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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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地下シェルターアルカディア

大きなゲートから長い長い階段を下りた先にはまるで小さめの街を1つ再現したかのような、地下とは思えないほど違和を感じさせない光景が広がっていた。


シェルターは愚か、地下すら行ったことがない俺からすれば地下シェルターという存在は未知であり、入った瞬間に広がった空間はなんというか新鮮だった。


一般的に地下シェルターとは緊急時のみに使われるその場凌ぎ的な感覚で、寝泊まりする居心地の良くない狭いものだと思っていたのだがその認識は間違っていたようだ。


それともこの街が他のところよりスケールが違うだけなのか、そんなことはわからないがこの際どうでもよかった。


新しくできた大学の校舎のような建物に全員移動してその廊下を進んで行く。天井は高く、ガラス張りの窓も傷一つなくて清潔感があった。


流石に状況が状況なのでワクワクこそしないものの、初めて見る器具や使い方もわからない設備に少しばかり興味を唆るものはあった。


そんなリアクションをしているのは俺に限った話ではなく、周囲の人たちも予想だにしない光景に目を丸くしていた。


「負傷者は奥の施設までご案内致します!係員の指示に従って落ち着いて行動してください!」


シェルターの職員やらポリスやらが住民の先導に右往左往していた。テーマパーク1つ分もある無駄にデカいこの施設で迷わないようにと入ってきた人々には待機命令が出された。


大広間まで案内されて、整理券や地下シェルターのマップ、飲料水まで配られて手厚い歓迎を受けた。


「この街ってこんなすげぇ技術あったっけ?」


19年間俺はこの街で育ったのだが、田舎と言っても過言ではないこの街の地下にこんな最新技術を導入されたシェルターがあるという事実を受け入れられず、エイルに共感を求めて言った。


「私も……初めて見たよ。小耳には挟んでいたんだけど、まさかこれほどとは……」


小耳には挟んでいたのか……。シェルターはあるって聞いてたけど……


「とりま、マップでも見て位置を把握しましょ」


そう言ってエイルは配られたばかりのマップを広げておおよその位置を確認する。俺もそこに覗き込む。


「今私たちがいるのがA棟1階のエントランスプラザってとこね。凄いわ!温泉とかもある!2階、3階は宿泊用ね。カフェとかレストランまであるわ!」


エイルはシェルター内の施設を次から次へと目を通しては、設備を絶賛していた。


ペルーの住民を全員収容できるほど広くはないだろうが、これほどの収容能力を保持しているとは。と我ながら感服する。


マップを見ることに呆気にとられていると職員らしき人物から号令がかかった。


「皆さん、お疲れ様です!地下シェルター、アルカディアへようこそ。私はここの職員キース・ハインドでございます」


短い黒髪で歳は見た感じ30代後半くらい、スーツを着用していて如何にも勤勉そうな職員が1人、大広間の前に立って100人以上の前で自己紹介を始めた。


ここのシェルターの名前を俺はそこで初めて知った。


「怪我をされた方、身内を亡くされた方、ひどい思いをしながらもここまでたどり着いた方、誰しも苦難の道のりだったことでしょう。しかし、どうかもう安心してください。ここまで来れば外部からの干渉はさせません。正直、此度の襲撃に関しましては私どももわからないことだらけでございます。ですので皆さんで情報をシェアし、打開策を練って共にこの街の安寧を取り戻そうではありませんか」


キースと名乗るその男はまるで演説でもするかのように住民に言い放つ。殺伐とした雰囲気の中で始まった紹介だったが彼のスピーチによって辺りは徐々に活気を増していった。


「ここの運営にも皆さんの協力が必要です。食事や洗濯、掃除に娯楽、すべて必要不可欠です。救助要請ができるまで全員がここで寝泊まりします。仲間は多いほうがいいのでコミュニケーションもお忘れなく!」


