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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
2人の狩人
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覚悟と代償

超スピードで加速し、山姥に一気に接近したのはカズトだった。黒い鋼のような双剣を両手に、山姥に斬りかかる姿は斬り込み隊長のようだった。


反射神経、身体能力ともに最高峰までパワーアップしている彼を肉弾戦に持ち込むというなら、さすがの山姥でも後手に回らざるを得ない。


という淡い期待を込めてみたものの、そう上手くはいかず、山姥は4足歩行の前足を後ろに反って人間でいうバック転をしてのける。


「イグニス」


すかさずサクヤが回避を続ける山姥に攻撃を命中させようとゲートから無数の火球を放出する。


それはフルスピードで山姥の方へ飛んでいくが、バック転で後ろ足が地面に着いたと同時にフラッシュジャンプ擬きで一瞬にして壁まで到達する。ワンテンポ遅れて火球が山姥の残像を掠めていくが、ヒットと呼ぶには程遠い結果となる。


重力とは一体何だったのかといった感じで山姥の毛むくじゃらの脚は洞窟壁を踏み台にして逆サイドの壁へとジャンプする。目まぐるしく山姥の巨軀が壁から壁へと変わっていく。その乱れのない動きにはすぐに4人のハンターの首を刈り取ろうと狙う凶刃を内に潜ませている。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「さてと、俺も傍観してるだけじゃあ格好がつかないよな」


屍人共の掃討作戦に死力を尽くして臨んでくれたアレンに借りを作るわけにはいかない。幸いに今は4人が獣物の足止めをしてくれている。彼ら無しでは成し得なかったことが今はできる!


そして、山姥のスピードでは発動できなかった大型魔術もウスノロが相手なら難なく詠唱できる!


「アレン、下がっておいてくれ」


俺はアレンにバトンタッチする形でわんさか湧き出てくる屍人の群れに向かって対峙するのだった。


身体が腐りきっている者、骨と皮しかとこっていない者、もはや原型をとどめていない者、さっきまで生きていたのではないかと思ってしまうほどに綺麗な体をしている者。男、女、子どもから老人まで。


「だが、そんな身なりをしているからといって、俺が躊躇するわけがないだろう?」


苦笑いして徐々にこちらに近づいてくる屍人たちに向かって啖呵を切る。俺は対象を討伐する、その目的の前に立ちふさがる者がいるならば排除するだけだ。それがハンターとしての務めである。


俺は魔力で精製した大弓を天に構えて白銀に輝く矢をゆっくりと引く。糸はピンと張り詰めていて、指を離せば発射される加減で狙いを定める。


「アロー・レイン」


そう唱えると同時に弓矢が射出される。放たれた白銀の弓矢に魔力を込めて、屍人の頭よりも高い位置に向けて一直線に矢が真っ直ぐ飛んでゆく。



そのまま飛んでいけば間違いなく天井に突き刺さって屍人に当たることなく空振りに終わるだろう。

だが、射出された矢は屍人の頭上で眩い光を放ち、無数の白き矢に姿を変えた。


アロー・レインと呼ばれる所以はここにあった。無数の光の矢はその下に群がる屍人の頭上へと一直線に向かって、腐食した肉体をズタズタに切り裂いてゆく。


ろくな戦術も持たぬ屍人どもがいくら集まろうが圧倒的な力の前には屈伏せざるを得ない。


だから、山姥にだってその道理が当てはまってもおかしい話ではない。


「マナ、アレンを治療しといてやってくれ。しばらく大型魔術で奴らを一掃する」


「わかった!」


適材適所とでも言うべきか。ヴァンパイアだってハンターだって何かやれることがあるはずだ。全てを総動員して全力を尽くして奴に打ち勝つ。そして、生還するのが俺たちに残された最後のミッションだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※


地鳴りが洞穴内部に轟いた。地震ではない。衝撃である。


一定の重さがある物が重力によって地面に激突したときに生じた衝撃である。車1台分ほどの大きさを持つ生き物が文字通り化け物並みの脚力を使って、地面で山姥を捉えようと躍起になっているヴァンパイアにのしかかった。



