再会
結局あの後、ホテルと呼ぶには小さめの宿泊施設へと移動が始まった。エイルが必死こいて仕事している中で安息するのは少しモヤモヤするが今俺にできることは何もない。
「考えても仕方がない、戻ってさっさと休もう」
「レオト?あれ、レオトじゃない?」
大広間から宿の方へ移動を開始しようと踏み出したその時、誰かが俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。男の声だ。
「あ、ホントだ!あれレオトや!おーい!」
続いて女の声も聞こえてきてどこにいるのか辺りをキョロキョロ見回す。
そして2人の姿を捉えた瞬間、俺の目は輝きを増すのが自分でわかった。別れて1日しか経っていないはずなのに妙に懐かしく再会したような気持ちが溢れてきた。
「ダンゾウ、ユノ……」
さっき一瞬だけ連絡があって、もしみんなの身に何かあったらと心配していたがよく生きてここまでたどり着いたものだ。
「無事でよかった……」
「それはこっちのセリフやで」
「ホントそれだよ」
2人の無事が確認できて一安心だと思ったが、すぐに俺はパーティメンバーの1人がこの場に居ないことに気がついた。
「あれ、マナは?」
この台詞を俺が言った瞬間、2人の顔が悲しげに曇ったのがはっきりわかった。その表情だけで返事を察することが容易く思われてこっちも余計に悲しくなる。
「マナは………」
「まさか………死んだ………のか……?」
ユノの返答を待つのも焦ったくて咄嗟に頭に浮かんだ最悪のケースを口走る。
「まだ死んだと決まったわけじゃない!」
ユノはまるでそうであって欲しくないと自分に強く言い聞かせるように声を荒げて言った。
「ユノ、落ち着いて。レオト、ぼくが説明するよ」
いつもふざけたことばかり言うダンゾウが珍しく落ち着いて真剣に言った。
俺がエイルとここを目指して避難している間、マナ、ユノ、ダンゾウは俺を探している途中で緑の鬼に出くわしたこと。
ユノとダンゾウが緑の鬼の足止めをしている間、マナが助けを求めて集会所まで走っていったが、圧倒的な緑鬼の力を前に2人は足止めに失敗して逃げざるを得なかったことを俺は知った。
「そんな………」
「ごめん、レオト……ユノの力じゃマナを守ること……できひんかった。ごめんな……」
ユノはマナを助けられなかった自分を責めるように涙を流して俺に謝罪する。
パーティの中で一番強く、責任感も強い彼女のことだから、自分に落ち度があるためにこのような結果を招いてしまったと感じているのかもしれない。
シルバー級の実力を持ってしても緑鬼の足止めすらできないなんて、この街のハンターでは太刀打ちできないクラスの敵じゃないか。
「ユノのせいじゃないよ。ユノがいなかったら僕も死んでいたかもしれないんだ」
慰めるようにダンゾウがユノの肩を持ってフォローする。
「もし、あの時全員で逃げていれば何とかなったかもしれない……のに」
「そんなこと言い出したらキリがないよ」
「待てよ、マナはどこに救援を求めていったって?」
ダンゾウの説明の中で何か引っかかることがあって俺はもう一度聞き返した。
「集会所だよ」
何……だと……。
ハンター集会所、さっき俺とエイルがここへ来る前に通ったあの集会所のことか……。
その一言がマナが死んでいないと信じきっていた俺の脳内に現実味を帯びて重く響き渡った。その付近にいるという事実が彼女の生存率を一気に下げる。
誰よりもあの場所にさっきまでいた俺だからわかる。
「何か心当たりでもあるの?」
俺が少し前の記憶を遡っている間、ダンゾウが俺の心境を察したかのように尋ねる。
「青鬼が……集会所付近に青い鬼が……いる」
「えっ……」
2人にとってそれが何を意味するのか想像するのは容易だろう。
そして青鬼は視界に入った人間を残らず抹殺する。例外なく。
話を聞いた2人は青ざめた顔で黙り込んで急に示し合わせたように宿泊施設とは反対方向に向かって進みだした。
「おい、待てよ!」
シェルターから出て行こうとするダンゾウの手を慌てて掴んで引き止める。
「止めないでよ、まだ生きてるかもしれないだろ!」
「行って何ができるっていうんだ!足止めすらできなかった相手に通用するとでも思うのか?!」
ましてや疲労もピークでリスクが高く、もう手遅れかもしれない仲間1人を救うために3人が犠牲になるかもしれないというのに。
「でも!!」
ダンゾウもユノも譲る気は毛頭ないようだ。出入口にいる職員の方へ駆け寄っていく。
「退出は固くお断りさせていただきます」
しかし、現実はそう甘くは無かった。自分の好きに行動できる域は既になくなっていて大きな壁が立ちはだかっていた。
「そんな……」
「外はまだ危険です。大人しく部屋に戻ってください」
結果はわかりきっていたが2人はそれでもショックだったようで、ユノに至っては膝をついて涙を流していた。
「俺だって助けられるのなら助けたい。でも俺たちは無力だ。マナが生きてることを信じよう。それぐらいしかできない」
確かにマナのことが心配で、あの青鬼に出くわしたら生きてる保証はない。
「だけど、もしかしたらあのハンターが討伐してくれるかもしれない」
「誰?」
希望的観測をポツリと呟くと黙っていたダンゾウが反応する。
「ここに来る途中に遭遇したプラチナ級のハンターだよ。鬼退治に来たみたい」
「ええ!?プラチナ級!?」
ダンゾウの声には俺がハンター界のトップクラスに遭遇したという驚きと羨望が込められていた。世界に数人しかいないハンターにばったり遭えるなど誰も予想しなかっただろう。
「そう、だからひょっとしたらマナが殺られるよりも先に鬼が狩られてるかもしれないだろ?」
そうであったならどんなにいいか。藁にもすがる思いで淡い期待を寄せる。
「そう……だね。まだ死んだとは限らない。早とちりかもしれない」
誰も彼女の遺体を見たわけではない。同様に鬼の亡骸を確認したわけでもないが連絡手段が絶たれた今、確かな情報を増やしていくしかない。
「元気を出せよ、ユノ。いつかまた会えるって。俺がこうして戻ってきたんだから、あいつだって」
膝をついていたユノに手を差し伸べると、彼女も漸く顔を上げてその手を取り、立ち上がった。
立ち上がるときに胸元がちらりと見えそうになり、軽く動揺し内心歓喜したが、そういうムードではないと自分に言い聞かせて平然を装う。
「ありがとう、レオト」
ユノは目尻に付いた涙を擦って、軽く笑った。
「さて、部屋は違うだろうけど戻って休憩しよう。またすぐに会えるだろうさ」
そう言って一旦2人に別れを告げて、俺は宿泊施設へと足を進めていった。




