……ごめん。起こしちゃったね」


目が醒めるとすぐ目の前に見知らぬ顔の女性が前にあって少し動揺する。そしてその父親から頼まれていたことを思い出して、さっきから聞こえていた声はやはりその母親と子どもだったのかと理解する。


綺麗な人だった。


さらりと長い朱色の髪とぱっちりと開かれた黒い双眸にじっと見つめられて恥ずかしさで赤面する。


「あ……すいません。寝てしまってて」


「いいのよ。私もさっき来たところだから」


疲れていたとはいえ、眠ってしまったとは……眠る前の俺に喝を入れてやりたい。このような淑女に気を遣わせてしまったのが申し訳ない。


「私の名前はレーナ。それと………コウくん!お兄ちゃん起きたわよー」


少し離れたところからダッシュでこちらに向かってくるのは見るからにわんぱくそうな子どもだった。


「ほら、挨拶して」


「こんにちは!僕の名前は岸本コウタです!」


コウくんと呼ばれていたその男の子は頭をぺこりと下げて元気よく自己紹介をした。



俺は姿勢を下ろしてニヤリと無邪気な笑顔を見せるコウくんに握手の手を差し出した。


「こんにちは。俺の名前はレオト。コウくんって呼んでもいいかな?」


その手を勢いよく取って、満面の笑みで、


「いいよ!」


そう返答するのだった。なにこの癒し。







「すみません。無理なお願いを頼んで」


少し申し訳なさそうにレーナさんは自己紹介を終えた俺に頭を下げる。


「全然いいっすよ。どうせ俺も暇なんで」


レーナさんもシンジさんと同じく職員をやっていて多忙なため、やはり手が空いていないようだった。確かに見た感じでは職員の数はそこまで多くないようだ。


たとえ人数が多かったとしてもこれだけの避難民を管理するのはそう簡単なことではないだろう。こんな状況になってしまえばなおさら。


「ママ、どこか行っちゃうの?」


何かを察したのか、心配そうな声でコウタは母親に尋ねる。普段ならこれだから勘のいいガキは嫌いだよ。とかボケて見せるが初対面では流石にできなかった。


「うん。だから少しの間、レオお兄ちゃんと一緒に遊んでいるのよ」


「やだよ。ママ、一緒にいてよぉ」


泣きそうな声でコウタは母の服を強く握って言った。


「すぐ戻るから、ね?」


「そうだぞ、コウくん。一緒に遊ぼう。楽しいぞ〜」


困っているレーナさんを見てフォローを入れずにはいられなかった俺はご機嫌を直そうと口調を変えてコウタを遊びに誘った。


「うん……わかった」


なんとかその場を凌いでコウタを落ち着かせることができた。5歳ならばある程度我慢することを覚えているが、少し先が思いやられると感じる。


「すみません。ではよろしくお願いします。もし何かあれば旦那か私が事務室にいますので来てくださいね」


レーナさんはそう言って、コウタには笑顔を残してその場を離れていった。確かにこの部屋は子どもにとってはとても退屈なものかもしれない。


活気にあふれていた部屋が空虚になる。


ビジネスホテルと大差ないシェルターの中の殺風景なその部屋は遊び道具などはおろか、テレビですらないのだから。

これだけたくさんの部屋にそこまで手が回らなかったのはわかるが。


「………」


やべぇ、普段子供なんかと接する機会が皆無だからなに喋っていいのか全くわからねぇ!


最近の子どもって何?ウルトラマンとか好きなのかな。


こんなときにエイルがいたらなぁ……あいつ看護師だし子どもとか好きそうだし……


「コウくんは何か好きなものとかあるの?」


「えっとねぇ……ウルトラマンとハンバーグ!」


マジか。ビンゴだった。


「ウルトラマンはねぇ、すごいんだよ!モルガン星人とか怪獣リオゼウスをね倒すんだ〜」


俺の返答を待たずにコウタはウルトラマンの話題を広げ始める。それから彼のウルトラマントークは1時間近く繰り広げられて、しまいには怪獣ごっこなんかも始めて何もない空間に楽しい時間がやって来た。


「はぁ、はぁ。疲れた……コウくんは強いなぁ〜レオ兄ちゃんの負けだよ」


思いの外身体を動かす怪獣ごっこに息を切らしながら、俺を倒してドヤ顔を決めるコウくんに呟いた。


「ねぇ、ねぇ。お家にはいつ帰れるの?」


えっ。


その一言に今まで築き上げたウルトラマンの世界から一気に引き戻されて一瞬だけ、思考が停止する。


こんなとき、どう答えたらいいのかわからない。

きっと今日の惨劇のことなど何も知らない。

そんな幼気な子どもにお家は燃えて潰れちゃったんだよ。もう帰れない。なんて言えるはずがない。


「今日はね、みんなでお泊まり会だからお家には帰れないんだ。お泊まり会が終わったらみんなで一緒に帰るんだよ」


さっきレーナさんが言っていたことをふと思い出して俺はその言葉を借りて嘘をついた。


「そうなんだ……早く帰りたいなぁ」


不安そうな表情を浮かべながらそう答えたがこの話題についてコウタはこれ以上触れることはなかった。


「そうだ、ご飯食べに行こっか!ハンバーグもあるかもしれないよ!」


「ハンバーグ!食べたい!」


うまく話題をすり替えて嫌なムードにならずに済んだ。すぐに近くのレストランに向かって2人でご飯を食べた。ボリュームは少なかったがきっと食料を節約しているのだろう。


このシェルターに迫る危機を察したような気がしてなんとなくそう思った。


「おいしかったか?」


「うん、でもママの作るハンバーグの方が好き〜ママの料理はね、すっごくおいしいんだ!」


そりゃそうか……レストランとは言っても悪い言い方をしたらただの非常食だもんな。母の手料理に勝てるはずがないよな。


「大丈夫だって。すぐまた食べられるようになるさ。さ、温泉でも入っていこう」


できるだけコウタの機嫌を損ねないように、絶望的な状況を直視してしまわないように俺は言葉を選んだ。


彼の中ではまだ街も人も生きているはずだから。


すぐ近くにアルカリ温泉と呼ばれる、ネーミングセンスのある温泉があったので疲れを癒すべく立ち寄った。


「地下に温泉があるなんて、すごいね!」


「だろう?しかもタダで入れるんだぜ!コウくんは温泉初めて?」


「ううん。ペルーの湯、行ったことある〜」


ペルーで最も有名だと言っても過言ではないその温泉は老若男女を等しく癒すオーガスでも人気の温泉だった。つい最近、俺もクエスト終わりに行ったばかりだ。潰れてなかったら嬉しいけどきっと望み薄だろう。


「あそこの温泉は気持ちいいよなぁ〜今度一緒に行く?」


「うん!」


軽いノリで約束をしてしまったが大丈夫だろうか……生きている限りは果たせないことはないがそれは今後の展開に左右されることになるだろう。


詳しいことはなにもわからないが、ただ1つだけわかることはこの生活はきっと長くは持たないだろうということ。


この広いシェルターの中でひっきりなしに職員たちが行ったり来たり。慌ただしい雰囲気だけが伝わってきた。




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