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血と復讐のヤルマール  作者: しのみん
2人の狩人
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戦慄の洞穴

「何よ‥‥‥‥これ‥‥‥」


唖然とした表情のマナが一歩だけ後ずさりして震えた声で言った。


ついさっきまでここで晩酌を楽しんでいたはずの4人は一体どこへ消えたのだ。


死体もない。ただあるのは取り皿をぷかぷか浮かせることができるほどの凄まじい量の血だまりと生臭い、吐き気を催する悪臭だけだった。


さっきまでの澄んだ空気から結界内に足を踏み入れた瞬間、この悪臭も含めて只ならぬ雰囲気を知覚した。


「マナ、下がっていろ」


俺はマナがこの光景を見えないように目の前に立ち塞がって汚物へと接近してゆく。


さて、分析タイムのスタートだ。ハンターのスキルを最大限活かさせてもらう。


まずは目の前にある血だまりに注目して臭いを嗅がないよう片手で口元を塞ぎながら手でそっと触れてみた。


まだ温かい。つい数分前といったところか。


肉焼きセットや用意した机や椅子もあちこちに散乱している。肉焼きセットに関しては原型をとどめていないほどグニャグニャに変形している。


間違いなく何らかの襲撃があったな。争った跡も残っている。サクヤの杖やエルドのハンマーが少し離れたところに転がっているのを見つけた。


俺のいないタイミングを狙っていたのか?

もしそうだとすれば隠れてチャンスをうかがっていたのか。そこまで知能の高い敵だということか。


さらに俺のアラウンドシールドを突破してくるほどの実力を持っている。ハンターブックのA+ぐらいはありそうだな。


「この臭いなら後を追えそうだ。そして‥‥‥」


俺は少しぬかるんだ土が見える泥道で腰を下ろした。


見つけた。間違いない、これが敵の足跡だ。


4人の靴跡に合わせてもう1つ、5本の指が深く大地を踏みしめた跡がくっきりと残っている。


人型種か。対人戦を予想しておかなければ。


「マナ、どうする?」


「え?行くの!?」


俺の予想に反する返答が返ってきた。こいつは経験上かなりのお人好しだったはずで、人の命とか人権とかが関わってくると心より先に体が動いてしまうような奴だったはずだが。


