VS山姥
背中からガンナーのあっけらかんとした表情から放たれる視線をガンガン感じる。
そりゃあそうだ。相手からすればいきなり洞穴の天井から棺桶と黒尽くめの男が落ちてきて、偶然にも命拾いしたのだから。
親方!空から女の子が!レベルの奇跡だよほんと。
ガンナーは落下の衝撃と風圧に飛ばされて尻餅をついていたが、屍人ゾーンまで吹っ飛んでなくてよかったと安堵する。
「グルルルルルルルルルルルルル!」
敵も漸く俺の姿を完全に捉えたのか警戒の唸り声をあげている。
戦闘の邪魔したから怒っちゃったかな?
それとも1年ぶりの再会に心踊ってテンションMAXだから?
後者は無いとして獲物を取り損ねてご機嫌斜めと考えるのが妥当だろう。
「今回は鬼退治の時みたく悠長に棺桶の錠をカチャカチャ開けてられないよな」
こいつの素早さを考慮したら火を見るよりも明らかだ。隙なんか与えてくれるはずがない。
俺は鎖やら南京錠やらでガチガチにロックされた俺の移動型の武器庫に視線を落とし溜息をついた。
空間圧縮の特別な魔法がかかった至高の一品。
「アンロック!」
目を見開き、足元に向かって魔術を発動させる。
瞬時に漆黒の棺にかけられたありとあらゆる錠が解鍵されてゆく。すべて魔術により精製された錠である。
対象を拘束する能力も有するが、今回は拘束なんて真似はできる気がしねぇ。
「10番でいいか‥‥‥まだ本気を出すとこじゃねぇよな‥‥」
第二形態とかあったらやだし。無いと思うけど。
俺は敢えて雑魚を相手する用として軽く扱い慣れた、棺桶から出てきた装備番号10番のファルシオンを手に取り、目の前で振り下ろす。
10番 ファルシオンーー別にこれを求めて武器屋を訪れる者も多くはないが、剣などより比較的安価で入手可能な片刃のナイフの刃を延長した長い剣鉈のような外見が主流の武器。
棺桶から着地する暇もなく、鋭く開いた眼光は棺桶の上に立つ黒衣の男ただ1人を目指し猛スピードで接近してくる。
「すまねぇ。1人救えなかった。仇は必ず討つから周りのゴミを頼んだ」
俺は一度たりともガンナーと視線を交わすこともなく共同戦線を張って目の前の敵に集中した。
ガンナーだってこれまで共に生き延びてきた戦友の仇を討ちたかったかもしれない。しかし、俺はその気持ちをくみ取ることはできない。あの魔弾は残弾数さえあれば屍人を蹂躙するだけの威力を誇っている。
どうやら屍人たちは山姥に統括されているようで、律儀にサークル状になって無理に手出しはしてこない。
奴らの数を減らすチャンスは今だ。
俺に的を絞り込んでいるお陰で指揮能力が失われてるからな。
普通に考えてこんな怪しい洞穴の中でこんな怪しい男に突然指図されるのは癇に障るだろうが俺には彼に頼む以外案は思いつかなかった。
銃弾に魔力を纏わせることなど只者ができる所業では無い。だが、さっき俯瞰した感じでは山姥はあの弾の動きを先読みするように躱していた。
おそらく彼に山姥は倒せない。悲しい現実だ。
だからこの仕事は俺が引き受ける。
「あ、ああ」
確かに彼は一言、承諾の言葉を口にした。
瞬時に山姥のリーチの広く、伸びた腕が地上から約4メートル上にある俺の首を掠める。
あの腕ってあんなに伸びるの!?
