瞬く星の夜に
「コロナ城‥‥‥‥か。何しに行くつもりだ?」
俺は自らの目的を他人にベラベラと話すつもりはない。敵を作りたくないし、情報を聞き出すときも自分は最小限のことしか話さない。
彼らが命をかけてまで辿り着きたい目的地、コロナ城。このオーガス共和国の中ではかなり有名な地域でアウトレットはもちろん、コロシアムやカジノ、転職施設まで備え付けられてある。
「昇級ですよ〜新しい魔術やスキルを習得するのにブロンズ級とかシルバー級では戦力不足ですからね」
ジンは少し疲れた表情を見せたが静かに微笑んで言った。
このハイナギ山の後半はシルバー級では通れないようになってなかったか?だとすれば彼らだけでは門前払いされてしまう。
ハンターの昇格、昇級のテストを受けに行くのか。シルバー級ぐらいなら生活する分に不足のない額が給与されるはずだがそれでは足りないと言うのか。
まぁどんな理由にせよ高みを目指すのはいいことだ。
こいつらの戦力で果たしてどこまで通用するか‥‥俺には関係ないが。
「別に昇級のためだけに行くんじゃねぇよ」
「!?」
ずっと黙っていたエルドが口を開けておもむろに語り始めた。
「子どもがいるんだ。コロナ城の城下に。もうすぐ3歳になる女の子だ。だけどよ、俺の家はあんまし裕福じゃあねぇから俺がハンターで稼いでくっからちょっとだけ待っててくれって言ってきた。でもなぁ、蓋を開けてみればこの業界は厳しいじゃねえか。強いやつだけが求められ、どんどん上に上り詰めていく。嫁さんはあまり体が良くねぇから俺ががんばんねぇと‥‥‥だから一刻も早く昇級して金を手に入れねぇといけねえ。そして何より家族に会いにいかねぇとな」
こいつにも守りたいものがあるのか‥‥‥
「だからエルド、ハイナギ山登頂を目標に掲げてずっとやってきたのね!それなら早く言えばよかったのに」
サクヤが納得したようにエルドに笑いかけた。
パーティメンバーにも話していなかったのか。仕事に私情はあまり挟まない人間なのか‥‥その方がいいのは確かだ。
「言えるか!全員の身の危険を伴うことになるんだぞ。その責任は誰が負う?死ねば終わりなんだぞ!ハンターってのは死と隣り合わせの職業だろうが!」
エルドの言う通りだ。個人的な事情で他人を巻き込むことはできない。それで失敗した者など山ほどいるのだから。
「ネオさんは何か目的が?」
剣士のカズトがたずねる。この話の流れではこの話題しか無かったか‥‥
「まぁ俺はただのさすらいの旅人だよ。修行も兼ねてね。これだけ聞かせてくれ。サンダル大学について何か知ってる人はいるか?」
全員一瞬だけ沈黙し、火のあかりがパチパチと辺りを温かく照らしていた。
「あのヤルマール帝国の廃校になった大学か‥‥オーガス共和国でも有名な事件だけど。ヴァンパイアの仕業なんでしょ?」
最初に口を開いたのはカズトであの惨劇はこちらでも知名度の高い事件として取り扱われている。
「あぁ。許せない行為だ。だから俺はヴァンパイアを‥‥‥駆逐すること‥‥‥いや、ヴァンパイアハンターなんだ。だからできるだけ情報を集めている」
この発言にサクヤが顔をしかめて反応した。
「ね、ねぇ、ヴァンパイアだからってヴァンパイア全員を殺すっていうのはどうなのかな?」
!?
今こいつ‥‥なんと言った‥‥?
「いや、ヴァンパイアは敵だ。奴らは獰猛で凶暴で邪悪な生き物だ!モンスターだ!」
「ネオ、落ち着きなよ!」
マナが少し困ったように俺の肩に手を当てて言った。
「それは差別じゃない?あなたが過去にヴァンパイアに何をされたのかは知らない。だけど中にはきっとヴァンパイアでも良心を持っている者もいるかもしれない!彼らだって感情がある!一方的に価値観を押し付けるのは間違っているわ!」
なんだ‥‥‥こいつ‥‥‥!
違う。奴らはカンナを‥‥‥あれは人間でもなんでもない!
敵だ。血を吸い闇に身を潜め、愛する者を奪った憎き存在。
「大丈夫‥‥‥ですか?ネオさん‥‥」
ジンが立ち上がって俺の方に近づいてくる。彼の差し出した手を振り払って俺は叫んだ。
「やめろ!‥‥‥‥‥‥すまない。少し体調が優れないみたいだ。外の空気を吸ってくる」
空になった器をその場に置き、俺はみんなのところからスタスタと結界外まで歩いていった。
その後ろにはコロナ城を目指すパーティの眼差しとマナの追いかける姿があった。
しばらく歩いたところに見晴らしのいい丘があったので寝転んで一休みすることにした。
「くそっ。気分わりぃ‥‥」
ヴァンパイアを擁護する輩がいるとは‥‥。
俺がおかしいのか?正常な思考ができていないのか?
あの日から見失ってしまったのか?
「ネオ‥‥‥大丈夫‥‥‥じゃなさそうだね。気持ちはわかるよ」
隣でマナが静かに呟いて俺の隣に寝転んだ。
「今日はあんなに曇っていて太陽も全然見えなかったのに月と星がびっくりするほど綺麗」
夜空には満天の星空が瞬いていた。手が届きそうなほど。
「俺は‥‥‥間違っていたのかな?」
この道を選んだこと、この旅を続けること。
「間違ってないよ。姉さんの仇を討つんでしょ。サンダル大学のみんなのためにも誰かがやらなきゃいけないことだよ」
だが‥‥復讐の憎しみは憎しみを生み出すだけだ。俺が誰かを殺したとき、誰かが俺を殺そうとするだろう。負の連鎖が始まる。
「だが奴を殺したところでカンナは蘇らない。死んだ者はどんな魔術や錬成を用いても生き返ることはない」
「まだ死んだと決まったわけじゃない!」
「死んだ!カンナは死んだんだよ!あの状況で生き延びるほうがどうかしている!奴はあの場にいた人間を殺したんだ!1人残らず!」
「どちらにせよ、ネオがやることは1つだよ」
そしてマナは息を深く吸い込んでから言った。
「校長を殺す。これ以上、犠牲を出さないためにも」
過去から学び、未来につなげるということか‥‥確かに奴の悪行を知っている者はほとんどいない。
「そのために私が今修行してるんじゃない。悲願を達成するために」
そうか‥‥。
俺はもしかすると探していたのかもしれない。生きる目的を。その意味を。
カンナの死んだ日からずっと‥‥
「ありがとうマナ。おかげで目が覚めた。死して当然の者を殺しにいくための旅を続けるとするか」
俺の突拍子もない話を信じてくれた、仲間とはぐれてもなおついてきてくれるマナには感謝の言葉しか出ない。
「だからそろそろ戻ろう!みんな待ってるよ」
「ああ」
しかし、俺たち2人が戻ったときにはもう火を囲む4人の姿はなく、代わりにしては酷すぎる血痕があちこちに飛び散っているのだった。