「まぁ、いいけど。帰ってこなかったら下山しろ。お前のその覚えたてのフライでな」


そんな捨て台詞を吐いて俺はずっしりと重量感ある棺桶を背負って臭いと足跡を頼りに結界の外へと進んでいった。


全神経を研ぎ澄まして周囲の環境に意識を絞り込む。


川のせせらぎ、風のそよぐ音、草木の触れ合うざわめき、血の臭い、モンスターの呼吸音。


あぁ。いいね。狩りの本能が目覚めてきた。自分の命がかかってる戦いなんていつぶりだろう。


鬼は正直言って拍子抜けだったからな。最後の雷さえ何とかすれば負けることはなかった。


「ん?」


徐々に接近してくる足音、走っているのか‥‥音は背後からくる。


「ネオ!」


呼び声とともに肩に何者かに手を触れられる感触が走る。それがマナだとわかったのは俺が反射的にビクッと動いたすぐ後だった。


「うわぁ!!脅かすなよ!意識を集中して探してんだから!」


さっきは行くの!?とか言ってたのに何で来たんだ。意味がわからん。


「だってぇ!1人であそこに取り残されるのは無理!怖すぎ!血生臭いし、ホラーだよ!」


「わかったよ!ついてくりゃいいだろ!あんまりデカイ声を出すんじゃない」


というわけで、結局2人で事の真相を暴きにかかるのであった。


幸いまだそこまで時間が経っているわけではない。ターゲットを殺すチャンスだ。


臭いと足跡は山を登る正規のルートから外れていて、大木の下の洞穴へと続いていた。


「ここだ。この中だ。三十六計逃げるに如かずと言うしここで逃げたって構わんぞ?」


俺はニヤリと笑ってマナを揶揄したが彼女は笑い事ではないといった風に不安げな顔をして返答した。


「もういいよ‥‥‥死んだら死んだだし‥‥」


なんか今にも泣きそうって感じだな‥‥


「そんな顔をするなよ。もしものときは俺が守ってやるから。それにお前、転移結晶を覚えてるか?あれを緊急時には使え」


俺はイケメンだけに許される女子の頭ポンポンをこのとき初めて実践した。効果は悪くはないようだが状況は改善しなかった。


依然としてマナは憂鬱な表情で俺の斜め後ろについていた。どこからどう見ても不吉な予感しかしない洞穴を前に2人は覚悟を決めて一歩ずつ重たい足取りで進んでゆくのだった。


泥臭い道を進むにつれて外の星の光や月光も届かなくなり文字どおりの暗黒に包まれる。


「懐中電灯をつける」


徐ろに俺は後ろから恐る恐るついてくるマナに呟く。


「魔術使わないの?」


「体力温存!科学の力こそ至高」


「あ、そうなの」


多分これだけの理由で納得していないだろうけどそれ以上ベラベラと論理を展開するつもりもないし使える物は使っておくのが俺のやり方だ。


彼女もそれを察してくれたのか何も言及してこないからスルーさせていただく。


黒の外套の内ポケットから小型の懐中電灯を取り出して電源がつくか確認してから真正面をチカチカ照らした。


洞窟の中は外よりもずっと寒く、その場で固まっていてはいずれ動けなくなるのではという余計な心配を抱かせた。おまけに血の臭いがプンプン充満してやがる。

凍てつく寒さにこの悪臭。モンスターの趣味もわかんねぇなぁ。


「近いぞ。この数年で身に付けたハンターのノウハウが、俺の索敵スキルが敵はもうすぐそこにいると反応している」


いくらシルバー級といえども4人のパーティを何らかの手段で圧倒するほどの能力を持つモンスターだ。死体が消失しているところを鑑みると恐らく巣の中にぶち込んだか丸ごと食われたかの2択か。


「マナ、この状況でハンターが推測すべきことは何だと思う?」


「う〜ん‥‥あ、地形の把握とか?」


マナは顎に手を添えてしばらく考えて閃いたように答えを言った。


「惜しいな。答えは罠だ。敵の縄張りが無防備なはずがないだろう?洞穴という場所があるだけで視覚を奪えるし図体のデカい敵は侵入不可能ってわけだ。注意して進まねぇとな」


洞穴は人がちょうど3人並んで歩けるかどうかの幅で天井は5メートルほどあって戦うには少しばかり窮屈である。


「あ、ネオ!」


「わかってる」


マナが唐突に顔全面を覆い隠しながら目の前の洞窟壁を指差して言った。


そこにはカサカサと足を動かし続ける茶色、いや黒光りした極小サイズのゴキブリたちが無数に張り付いていた。


道はここで途切れているが足元には人為的に掘られたような、人が入れそうな空洞が奥深くまで続いていた。


「降りるぞ」


俺とマナはフライを発動させ、懐中電灯で下を照らしつつゆっくりと降下していった。どこに繋がっていて何が居るのかはまだ何もわからない。


注意しないと穴に気づかずに落下死していたかもしれない。


「ネオ!気をつけて!」


マナが上から警戒の声を強めて叫び声がこだました。

彼女の顔を見ることはかなわなかったが何を伝えたかったのかはすぐに理解できた。


最深部の地面にようやく足をつけると思いきや、そこには人を軽く串刺しにできるサイズの鐘乳石が何本もできていた。まるで故意に作られているかのように。


一体何人もの冒険者たちがここにたどり着き、命を落としたのだろうか。


鐘乳石の先端部は赤く染まっていて犠牲者の数を物語っていた。

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