「エルド!!」


エルドを除いたパーティメンバーが粉塵を前に叫び声をあげた。


分厚く丈夫な筋肉によって全身を覆われているエルドとはいえどもA級モンスターのタックルに耐性があるのかと言われると決してそうではない。


あの馬力を持つ山姥からのゼロ距離攻撃だ。それは即ち、己の体力を吸い取られ死へと誘われることを意味している。


「ハーピィ」


ジンが魔術を唱えるやいなや、山姥のダイブによって巻き上がっていた塵芥が消え去ってその中心に位置する山姥とエルドの姿があらわとなった。


深々とエルドの胸部に突き刺さった山姥の右手。頭部にも鋭爪が突き立てられていたが寸前でエルドの右手が兇刃を受け止めていた。


「サクヤ、カズト!このまま殺れ!!」


自身を顧みず、アタッカーの2人に役割を果たさせることをエルドは優先する。

機動力に秀でているカズトが、山姥がその場を離脱する前に特攻し、ブレードを胴体に叩き込んだ。


その膂力は山姥の肉を断ち、骨を砕き、臓腑を抉り取る。


山姥は小さく悲鳴をあげたがエルドの身を解放する様子はない。断固としてエナジードレインを続行する気なのはこの場の誰が見ても理解できた。


「卑怯者め……!」


見ればもうすでにカズトにつけられた傷口は塞がりかけている。ヴァンパイアの血を、その能力を吸い取ることで回復速度を上げているのか。

そしてエルドを盾にすることでカズトはもちろん、サクヤですら迂闊に攻撃できないという好循環。山姥からすればベストコンディション。


エルドという名の防壁は盾としての役割をしっかりと果たしていた。彼の厚い筋肉や広い肩が山姥への攻撃を遮る。


ヴァンパイアの底知れぬ治癒能力をドレインし、盾により防御もできるという半永久機関の完成。

それが奴の知能の高さということなのだ。

知能が高いだけでなく、無慈悲なその行為は野生では常識であって逡巡しないが故の強さ。


「俺のことなど気に……するな!!殺せ!」


エルドは胸部を貫かれ、吐血しながらも山姥の息の根を止めるべく3人に攻撃を命令する。

皆がこの状況に顔を顰めながら、躊躇したように動けないでいた。


「そんなことできるわけ……!」


当然だ。なぜなら彼らは人間なのだから。


だが、それがハンターでは命取りとなる。


「カイン、エルベ、モーガン」


最初に口を開いたのはジンだった。


そして、彼の口から発せられたその言葉は本人の膨大な魔力と引き換えに、この場にいる者たち全員の魔術及び物理攻撃力を大幅に上昇させるものばかりだった。


「ジン!?」


サクヤがその言葉と自らの魔力上昇に驚愕の声をあげた。カズトは何も言わずにただ山姥だけを見つめていた。


「このままじゃ、全滅する。少なくともこいつは倒せない。不利になっていくだけだ。だったらここで腹をくくって攻撃して勝つか、それが無理でも、せめてネオさんたちだけでも逃がしてあげるのが得策だと思うんだ」


ジンの言ったことは正しかった。仲間を見捨てるということだけを除けば。


しかし、何かを得るにはその代償が必ず存在する。


その項目にネオたちが入っていたのはやはり一度拾った命だからなのだろうか。まず奇襲された時点で彼らの命は終わっていた。


カズトは遂に前を向き、自らの腕を黒の特大剣に変化させる。自分の体よりも大きく、モンスターを叩き潰すことに特化した形状だ。


「エルド、許せ」


カズトは強く地を踏み込んでエルドを盾とする山姥の体躯へと一気に加速した。凶刃が凄まじいスピードで迫り来る。


エルドの双眸には大火力を誇る特大剣と決死の覚悟をしたハンターの姿が映っていた。

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