修行
1合目
扉を開けて曇り空の下を2人は進む。まだ立て札が一定の間隔で立てられているので迷うことはないだろう。
芝生が両脇に広がっているため、敵がいれば一目瞭然。
まだモンスターに遭遇する確率もそこまで高いわけじゃないから修行を始める。
「ところでお前って飛べるのか?」
「は?」
「いや、フライの魔術は使えるのかって聞いてるんだよ」
「いやいや、飛べるわけないじゃん。人間なんだよ?意味不明なこと突然言わないでくれる?1合目から冗談キツイよ〜」
なんだこいつ。ただのバカだったか‥‥。まぁ百聞は一見に如かずだし‥‥
「フライ!」
俺はすっとぼけているマナの横でいきなり魔術を唱え空中浮遊を始めた。
「!?」
まるで未知の生物と遭遇したかのように目を丸くしたマナが俺を見上げる。
「お前には今からフライの魔術を覚えてもらう。ドラ○もんのタケコプターみたいで楽しいぞ。これで敵がワイバーンだろうが飛行型デーモンだろうが難なく戦えるな!」
魔術のコントロールが少し難しいのが厄介だがマスターすれば空を自由自在に動き回れるナイスな魔術だ。
「し、師匠!その魔術を私に伝授してはもらえませんか?!」
チョロいな。
俺は静かにマナの横に着地する。
「いいだろう。白魔術の魔力バランスは赤0青7緑3だ。静かに目を閉じ風をつかむイメージを強く持て。この魔術は集中力が命だ。もし空中戦で攻撃を受けて撃ち落とされてみろ、即フライは消えて落下死だ」
マナはゆっくり頷いて胸に手を当てて精神を安定させる。
心を落ち着かせる。
「フライ」
それを口にした途端、僅かに足元が大地から離れる。足元で風が発生し、葉や土が飛び散った。
「おぉー。少しだけど浮いてる!」
「つかみはOKだ。徐々に時間と高さ、移動速度を上げていく。慣れてくれば飛び放題だぞ。もし足を滑らせてもそれさえあれば寸止めも可能だ」
そう考えたらこの魔術って最強だな。極めたら瞬速の魔術師になれる。
ミスって障害物に当たれば即死することを除けば完璧。
「よし、その調子で移動しながら練習するんだ。魔力が切れたら俺が大量に買い込んであるエリクサーをやろう。休む暇など与えんぞ」
「この鬼畜!」
さぁ次の魔術だ。
「クエンは?」
「防御力はそこまで高くないけど一応」
「それはもうクエンではない。もっと練習しろ!次、アンチグラヴィティを修得せよ」
「なにそれおいしいの?」
マナはふわふわ浮遊しながら俺を見下ろして言った。
なんか腹立つな。
「フライの応用だ。自分の体を浮かせられるなら他の物体も浮かせられぬ道理はないだろ?浮かすだけじゃなくそれを対象に投げつけることもできるはずだ」
おぉ!と感心しながらマナは何か納得した様子で柏手を打った。
そして俺に向かって両手をパーに広げて念力をかけるように意識を集中させた。
そしてこの俺を宙に浮かせるのだった。
マナの位置よりも高く、周りの木よりも高く俺は反重力装置の実験体のようにぐんぐん上へと上っていった。
「マジかお前‥‥‥自分よりも他の対象を飛ばす方が得意なのか‥‥」
まるでサイコキネシスのようだな。
「はっ!!」
衝撃波のような振動が全身に走り、俺の身体は空気の漏れ出した風船のようにグルグル回った後地面へと急降下した。
「フライ!!」
大地に叩きつけられる前に魔術を唱えて激突を回避する。
「おい、魔術を教えてあげて間も無い師匠を教えてもらった魔術で殺す気なのか?」
「いや〜ごめんごめん。なんかいい感じに投げ飛ばせる物体が目の前にあったから」
こいつは俺を物体と思っているのか!
末恐ろしいやつだ。それにしてもこのアンチグラヴィティ、スターウ○ーズのフォースみたいだ。こいつがダースべ○ダーのようにならなければいいのだが。
「ま、まぁいい。素質はある。エリクサーを飲めよ」
ポケットから小さめの瓶を手渡して魔力回復させる。
マナは飲み終えた瓶にアンチグラヴィティをかけて空中に飛ばしたりして遊んでいた。
いつの間にか芝生の道もなくなって普通の山道に入っていた。なんだかんだで先に進めている。
修得が思いの外早い。こいつは極まれば最強の白魔術師になれるかもしれない。
「きゃっ!」
「どうした!?」
背後からマナの悲鳴が聞こえたので慌てて振り返る。
「虫よ!!私虫ダメなの!」
怖がる彼女の横を黒く光った虫が飛び去って行く。
「本気で言ってんのか?これから虫地獄なんだが?」
「え‥‥‥嘘‥‥‥」
「当たり前だろ。山なんだから」
あれ。マナが俺を見ていない。視線はその背後の忍び寄る影に釘付けになっていた。
「あ‥‥‥あ‥‥‥」
振り返るとそこには黒光りした全長5メートルほどの巨大ゴキブリが長い触角をピクつかせて目の前に佇んでいた。




