絆
カズトの特大剣による斬撃は山姥を守護するエルドへと、さらにその奥に潜む山姥の身体を屠った。
ジンによる魔術詠唱の効果が抜群に発揮されている。
盾と化していたエルドの肉体は特大剣の重みにより骨やら臓腑やらを撒き散らし、山姥に関しても頭部に致命的な一撃を負わせることができただろう。
これでやっと、この化け物をこの世から葬り去ることができる。長きに渡るこの戦いも終焉を迎えるのだ。
という結末であれば、たとえエルドの命が1つ失われたとしても希望は失われることは無かっただろう。
「なぜだ……カズト……………俺を……殺せよ……」
特大剣の刀身はエルドの首筋の僅か手前で止まっていて剣先にはカズトの震えが伝わっていた。
「できる………わけがない!」
彼らがどれほどの月日をかけて今日までハンターライフを送っていたのか、その真相はわからないが、そこで培ってきた絆が同士を自らの手で殺めるという選択肢を消すこととなった。
その後ろで2人の姿を見ていたジンとサクヤもきっと同じことをしていただろう。頭では何をするべきか、何をするのが最善か、わかっている。
だが、本人を前にその手段を実行できるかどうかはまた別の話。ジンは後押しこそしたものの、戦友をこの手で抹殺する勇気など持ち合わせてはいなかった。
「俺は……なんてことを………カズトたちにエルドを殺せと命令したも同然じゃないか!!!」
自分でできないことを仲間に押し付けた。
その揺るぎない事実はジンの心を後悔と卑劣へと誘っていった。
そんな中、山姥の口元がニヤリと笑った様な、ハンターたちを揶揄した様な表情を見せた。それが後の4人に見られることもなく。
まずは山姥の腕が突き刺さったままの瀕死のエルドを後方へ豪快に投げ飛ばし、精気を失ったカズトに猛突進していく。
まさに、自動車並みの怪物が自動車並みのスピードを出して、しかもゼロ距離で特攻してきたのだ。
「グハァ!」
カズトは特大剣で防御する余裕もなく、真正面から巨躯の体当たりを受けその体は宙を舞った。
山姥は続くサクヤ、ジンの方向へと速度を加速させる。
「サクヤ!来るぞ!!」
サクヤの少し後ろでサポートの役割を担っているジンが警戒の声をあげた。
山姥との距離は少しあるが、何しろあの速度での突進だ。魔術師2人の機動力では回避するのは至難の技。ならば、
「アルカディア・ガード」
サクヤが絶妙なタイミングで防御型魔術、最高クラスの守護を出現させる。光の神の守護者が主を守るために出す白き防壁。ジンの補助魔術のおかげもあってその強固な壁を崩すことは困難を極める。
この守りを出現させても山姥の突撃には何の躊躇も焦燥もなく、ただ真っ直ぐにシールドに向かって突っ走ってくる。
「いい度胸だ!来い!」
サクヤが迫り来る山姥に向かい、啖呵を切った。彼女にはアルカディア・ガードが砕かれることはない絶対的な自信があった。いくら山姥がエナジードレインによって完全回復しようが、火力を上げるにはそれに伴う持ち前のスピードを使うしかないからだ。
確かに今の山姥はカズトに重傷を負わせるほどの攻撃力を秘めているが、そこから加速したとしてもやはり限界というものがある。奴は生身のモンスターなのだから。
そして、激突した。
最高峰の防御魔術アルカディア・ガードと最高速度を誇る山姥の突進が。
暗闇の中にまたも眩き光が舞い散った。衝撃による振動と雷光のようなフラッシュがチカチカとこの場にいる全ての者の視覚に刺激を与える。ネオとマナもその例外ではなく、
「ここに来て驚かされてばかりだ……」
唖然とした表情で2人の凌ぎを削る光景を捉えていた。
それでもなお、サクヤの防壁は山姥の猛攻に耐えているのだった。
「思いの外火力が高いわね!でも、この程度では割れないわ!」
防壁の一歩後にはサクヤが食い止めるように手を広げ魔力を維持し続けている。
ジンもただ立っているだけではなく彼女のフォローをするため精一杯補助をし尽くしている。
だが、何もかもがうまくいくわけでは無かった。
ピシッと卵の殻にヒビが割れるように徐々にアルカディア・ガードの表面に亀裂が生じたのだ。
「!?」
「どうして……!」
防壁に守られた後方の2人は目の前の光景に目を見開いた。魔力供給は充分。補助魔術も最高値。この絶対防御が砕かれる要因などこちら側には何もない。
では、あちら側にアルカディア・ガードを破る何かが発動されたと考えるしかないではないか。
奴に何ができるというのだ。高速移動と物理攻撃、完全回復、それに……フラッシュジャンプ。
仮にも魔力を使いこなせるというのか。となれば、エナジードレインで吸い取ったエネルギーを回復のみならず攻撃や加速にも適応できるということ。
サクヤが山姥に思いを馳せているうちにもアルカディア・ガードに入ったヒビは広がってゆく。
加速に加えて火力も底上げしている。そして実際にエルドから吸い取ったエネルギーをアルカディア・ガードを粉砕するだけの力に変えている。
「グガアアアアァァア!!!!!!!」
山姥が渾身の力を込めて防壁の割れ目に最後の一撃を振り下ろした。
アルカディア・ガードが粉砕する音と共に鋭利な刃が新鮮な肉を切り裂く不気味な音が響いた。
「そんな………!」
まさかサクヤがやられたのかとネオも横目をやるとそこにはパーティの絆を具現する悲しい結末が待っていた。
