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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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募る不安

「ふぅー疲れた」


部屋に戻り、ベッドに転がり込んでおそらくこの街にいる誰もが抱いているであろう感情を深いため息とともに口にする。まさか今日、自分の街が壊滅するなんて誰が想像しただろうか。


明らかに異常事態だった。地図から街一つが消し飛ぶようなことがオーガス共和国にかつてあった覚えがない。しかもそれが自然災害ではなくモンスターの襲撃によるものだなんて。


もしも鬼が既に討伐されたとして街はどうなるだろうか。鬼が狩られたとしても倒壊した建物が元に戻るわけではないからしばらくはここで過ごすことになるだろう。


「こんにちは」


懸念される問題を頭の中でイメージし、難しい顔をしているとベッドの横から声をかけられてふと我にかえる。


横に立っていたのは30代ぐらいの男性だった。声は低く、少しパーマのかかった黒髪から鋭い眼差しを覗かせており、渋さを醸し出している。服装は白のTシャツの上に薄手のカーディガンを羽織っており下はジーンズという無難なものだった。


「こんにちは」


ここにいるということは、どうやらこの部屋でシェアハウスするパートナーの1人なのだろう。確か3人家族だと聞いていたが。


「これからこの部屋で一緒に暮らすことになる。岸本シンジだ。普通に名前で呼んでくれて構わないよ。よろしく」


「レオトです。よろしくお願いします」


きっと家族で同じ名字だから紛らわしくないように名前で呼ばせてくれたんだなと気遣いに感謝しつつも自分も自己紹介をする。


「一応、ここの管理職をしているから何かわからないことがあったら言ってくれ。それともし良かったら頼みたいことがあるんだが、うちの息子の面倒を見てくれないか?」


「えっと……それはどういう……」


いきなり突拍子もないことを言われて少し困惑したが彼はペースを乱さずに答える。


「実は妻も同じくここの管理職をしていてね。こんな事態になったものだからあまり部屋に戻れないかもしれなくて。だから少しの間だけうちの子どもの相手をしてやってほしいんだ」


うわぁ……めんどくせぇ……


内心すげぇやりたくないが、こんな状況だし、助け合って生きていこうみたいな空気の中で、イヤですよ。とかキッパリ断れるぐらいのメンタルを持ち合わせてねぇ。


「面倒を見るって言ってももう5歳とかだし、そこまで付きっ切りでやる必要はない。一緒にご飯を食べたり風呂入ったりぐらいでいいから……」


まぁ、別に断るほどの大仕事ではないか。エイルのいない間は話し相手もいないだろうし。


「わかりました。それくらいなら、まぁ」


「ありがとう。そのうち部屋に戻ってくると思うからそのとき紹介するよ。僕の連絡先だ。もし何かあったらここに連絡してくれ」


彼は胸ポケットから名刺を取り出してこちらに差し出した。受け取って確認すると、名前と役職、連絡先が書かれていた。


「どうも。でも通信妨害されてたら連絡できなくないですか?」


スマートフォンに連絡先を登録しているうちに彼の姿は部屋から消えていた。一瞬、戸惑ったがこちらから連絡することなどそうそうないだろうと思って再びベッドに寝転んだ。


ダンゾウやユノは何をしているだろうか?

マナは無事でいるだろうか?

黒装束の男はどうなっただろう?

鬼は討伐されただろうか?

エイルはまだ働いているのだろうか?


山ほど疑問は浮かび上がってくるが、今は何を考えても良くない方向に進んでいくような気がして、一旦気持ちを落ち着かせようと思考停止したのち大人しく眠りについた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「今戻りました」


宿泊施設から少し離れたところに位置する事務室は3階建てで、staff onlyと表示された扉の奥には監視カメラと接続されたテレビが数台、スピーカー、会議室、パソコン室が設置されていたが、この状況においてその殆どが機能していない状態にあった。


このシェルターの統括である岸本シンジは事務室の回転椅子に腰掛けて深く息を吐いた後、タバコに火をつけて一服する。


「映像は?」


「回復の兆しはありません。それから、避難民のシェルター内への受け入れを10分前に終了しました」


街に取り付けてある監視カメラからの映像が途絶えたままで、現在外部の状況を知る手段が口頭伝達以外はなく、シェルター内部においても危機的状況に陥っていた。


「シェルター内で合計何人いる?」


「15000人弱です」


職員が陰鬱とした思いを抱きながらも答える。


ペルーの総人口は約80,000人。残りの60,000人以上は他に避難したか或いは死亡したかの二択となる。アルカディアでの収容はもう限界である。


シンジはもう一度だけタバコを口元に近づけて吸った後、灰皿に擦りつけ起立した。


「これから会議を行う。今この部屋に居るものだけ1階の会議室に集まってくれ」


シェルターアルカディア内の職員は合計で50人弱。避難誘導のためにペルーの地区へと出向いている職員が20名ほどいて、統括、副統括、食品管理、店や宿泊施設のマネジメントなどが全体を占めている。


