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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
2人の狩人
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宿敵

巧妙な手段で次から次へと人の命を奪うモンスターか。概ね予想がついてきた。


「マナ、おかしいと思わないか?」


隣で目を丸くしてこの酷薄な罠を見つめているマナに俺は一瞥して言った。


「‥‥‥?」


あの鬼の襲撃の日を経験したとはいえ、耐性がついたわけではない。たとえハンターだったとしても俺との旅にもまだ慣れていない19歳の少女にとってその光景は脳裏に焼き付けられる衝撃的な印象になってしまうのか。


「死体が1つもない。それどころか骨すら見当たらない。明らかに異常なことなんだよこれは」


誰かが、いや、何かが死体を回収したのか?

何のために?捕食のためか?

子どもが巣の中にいるのか?


ありとあらゆるケースを想定しなければ対応のしようがない。ハンターの鉄則だ。


「マナ、大丈夫か?震えてるぞ」


「うん。平気」


このマナのわざとらしくケロっとしたような返答に俺は怒りすら覚えた。

この反応は俺はもう何度も見てきた。


3年前ーーーーーーーーそう、カンナだ。


「お前の家系はいつも、そうやって。平気なふりして無理して自己犠牲をいとも簡単にこなして!最期は泣いて、笑って逝くような!そーゆー損なやり方しか‥‥できないのか‥‥‥」


敵の巣窟だから静かにしろとかハンターの掟とか、そんなことはこの瞬間、全て消え去っていた。蛇蝎の如く嫌われてもいい。感情のままに怒鳴った。


あの光景がフラッシュバックする。

俺の過去の記憶が追いかけてくる。


マナはネオという1人のハンターの唐突の憤怒に、この状況下における恐怖と絶望に、そして己の弱さ、愚かさ故に膝をついて涙を流した。


「無理してんのがバレバレなんだよ。そっちの方がよっぽどお前らしいぜ」


俺は一度、その場にしゃがんでマナの泣き顔を見つめて言った。


「懐中電灯持っとけ。ここからは俺の仕事だ」


俺は懐中電灯を手渡してマナに満面の笑みを浮かべた。


そしてすぐに前に向き直って頑強な双眸で前方を睨みつけた。


死ぬつもりなど微塵も無い。勝って必ずここへ戻ってくる。


「ダークアイ」


これまで出し惜しんできた魔力を使うときが遂に来たか。


暗黒なんかで視覚を奪われて堪るか。

ヴァンパイア戦では必須魔術だ。


ピチャンッと何処かで雫の滴る音が響く。

マナの涙か、鐘乳石から落ちた水滴かはわからない。


「ホットエナジー」


この凍えそうな寒さも魔力を熱に変化させることで解決できる。魔術最高。


さて、そろそろこの巣の核とやらに到達しそうだ。

やることをはっきりさせておこう。


今回の戦闘のミッション

ターゲットの正体を認識する

攫われたハンターの救出

ターゲットの討伐

生還


といったところか。


なんかラスボスに挑む前の主人公みたいな心境だな。

案外、意気込んでいるけど秒殺ってこともありえるな。

俺が強過ぎて。


とんだ拍子抜けだぜ。


別に報酬があるわけでもなければ武器を作る素材を獲得しに行くわけでもない。完全なる個人的な都合で、命の危険とそれを天秤にかけるなんてふざけていると誰かに言われるかもしれない。