凶刃の延長線上に居たのは後方支援していたヒーラーのジンだったのだ。唯一生身の人間であり、パーティリーダーである彼の心臓には確実に刃が通っていた。
「最期に……役に立てて……よかった……ありがとう。楽しかったよ……」
弱々しい声で最期は笑って逝った。
「ジン…………」
庇うジンに突き飛ばされたのか尻もちをついてサクヤは目の前の光景を呆然と焼きつける。これまでに統括を行ってきてくれた、返しきれないほどの借りがあったはずの戦友。その思い出が走馬灯のように浮かんでは消えてゆく。
しかし、山姥はそんな感情さえも、容赦なく、無慈悲に終わらせるのだった。既に絶命したジンの首を刈り飛ばし爪から引っこ抜いたのだ。
首から血飛沫をあげて彼の身体は宙を舞った。ジンの鮮血がサクヤにも付着し、彼女の思考は完全に停止する。その側にいたマナも屍人を狩るネオもただならぬ不穏な空気を察したのかそちらに注目し、その光景に目を疑う。
これほどまでに残酷な死に様があっただろうか。
「あ………あああああああ………あああああああああああああああああああああああああ!!!!」
サクヤの怨恨の叫びが、嘆きが響いた。
そして彼女の心の内に秘めた悲愴は憎悪と憤怒へと形を変えて眼前の殺人鬼に焦点を定めた。
「ブレイジングフレア!!ダークサイドスピア!!」
次々となけなしの魔力でこの化け物に大型魔術を発動させ感情を爆発させる。どれも攻撃系黒魔術の中でも一級品のものばかりだ。全員が倒れた今、まともに戦えるのは最早サクヤしかいない。
突如発生した灼熱の焔が渦を巻いて山姥を包み込む。火柱が何本も上がり、激しい熱風が中心にいる魔物の体力を奪う。並みのモンスターならこれだけで蹂躙してしまうことなど容易いだろう。
大気の震えが肌で感じられるほどの衝撃が洞穴全体に走る。
さらにその中に漆黒の長槍を7本斉射し、確実に息の根を止めにかかる。長槍は弓矢の如く真っ直ぐ火炎へと身を放り込んでいった。
もう、彼女を遮る人質も仲間もいない。
洞穴もあとどれくらい保つかわからない。
当人でさえも大型魔術の連発による魔力消費で自身の魔力は枯渇寸前であった。
彼女にとって今の総攻撃は大きな賭けだったのかもしれない。この攻撃が失敗に終わることは彼女の死を意味するのだから。
彼女の願望はただ1つ、この命を懸けて仲間の命を奪った魔物を殺すことだけだ。
「焼き尽くせ!!灰燼と化しろ!穿て!!」
怨嗟に満ちた声を火の海に張り上げる。これが復讐に燃えるヴァンパイアの真の姿なのだろうかと大方の屍人を殲滅したネオは手に握ったロングソードを屍人の頭蓋から引き抜いて感傷に浸る。
「違うな。ヴァンパイアだけが例外ではない。きっと俺も……」
カンナのために復讐の火を燃やし続けるネオも憎しみの連鎖による犠牲者の1人。ということになるのだろうか。
火の海に投げ込まれてなお、7本の長槍が突き刺さってなお、山姥は力尽きることなくあがき続けていた。手足の爪は擦り減り、身体に生えた毛はボサボサ。胴体を貫通している黒の長槍は筋肉をズタズタに断ち、その傷口からの流血は決して少量ではない。
おまけにサクヤの渾身の魔術による焔は山姥の眼球を視力がなくなるまで焼き尽くし、融解を始めていた。
しかし、ここでのたれ死ぬつもりは毛頭ないのか、火柱に囲まれたこの地獄からの脱出を試みる。
その中に忍び寄る2人の影。大ジャンプで火の手から逃れようとする山姥の巨躯を捕まえて離さない。
「逃がしてたまるかよ」
「このまま犬死だけは勘弁だかんな。死ぬときくらいカッコよくさせろや」
ヴァンパイアの驚くべき治癒能力で辛うじて一命を取り留めたエルドとカズトだった。瀕死の2人は炎の中で山姥を今度こそ地獄の淵に誘おうとたった1つの命を懸ける。
火の外で魔術の制御に全精力を注ぐサクヤはジンの死に取り乱しながらも側にいるマナに警告をする。
「マナ!もう、あなたたちはここを出なさい!ここに留まると危険だわ!」
「ーーーーでもサクヤさんたちは………」
マナはサクヤたちの心中を察したのか、一番気になるところを指摘せざるを得ない。
「あら、心配してくれるの?ありがとう。大丈夫。この化け物さっさと殺してすぐに後を追うわ!」
その答えを聞き届けるとマナは安心して遠慮気味に微笑んだ。
「絶対……来てくださいね……!」
もしかしたら私たちが居ることで戦いに集中できなかったかもしれないと杞憂しながらもネオと疲弊した体を休めるアレンに一声かける。
2人ともサクヤの意思を察したのか、案外すんなり承諾してくれてこの魔窟から脱出する算段をつけてくれた。装備をまとめてさっさと洞窟から撤退していく。
「ええ。すぐに後を追うわ。ジン。エルド。カズト」
ネオたちが出て行った後、マナに言った”後を追う”の本当の意味をサクヤは今更ながら呟いて死期を悟る。
「お前たちを誇りに思う」
フライによる浮遊が始まり洞窟がミシミシと音を立てて崩壊をしたとき、ネオはたった一言、力戦奮闘する彼らの勇姿を見届けて言い放った。
「サクヤさん……!!みんな……!」
このままでは生き埋めになってしまうことは自明だった。マナはそんな状況下でもなお、彼らが追いついてくることを信じていた。
最後に見たその姿は紛れもなくハンターの誇り高き背中だった。