ほとんどの職員が事務室を離れているため、緊急会議に出席できた者は12人だけだった。


「これより、シェルターアルカディアの運営と今後の活動に関する方針についての会議を行う」


100人以上入る会議室は殆どが空席で、いつもは賑やかだった分、どこか物寂しさを醸し出していた。


「明確な情報を一つでも多く集める必要がある。現在、何らかの原因で通信妨害が発生しており電子機器が使えないことになっている。情報の伝達はシェルター内部の通信のみ生きているからそれを使うように。それと避難民からどんな些細なことでもいいから情報を提供させてもらいたい。そこんとこ、協力よろしく」


統括であるシンジがマイクを手に会議を進めていく。普段はパソコンやスマートフォンを使ったりモニターに映像を流したりしていても今回に限ってはそれもままならない。


「ここは地下シェルターだから外からモンスターとかが侵入してくることは多分ないと思うんだけど、その代わりデメリットもある。そう。外部からの救援が望めないことだ」


このシェルターの最大の特徴は地下にあるということであり、それは即ち食料の確保や救援が困難になるということでもある。


となると、ペルーを含め周辺が比較的安全な状態でないと自由に出入りすることができない。


「どうした?キース。質問か?」


ここで初めて職員のキース・ハインドから手が挙がる。質問や意見を言うときは挙手で示すのがルールである。ちなみに副統括を務めているのはキースである。


「シェルター内の水や食料備蓄はどれほどのものかと」


「勘がいいね。………担当者の話によると3日。といったところだそうだ」


その一言で場の雰囲気が一気に重くどんよりとしたものに変わったような気がした。モンスターに襲われなくても火事で焼け死なずとも人間何も飲まず食わずではいずれは死ぬ。


タイムリミットは刻一刻と迫ってきているのだ。


「つまりは3日以内に通信を回復させるか、直接救助を要請できればこの問題は解決する。なんとかなるさ。3日もあるんだぞ?」


職員のメンタルが折られては元も子もないと思い、シンジは気休めの解決策を提示するが、肝心の職員たちの心境に変化はなさそうだ。


「早急に対処する必要があると考えます。部隊を編成し、救助要請を行うべきです」


事態の深刻さを重く考えたキースが具体的な対応策をシンジに提案した。


そこで突然、会議室のドアをノックする音が隣から聞こえてきて会議が一時中断される。入ってきたのは20代後半か30歳前後の赤みがかった長髪と黒瞳が特徴的な女性だった。


「会議中、失礼します。避難誘導を行っていた23名のうち15名が集合時間が過ぎても戻っていないとの報告があったから伝えに来たの」


「マジか。みんな真面目だから早めに戻ってきてくれると思ってたんだけど。避難誘導が長引いてるのかな?」


「まぁ、そんなとこでしょうね〜」


焦る様子も見せないシンジに対して同じようなペースで彼女も返答する。が、またしてもキースからの割り込みが入って2人のじゃれあいが一喝される。



「いやいや!そんなわけないでしょう!他の人たちもなんとか言ってくださいよ!何か緊急事態が発生したかもしれないというのに!」


「シンジさん、レーナさん、お戯れも程々に。キースも少し落ち着いて」


おそらくこのシェルター職員の中で最年長であるミヤベがフォローを入れた。元統括である彼は現在、このシェルター内ではアドバイザーとして活動している。


「ったく、この夫婦は……」


呆れたようにキースはため息を吐いて、緊迫した雰囲気も少し和らいだところでシンジは本題へと移った。


「では、こちらから部隊を編成し捜索に向かわせよう。行方不明の15人を捜す且つ、救助要請を行える地域まで行って助けを呼んで来るんだ。事態は急を要する。早急に取り掛かれ」


彼のその一言で計6名の捜索隊が組織された。特別戦闘能力が高いメンバーをかき集めたわけではないが、ある程度腕利きの者が選出された。


「では、行ってきます」


緊急事態のため拳銃などを装備してシェルターの外へと出動する。地下から地上へ。封鎖空間から世界へ。外は既に暗くなりかかっていて、雨がぱらついていた。

外を見渡すかぎりでは変わった雰囲気はなく、人のいる様子もなくてただ沈黙と静寂のみが広がっている。


連絡手段がないため、捜索隊の帰還を待つしか結果を聞く術がなく、安定しない状態に皆が不安を募らせている。


捜索隊は暗闇の中、懐中電灯を照らしながら未知の領域へと少しずつ踏み込んでいった。

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