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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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避難

青鬼から遁走を開始してから約5分が経過した。2人の近くに敵影はなし。一か八かで発動したステルス化の魔術がどうやらうまく効いてくれたようだ。


敵にターゲットを定めてからの動きは俊敏で、逃げることは困難を極めるだろうが見つからなければどうということはない。


ハンター集会所の近くを移動しているから、もしかするとハンターが足止めしてくれているのかもしれない。


だとすれば命懸けで職務を全うしに戦うハンターたちと俺を比べれば天地の差ではないか。


アレを退治するのが本来、俺たちがするべき仕事なのだ。


戦ったって死ぬことぐらいわかっているが、それでも時間を稼ぐために、俺が逃げたために発生したツケを払うために戦う者たちがいる。


それで死んだハンターや街の住民に顔向けできない。


「俺は逃げてばっかで情けねぇな……」


俺はエイルに背を向けたままポツリと自虐的な発言をする。彼女が優しい言葉をかけてくれるとわかっていたから余計に自分の性根が腐っているかがわかる。


「そんなことーーーーーーーー」


そして、予想通りエイルが自分を責める俺を否定する返事が返ってくるーーーーーーーー


「そんなことないぞ」


はずだった。


何処からともなく俺の目の前に出現した黒装束のその男は彼女の慰めの言葉を遮って、まるでさっきのやり取りを把握しているかのように返事するのだった。


一瞬、敵が襲ってきたのではないかと錯覚し身構えそうになるが、そんなことはお構いなしと言わんばかりに黒装束の男は続けて言った。


「君の選択は間違ってない。そのまま逃げろ。逃げ続けるんだ。もしそれで多くの犠牲者が出たとしても、君がその分だけ救えば問題なかろう」


自らの名も名乗らず、目的もわからなかったが彼の黒装束の胸元に輝いていたプラチナに輝く徽章だけが彼の身分をはっきりと表していた。


プラチナ級のハンター………だと……。


世界に数人しか存在しないと言われているハンター界における最上位クラスの凄腕。そう呼ぶに値するだけの戦力と知恵、成果を保持し、ターゲットを討伐してきた者だけが与えられるその徽章の煌めきを俺は忘れないだろう。


「ついでに1つ聞きたいんだがーーーーーーーーーー」


そんな彼の口から発せられる言葉が胸の中で繰り返されるように重く響く。そんなベテランにでもわからないこと、すなわち今この街で起こっている緊急事態に関することだろう。


「鬼、見なかった?」


案の定、質問の内容は鬼に関することだった。

血の付いた男女がシェルターの方面へ走っているのを見れば鬼に遭遇したことくらい検討がつく。


彼は鬼を殺しにきたのだろうか?

このクラスのハンターが1人いれば戦況もいいように傾くかもしれない。


「見ました。青い鬼です。2メートルぐらいで金棒を持った凶暴な鬼です。集会所の近くにまだいるかもしれません」


嘘偽りのない、確かな情報だけは全て伝えた。俺にできることは本当にこれくらいしかない。


「了解。貴重な情報をありがとう。まだここも危険かもしれない。後は俺に任せて、早く避難を済ませるんだ」


彼は俺の伝言を満足したように笑って聞き受けて、早く逃げるように警告した。彼の最後の一言は本当は俺がいつか誰かに言ってやりたかった言葉だった。


黒装束の男はまさに俺の理想の姿だったのだ。


呆気に取られているうちに彼は何らかの魔術で迅速にこの場を離れて集会所の方へ去っていった。


もしかしたらこの数秒間は俺の人生の中で最も貴重な経験だったのかもしれない。ハンターのプラチナ級に偶然にも会えるとは思いもしなかった。


ハンターとは無縁な生活を送っていたエイルは彼の偉大さなどわかるはずもないので俺の後ろできょとんとした表情でやり取りを見ていた。


「行こう。シェルターまでもうすぐだ」


ゴブリンにボコボコにされたり、鬼から逃げたりで傷だらけになった俺のメンタルも彼に会ったことで多少回復し、再び目的地へ向かう。




◆◆◆◆◆◆



『緊急避難警報です。以下の地域にお住いの方は直ちに避難をーーーー』


時刻は夕方の4時から5時の間。ペルー各地に設置された野外拡声器からは避難を促す内容が繰り返し流れ続けていた。


いつも賑わっていたスーパーも居酒屋も店内に人影はなく、代わりに恐慌し、狼狽し、悩乱した逃げ惑う住民たちが路地を進行していた。


赤子を背負う母親や学生たちやカップルなど、まさに老若男女すべてが歪んだ表情で移動している。


彼らも俺たちと同じ場所を目指して避難を始めているのだろう。


空は世界の終わりを告げるかのように赤く染まり、ただただ街を焼き尽くす際に発生する煙が立ち込めていた。


機械科学よりも魔術が発展しているこのオーガス共和国において自動車があまり普及していないためか、交通渋滞が起こるという事態には至らなかったがここまで大規模な災害になるとは1時間前には夢にも思っていなかった。


「見えてきた。シェルターだ」


ポリスが次から次へと押し入ってくる住民たちを先導して内部へと案内していく光景が奥に見える。


「負傷者を優先してお通し願います!焦らないで下さい!落ち着いてゆっくり進んでください!」


体育館のような施設ではなく、地下へと続く階段を下りてゲートを抜けると運営にきちんと管理された地下シェルターに繋がる。中は見たことがないからなんとも言えないが難なく生活を送られるように設備が充実しているらしい。


「ここまで来るのにマジで苦労したな……お疲れ様」


鬼と対面してから何だかんだで小一時間が経過し、かけていたステルスの魔術も既に効力を失っていた。本当にその場凌ぎの魔術だったが、おかげで命拾いした。


「ありがとう。きっとレオトがいなかったら死んでたよ」


エイルも疲れた顔をしてはいたが、安全区域に入ったとわかったからか安心したように笑った。


「治療してくれからお互い様だろ?貸し借りはなしだぜ」


街に広がる炎は今も尚広がり、街を飲み込み続けている。強靭な肉体を持つ獰猛な鬼も健在だ。マナやダンゾウ、ユノの行方もわからない。電波は未だに繋がらず、犠牲者は増え続けるだろう。


だが、生きている。


間に合ったんだ。たどり着いたんだ。恐れることはない。


そう心の中で呟き、やっと見出した希望に縋る。


「これから夢の新婚生活のスタートね!」


エイルは目の輝かせながら前方を指差して元気にボケをかます。


「まだ出会って1日目なんですけど!?」


俺たちはこの絶望的な状況の中でケラケラ笑い合いながら地下シェルターへと向かった。


「えへへ。これからよろしくね〜」


これからどんな運命が待ち受けているのかも知らずに、2人は進む。この街が静謐へ戻ることを願いながら。


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