軽く2メートルはあったと思うんだけど。
俺は棺桶の後ろ側にやっとこさ着地して、棺桶で山姥を遮る形を取った。少しばかり時間稼ぎをさせてもらおう。
「クエン!リフレックス!アクシリアリーマジック・アサルト!アンチ・リミッター‥‥‥‥‥」
ぶつぶつと魔術を詠唱し、動体視力、物理防御力、スピード、反射神経、攻撃力を一時的に底上げしていく。
ここまで補助魔術を重ねると今までいた自分の世界が違って見えてくる。人間より少し上の生態に生まれ変わった気分だ。
しかし、相手は山姥なので人間より少し上になったところで素手で敵う相手では無いことなどわかりきっている。
さぁどっちから来る?棺桶の右か?左か?
直後、頭上から洞穴の中からでも感じられるほどの黒い影と殺気が全身を覆い尽くした。
「!?」
この棺を飛び越えてダイビングとか冗談じゃねぇ。
という大仰なリアクションと共に、上を見上げた瞬間に予想外の光景が視界に飛び込んでくる。ふと見上げた途端、瞳孔が見開かれ、冷水が滴るような柔らかい感触が頬を伝った。
それに呆気にとられるわけにもいかずーーーーー
迫り来る右の鋭爪をファルシオンで弾き返し、左手から2撃目が繰り出される寸前に緊急回避。3メートルの塊にのしかかりでも喰らえばそれこそクエンでは防ぎきれない致命傷を負うことになるだろう。
この図体でこのスピード。感服するほか無い。
「ギギギギギギ!」
互いが180度ターンし、背中を取ろうと刃を振りかざすが斬撃は摩擦による火花へと変化し暗闇の中で微かに光る。
あまりこいつを相手にするのに長時間詠唱の魔術を使うことはできないな。ゴキブリ退治の時のプロメテウスの焔とか。絶対無理だ。
さっきの魔術師はそれを知らずにザ・メテオを詠唱した挙句、命を落とした。それを知れただけでも彼の死は意味あるものだったのだと考える他ない。そうでもしないと彼の犠牲があまりにも報われない。
この化け物の餌食となった者たちの手向けとしてこいつの亡骸を捧げてやろう。
ファルシオンで発動可能なソードスキルの中で最高峰に位置するファントム・ブローを披露してやろう。
通常攻撃とは違い、自身のフットワークと軽量武器のファルシオンだからこそ発揮できる目の前の敵単体に致命的な連続ダメージを与えられるスキルである。
山姥の爪とファルシオンの刃のぶつかり合いの中でこのスキルを使うことにより相手のペースに乱れを生じさせることで反応速度を凌駕する。成功すれば八つ裂きにしてやれる。
俺は一度、武器の攻撃が弾かれたところで勢いに乗せてバック転し、山姥の鋭爪が目の前に迫ってきたタイミングでファントム・ブローを発動させた。
敵の攻撃をクエンによる防御で防ぎ、その隙を突いて山姥の頭部にファルシオンの凶刃を突き立てた。
一瞬だった。山姥の嗜虐に満ちた双眸から微笑みの色が垣間見えた。
待ってましたと言わんばかりの反応速度で俺の斬撃は山姥の片手に握り潰された。バキバキと無惨な音を立てて握力によりファルシオンは粉砕された。
心臓が早鐘を打った途端、俺は直ぐに柄を離して緊急退避する。
「フラッシュジャンプ!」
前方に進むためではなく、離れるために足に魔力を込め、一旦敵と間合いを取る。
山姥の掌から鋼の破片が細くなって洞穴の地面に落ちていく。
「してやられた!器用な奴だ!」
クエンも粉砕され、武器もぶっ壊されるとは。
1年前よか強くなってねぇか?
ふと洞穴の天井に吊るされていた白い糸を見つめる。
戦闘中に目に飛び込んできた刹那の感覚。違和感。
あれは下に降りるための縄や紐なんかではない。
確保した獲物を拘束して吊るしておくための道具だったのだ。人を攫い、生け捕りにして食べるのだろうか。あれほどの知能があるならば調理するのだろうか。
奴の目的は何にせよ、俺がさっき感じた冷たさはあれから流れ落ちた人間の血液だった。
そう。吊るされていたのは行方不明となっていた4人組。無惨な姿となったエルド、ジン、カズト、サクヤの4人だった。




