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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
2人の狩人
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究極の生命体

さてさて、武器は無し。魔力はまだ残っている。

仲間はガンナー1人だが、援護は期待できない。

人質4人ってとこか。


せめて棺桶まで戻って武器を補充する時間が欲しいものだがあの山姥がその隙を易々と作ってくれるとは思えない。アンロックされているとはいえ武器を取り出すときは丸腰状態だ。クエンで防ぐか、シールドを張って身を守るか‥‥


無理だ。ファルシオンを粉砕する怪力を前に俺の防御型白魔術では風前の灯火でしかない。


山姥との距離はおよそ20メートル。奴は完全に接近戦に特化したモンスターだ。ならば遠距離攻撃でカタをつけるか、隙を見て武器を回収するしかない。


ピンチこそハンターの醍醐味。神髄。手に汗握る命の駆け引きだ。


まぁこの場合、ピンチを招いたのは俺の自惚れと自信過剰から来た侮りが原因だから自業自得なんだよな。


やっぱ俺馬鹿だわ。3年前と何も変わらねぇ。


「だが、まだ死ぬわけにはいかねぇ!」


俺はフルスピードで接近してくる山姥に啖呵を切る。


このスピードで突撃されたらどうなる?

数秒後に俺の身体は肉片と化してるか?


この距離を持ち前の脚力で強く大地を蹴って2秒足らずで詰めてくる。さっきまで山姥がいた位置にはもう残像すら残っていない。


「ブラッディ・バインド」


山姥の爪が眼の水晶体まで迫り、あと1センチで目を抉ることも容易い距離。そこで彼の行為は静止する。

厳密に言えば阻止される。


それ以上山姥の鋭爪が俺に近づくことはなかった。


異空間から出現した、山姥の手足、胴体、頭蓋を拘束する無数の黒き鎖。抜け出す余地のないそれは山姥の高速移動を停止させるだけの力を有していた。


「グ、ギギ‥‥‥‥」


何の前触れもなく動きを封じられた山姥の悲痛な呻き声だけが漏れていた。ガチガチに縛られた漆黒の鎖が軋んで抜け出そうとする山姥の身体を締め付ける。


「当たってくれたか‥‥ギリギリセーフ」


この絶妙なタイミングでないと捉えるどころか動きを止めることすらままならない。


この状態まで持っていけたら後は煮るなり焼くなり好きにできる。黒魔術で丸焼きにするか、剣で串刺しにするか‥‥


ふと目を奥の方へやると、魔弾を発砲し続ける俊敏なるガンナーの姿があった。屍人の密集した狭いスペースを有効活用し、洞穴の壁や鐘乳石にワイヤーを張り、華麗な動きでサブマシンガンのトリガーを引く。


そこから放たれる弾丸は正確に屍人の脳天を撃ち抜き、風穴を開け、撃破する。射撃スキルはプロレベルだ。


ここの屍人のレベルはあまり高くないのか‥‥全て山姥に拉致されたハンターや山賊たちか、それとも森に迷い込んだ子供や農民たちの成れの果てか。


何にせよ、山姥はこの山の麓の村を貧困に追いやる要因の1つに十分なり得る。情けなど無用。


残り少ない魔力でこいつを仕留める魔術といえばーーーー


武器を取り出しに行く間も惜しい。1秒でも早くこの化け物をこの世から消滅させてやりたい。迅速に始末できる最善の策を洞穴を見回して探し始める。


周囲には動きの鈍い無数の屍人、脆そうな壁、救出対象の4人が吊るされている白い糸、高い天井。


ふと上を見上げた時に目に入った天井から長く伸びた鐘乳石。あの高さから落ちてきたら即死できるほどの鋭さと固さを持っている。そしてその真下には拘束され動くことのない山姥の姿。


ちょっとした処刑台の完成だ。


静かに、そして無慈悲に右手を天井に伸ばし静止する。その双眸には憤怒と怨嗟が刻み込まれていた。


「アンチグラヴィティ」


その言葉とともに洞穴の天井から伸びた鐘乳石は骨が折れるような音を立て落下する。重力に逆らうことなく、氷柱のように真っ直ぐ鋭い石筍を山姥に向けて。


アンチグラヴィティは物体を持ち上げる能力や、それを投擲する能力を有しているが、コントロールが上手くなればなるほど重いものを操作することが可能となる。そしてこの魔術の最終系では生物すら操作することも容易い。


そして第三者からの干渉もなく、巨大な鐘乳石はその真下に位置する山姥の胴体に衝突する。ガッチリと縛り上げられた山姥もその身体に絡みついた鎖もズタズタに引き裂いて、洞穴の地面に亀裂を作り、間違いなく圧死する威力に山姥は押し潰される。