それから彼はこの施設の紹介や部屋の割り振り、食事や掃除の当番の仕分けを手際よく行っていき、疲れ切っていた住民たちもひとまず落ち着いた表情を見せた。


部屋割りは男女別にするのではなく、家族や友人をできるだけ同じ部屋に入れられるように配慮し、孤立している者は寄せ集めて割り振っていた。


きっと同じようなことが他の大広間でも行われているのだろう。


ちなみに俺の部屋はエイルと30代ぐらいの夫婦とその子どもと同棲することになり、


「レオトと離れなくてよかった〜」


と彼女も小さく息をついていた。


彼女は友人こそいるだろうが、この地区のこのシェルターに居るかもわからないし肝心の仲間たちは全滅させられているのだ。


そんな彼女を守ってやらねばならないと俺は無意識のうちに感じていたのかもしれない。


「治癒魔術を扱える方がいたらご助力お願い致します!」


やっと一息つけると安堵していたら人ごみの中からそんな声があがっていた。その声で真っ先に思い浮かんだのはエイルだった。


「誰かが私のプロフェッショナルを求めているようね」


「別に行かなくてもいいぞ」


行ったら何をさせられるかなど概ね見当がつく。

怪我人をただひたすらに治療するという過酷な作業が待っているだろう。


助けを求めて、ここまでたどり着いて、挙げ句の果てにここに来てまで人助けをしろだなんて虫が良すぎるではないか。


「あら、焼いてくれるの?ありがと。ホテルに着いたらサービスしなきゃね」


「茶化すなよ。お前、相当疲れているだろう」


惚けたように振る舞うのは多分、彼女の悪い癖だろう。


「心配してくれてありがとう。でも放っておけないよ。これで後になって誰かが死んだとか聞いたら後味悪いしね」


本当に、根は良い奴なんだなとまだ出会って間も無い彼女の本質を理解できたような気がした。


「まぁ、そのうち戻るから先に部屋に戻って休んでなよ」


彼女はそう一言だけ残して職員の方へと向かっていった。


◆◆◆◆◆◆◆


案内された先には大勢の怪我人がベッドや地面に寝転がっていた。室内は騒がしく、慌ただしい雰囲気に包まれており、明らかにさっきの大広間とは世界が違って見えた。


「ああああああああ!早く……助けて……!!」


「痛い。痛いよ………」


「血が……止まらない…!」


男も女も老人も子どもも、軽傷から重傷に渡る負傷者全員がここに集まっていた。


見るに堪えない、まさに地獄のような光景だった。


ここに来て初めて来なければよかったと後悔する。


この光景即ち、これからこの人たちを治療しなければならないという果てしない労働が待ち受けていることを物語っていた。


エイルは尻込みしながらも唇をキュッと噛み締めて経験したことのない新たな職場へと足を進めていった。


すぐに奥で作業をしている女医が近づいてきたエイルに気づいて向こうから話しかけてくる。


「こんにちは。見たところ怪我は無いようだけど、もしかして手伝ってくれるの?」


エイルより少し背の高い二十代半ばか後半の女性だった。身に纏う白衣には血がところどころ付着していて、長くて綺麗な黒髪も疲労で少し乱れ気味だった。


「はい。私で良ければ……」


「ありがとう。猫の手も借りたいところだったのよ。私はカーミラ。名前は?」


「エイルです」


「よろしくね、エイルちゃん。治療方法はわかる?」


軽く自己紹介を済ませてカーミラはいきなり本題に入る。幸い、病院に勤めていた身だったのでだいたいのやり方はわかるが一般人からすれば、いきなりヘビーな職場に案内されて無茶振りもいいところだ。


「だいたいわかります」


「助かるわ。じゃあ、傷の酷い人から順にお願いね」


カーミラはその言葉を残してすぐにまた治療を再開した。


言われた通りすぐに治療に取り掛かった。周りにはカーミラの他にも10人程度の看護師が負傷者の手当てを行っていた。


「大丈夫ですか?すぐに手当てしますからじっとしていてくださいね!」


「ああ………すまない」


最初に治療したのは20歳前後の若者だった。右腕に大火傷を負っていて、壊死する前に治さなければ取り返しのつかないところになるところだった。傷跡は残るだろうが死ぬよりはずっとマシだ。


集中して魔力を手の一点に集中させる。患部に手を当てて、絶妙な魔力のバランスを維持しながら傷口を塞いでゆく。傷の種類によって流す魔力の種類も適宜変えなければならないし、弱すぎると効果は皆無だし、強すぎても体内に異常が発生する。



もちろん、魔術ではなく己の技術で治療する者もいる。メスや麻酔を用意し、患者の状態に応じた手法で手順通りに治療する方法だ。


エイルは前者であるがどちらにせよ、並の人間には到底できない所業である。


「エイルちゃん、あなた……魔術治療を………凄いわね」


横目でエイルの治療を見ていたらしいカーミラがそんな言葉を口にした。


扱いが難しいためか、確かに魔術による治療は確かにあまり普及していない。外部の軽傷は魔術を頼ることが多いが、大怪我を含め、伝染病や癌、風邪なんかは魔術で治せる者が著しく少ない。


結果的に包帯や傷薬、抗生物質に頼るのが手っ取り早いのである。


それがエイルが将来有望と呼ばれていた所以である。


地下にいるから今の正確な時刻はわからないが、おそらく夕方の6時か7時。負傷者がどれだけいるのか、いつ作業が終わるのかもわからない状態でエイルはひたすら患者の手当てを続けていった。

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