だが、こちらにも意地がある。


大丈夫。俺には棺桶という名の宝物庫が付いている。


いろいろ考えてしまうのは昔からの悪い癖だ。余計な感情が出ないから良い点もないことはないけど。


湿り気のある洞窟を進んでいく内に石橋が壊れて途切れたような突出した崖に辿り着いた。目の前にはこれで下に降りろと言わんばかりの白い糸が吊るされていた。


「これは‥‥‥!?」


またフライでここから降りねばならぬのかと気が滅入りかけたが、そこから見下ろした光景は俺の想像を絶するものだった。


学校のグラウンドほどはある広間には無数の人、人、人。そのど真ん中に4足歩行で素早い動きを繰り出す約3メートルの巨体。


悪寒がしたが、崖から身を乗り出して目を凝らす。


あの無数にいるのは、アレは人ではない。屍人だ。


死した魂が冥界に召されることなくこの世にとどまり、腐敗した肉体で活動する。

寂しいのか苦しいのか妬ましいのかはわからないが凶暴化し、仲間を作りたがる。死へといざなおうとする。


そしてあの4足歩行が此処を統率するモンスターってことで間違いなさそうだ。


その向かいに立っている、既に戦闘を繰り広げている2人は人間か?


俺がさっきパーセプションで感知した魔力が高めのお2人さんで合ってるかな。にしてもあの数を相手にするのは無謀すぎる。


あの2人も4足歩行に連れてこられたのか?


※※※※※※※※※※※※


「好奇心ってのは怖いもんだな!あんな怪しい穴見つけたら入る1択しか選択肢が思いつかなかった!」


マシンガン型の銃を握りしめる男は恐怖を紛らわせるように相方の魔術師に言い放った。


「こんなとこ、さっさと抜け出すしかねぇよなぁ?!」


大杖を振り翳しながら魔術師は啖呵を切るように4足歩行に向かって叫ぶ。


「ザ・メテオ!」


アクションを先に起こしたのは魔術師の方だった。

杖先から幾つもの火炎を頭上に蓄え始め、すぐに精緻な一塊の火炎弾を錬成した。


そのまま3メートルの巨体目掛けて大杖とともに火炎弾を振り下ろした。


その動きを読むように4足歩行はフラッシュジャンプ顔負けの跳躍でザ・メテオを華麗なるステップで空中回転し、魔術師の足元を着地予想地点に決め加速した。


それを銃使いは碧の光を纏わせた弾丸で阻止しようと照準を定め、発砲する。


その銃弾をも蛇の如きうねりでかわしてゆく。


その勢いに身を任せ、鋭い爪を立て、奇声をあげた敵は魔術師の首を掠った。


「疾い!」


瞬時に着地した4足歩行は魔術詠唱の隙を与えてはくれず、魔術師の必須アイテムである大杖を鋭い爪で弾き飛ばした。


首元を負傷し、魔術師の最大のウィークポイントである喉を潰されたのか彼に反撃の余地はなく、そのままもう片方の腕に薙ぎ払われた。


そう。大広間の片隅ーーー屍人の闊歩するゾーンへと。


「ジャド!」


ガンナーがジャドと呼ばれる仲間の名前を呼ぶときには既に彼は待ってましたとばかりに群がってきた屍人共の餌食になっていた。


即座に俺はフライも唱えずに崖から飛び出した。


しかし、4足歩行はガンナーに彼の断末魔を聞かせる隙も自身の身を案ずる暇も与えなかった。


鋭く尖った4足歩行の爪が仲間の安否を心配するガンナーの咽喉元へとへと迫り来る。


「おらあああぁ!!」


俺は落下スピードと共に背中の棺桶を4足歩行に全力で投擲した。


間髪入れずに敵の爪と棺桶の鋼の衝突音が鳴り響き、バックステップで間合いを取る。


俺も漸く着地して初めて4足歩行と対面する。

着地と言っても地面にめり込んだ棺桶の上に降りたから厳密に言えば地面には足をつけてはいない。


「よう。1年ぶりだな。山姥」


衝撃による砂煙で敵の姿が霞んで見えたが、すぐに鋭く光る目が露わになった。


無事、フラグ回収。マナのせいだ。


山姥。口は大きく背は高く、明敏な頭脳を持ち、ツヤのかけらもない黒髪が地面まで伸びている。奥深い山にしか生息しないその生態は人に見つかることはなく、伝説や昔話で語り継がれている。


人間離れした動きしやがって‥‥‥そこらのヴァンパイアよりは強いぞ。多分。


僥倖とはいえ2度も遭遇してしまうとは。宿命だな。


胸が早鐘をつくように高鳴る。

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