「当然の結果だな」


砂埃が巻き上がる中、返り血やら臓物やらに塗れながら1人呟く。


戦ったことはあるものの、未だ謎が多く、未知の生態。人を食い、ずば抜けた身体能力を持ち、巣を作る。

この屍人たちも食用なのか、仲間なのかわからない。


二度と会うことはないだろう。


地面に突き刺さった鐘乳石を背に屍人たちと戦うガンナーの方へ歩み寄る。棺桶を回収し、上の4人を解放し、さっさとマナと合流しよう。


「ガンナー、今行くぞ!」


手を大きく振って、戦闘中のガンナーにわかるようにサインを出す。仇は討ったぞとサインを出す。


彼には少し余裕が残っているのか、チラリとこちらの姿を確認して目を見開く。


一瞬だけ、彼の顔の歪みを捉える。不安さがこびり付いたような、安心感の微塵も感じられない顔が。


何だ。その視線はどこに向けている。


俺のーーーーーーーーーーー背後。


殺気を感知した直後、フラッシュジャンプで緊急脱出を試みようと咄嗟に魔力を足に集中させるも、その刹那自身の視界が歪み始める。


胴体を掴まれている感覚が走り、自分の腹に奴の血まみれの長い爪が食い込んでいるのを目視する。


「!?」


命の危険を瞬時に感じ取ったが、そこから生き残る術を見出せる余裕はなかった。自分の足が大地から離れた時にはすでに、今俺の体はどこに位置するのか理解できない状態にあった。


ただ伝わってくるのは山姥の人間離れした握力と、腹に食い込む鋭爪による痛み、酔うなどという表現では生ぬるいほどの揺れ。


内臓が圧迫され、破裂しそうなほどの痛みが走る。魔術の詠唱や呼吸はおろか、嘔吐物を吐き出すことさえ敵わない。


前回の敗北を踏まえて立ち回りを考えてきたつもりではあったが、まさかこれほどの生命力を誇っているとは‥‥完全なる誤算だ。これでは前回の如く遁走することもできない。


揺さぶられる中、一瞬だけ見えたのは地面に砕けた鐘乳石の破片から伸びた一本の腕。


あの瓦礫の下敷きになっているのにも関わらず外に出ようともがいているのか‥‥


ダメだ‥‥これでは奴が外に這い出てくる前に俺が圧死してしまう!


せめて魔術を唱えられれば‥‥


ガンナーに俺を助けられるほどの余裕などない。屍人も徐々にではあるが攻撃性を増してきている。そしてあの数だ。一瞬の隙が命取りとなる。


「ネオ!俺を、俺たちをここから解放しろ!」


誰だ‥‥これは誰の声だ‥‥?上から聞こえたその呼び声は確かに俺の名を口にしていた。


エルドか‥‥?あの頑固でせっかちなあの男が、あの4人組が目を覚ましたのか?


よかった。死んではいなかったのか。だけど今の俺にはどうすることもできない。見ての通り囚われの身。この山姥は拘束することがお好きのようだ。


せめて彼らだけでも逃してやりたかった。


「ネオ!死ぬな!ネオ!!」


エルドやジンの声が聞こえる。遠くなっていく。声が、俺の意識が遠ざかっていく。


エネルギーを吸い取られている‥‥‥‥のか?


まさか‥‥‥‥‥こいつの能力は‥‥‥‥!!


そうか‥‥‥それならエルドやジン、カズトにサクヤの人質にも辻褄が合う。その気になれば奴のファルシオンを粉砕する握力で俺を肉片にすることなど余裕じゃないか。

そして周りの屍人のエネルギーも吸収できるのだとすれば‥‥!


奴の体力は無限ではないか。不死身に等しい。まさに究極の生命体だ。


その瓦礫から抜け出すまで自分の体力を回復し続けるつもりなのかよ。


そこらの魔術師ではできないような技をこの化け物は軽くこなしてみせるというのか。


気力も精力も体力も魔力も枯渇しあとは命を奪われるのみという絶望的な状況の中、精気を取り戻したようにギラギラと双眸を光らせる山姥の姿が垣間見えた。


万事休すか‥‥俺は‥‥‥こんなところで‥‥‥。


痛みも屈辱も忘れ、こんな時に思い出すのはカンナの顔だった。幸せそうに笑う彼女の姿をイメージしたのだ。復讐も果たせずにこんなところでのたれ死ぬ俺を許してくれ。

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