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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
残された者たち
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遁走

インフォメーションにとどまっていた時間はそう長くはなかったはずだ。確かに結果としては鬼に再起させるだけの時間を与えてしまったが、代わりに1人の命が救われたと考えると十分過ぎる成果だ。


さっきからポケットに入れておいたスマートフォンが鳴りっぱなしだ。そもそも、このバイブレーションが原因でこんなことになっているんだ。こんな時に電話かけてきた奴に殺意が沸くぜ。


血に塗れた病院から出るといつも見慣れたペルーの風景が広がる。はずだったが、そこから広がる景色は自身の想定を上回るものだった。


病院を出てやっと外の空気が吸えると思ったのに案の定さっき窓から見えた炎がもうここら一帯を覆い尽くしている。まるで俺たちの行く末を阻むように。


熱さか不安からかはわからないが額から汗がじわりと滲み、膝に痛みが走る。きっと治療していた途中で酷使しているから身体が悲鳴をあげているのだろう。


俺はエイルの手を引きながら逆の手でポケットにあるスマホを取り出して連絡相手の名前を見ずに通話ボタンを押した。この状況下なら緊急の連絡である可能性が高い。


「もし……もし……」


『レオト!何があったの!?街が……』


声の主はマナだった。きっと今朝出発したクエストが終わる時間になって街の様子の変化に気づいたのだろう。


「来るな!もしお前たちがクエスト中で外に出てるなら……帰ってくるな…!」


今帰ってきても疲弊したハンターがこんな化け物相手に敵うとは思えない。そもそも今まさに追ってきている鬼は今まで戦ってきた敵の中で一番強い。


『ザザァー………レオト、まず状況説明してくれる?』


この方便は……昨日パーティに入ってきたユノか……


「鬼が………街に……取り敢えず………今はーーーーーー」


逃走しながら冷静に状況報告できるなんて始めから思っていなかったが、唐突にスマートフォンの電波が途絶する。


即座に通信エラーの画面に切り替わり、彼女らへと現状を報告する手立てを失った。


クソッ……こんなときに……


俺を助けようなんて馬鹿な考えだけはするんじゃねぇぞ……他人を心配している余裕なんてこの街にはないんだから。


「だ、大丈夫?」


予期せぬ事態に困惑する俺を気遣うようにエイルは後ろから声をかけてくれた。


「ん、ああ。大丈夫大丈夫」


気休めにもならないがそう言っておかないと潰れてしまいそうな自分を鼓舞するように俺は答える。


「ねぇ、どこに向かってるの?」


これから先のことをエイルは気にしているようだ。彼女の職場も仲間もたった一体の鬼によって壊滅されてしまった今、何処に行くあてがあるだろうか。


「一応、地下シェルターに向かおうと思っている。地上は今こんなんだから地下に逃げて危機が去るまでやり過ごすのがいいかなって」


鬼を撒ききれていないことを除けばここから避難することなど容易いことのように思われるが肝心な問題は依然、残ったままだ。


ペルーの地下シェルターはハンターの集会所の近くに位置していて、テーマパーク一個分くらいは収容能力を保持している。この田舎になぜそこまで大掛かりな避難施設を作ったのかは謎である。そんな技術がこの街にあったとは驚きだ。


いざという時のために誰かが作ったのかもしれないが俺自身、入る機会など無かったので今回が初めてになりそうだ。


まだこの地域は炎が広がりきっていないのか被害はマシなように思える。もたもたしていると手遅れになる可能性が高いからさっさと避難しなくてはならない。


モンスターが街中に攻めてきたときにどうすればいいのか、前もって訓練やら緊急避難マニュアルやらで前知識をつけておくことを政府も推奨しているが、いつだってそんなものは役に立たない。


この世界には今わかっているだけでモンスターが大小含めて1000万種類は存在する。しかし、今わかっているのはごく一部であり、推定でも8000万〜1億種もの未確認モンスターがこの星ネクターに闊歩していると言われている。


そんな謎に包まれた生態系が襲来してきたとして、どうしてマニュアルで対処できるというのか。


この襲撃だって地震のような衝撃から始まり、炎と鬼の出現、電波妨害という立て続けに理解不能の攻撃の連鎖があった。


まだ何か起きるかもしれない。取り敢えず、生存することを目標の第一と考えて行動するしかない。


「グルルルルルルル………」


背後から低く喉を唸らせて威嚇する声が聞こえてくる。俺は事態の追求に脳内をフル回転させていたが、強制的に遮断させられてしまう。


「追いついてきやがった……悪魔が……」


青い素肌が先程よりも赤みを増しているが、俺はすぐにさっきの鬼と同じ鬼だと奴の殺気と自らの直感で理解する。そしてその身に付いた赤が血の色だということも。


「この野郎、視界に入った人間全員を抹殺しているのか……」


まさに問答無用。出会って即座に息の根を止めているのだ。


俺の命は罪無き住民たちの命によって延命されていたのか……


その事実がわかった瞬間、どうしようもなくやりきれない感覚と喪失感に襲われる。


どうせ全員死ぬ運命だったと割り切ってしまえば楽になるだろうが、そんなことができるほどのメンタルは持ち合わせていなかった。


いっそここで死んでしまうのはどうだ?

その方がずっと楽ではないか?

しがらみに囚われて堕落した人生なんかよりずっといいではないか。


「レオト………」


ダメだ。今は隣にエイルが残っているんだ。俺の命はどう使おうが勝手かもしれないが、それに彼女を道連れにするわけにはいかない。


奴との距離はおよそ30メートル。戦闘モードに入れば一瞬で距離を詰められてしまう。まだ警戒している今なら俺のスキルで逃げられるかもしれない。


「逃げるぞ。俺の手に掴まれ!」


普通に逃げても追いつかれるだけ。隠れる場所もじきに炎で焼き尽くされる。絶望的な状況だが、盗賊タイプの俺の固有スキルで乗り切って見せよう。


「ステルス!」


俺はそう唱えるとみるみるうちに2人の体が空間に一体化するように溶け込んでいった。完全なる透明というわけではないが、視覚で2人の姿を捉えることは難しいはずだ。


まぁ、ロッカールームのときみたく、ケータイの通知とかきたらバレるんだけどな……


都合よく電波妨害が発生しているからその心配は杞憂になった。電源も切ってあるから抜け目はない。


「グガガガガァァ!!」


鬼も指を咥えて見ているだけではなく、透明化してゆく2人にターゲットを絞り込み、完全に戦闘態勢に入った。


「俺の手を絶対に離すんじゃないぞ!」


「やだ、カッコイイ」


こんなときに冗談を言ってられる余裕があるとは……


その一言で俺は少し安堵感を得て、すぐに鬼からの遁走を開始する。

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