彼女の悲しき慈悲
そういえばまだマナの実力を見ていなかった。
カンナの才能を引き継いでいるのであれば魔術スキルを持ち合わせているはず。
「ク、クエン!」
出たか。咄嗟の判断としては合格だ。ギリギリだったが。
そしてマナの魔術が発動したと同時に黄金色に輝く防御膜が砕け散る。
「なんなのよ!あんた!」
マナが目の前のアサシンを指差して罵った。
まだ話せる余裕があるとは‥‥‥大したもんだ。
もちろん返事は返ってこずに単発銃を背に背負い、ククリナイフをもう一本腰から取り出した。
双剣使いか。連続攻撃ではクエンの防御が追いつかない。
マナの主要攻撃手段が魔術だとしたらこの戦いは距離を詰められたら勝敗が決まる。
逆に言えば一定の距離を保ちつつ魔術戦に持ち込めることができればあの暗殺者に勝ち目はある。
しかし、決定的にマナに劣っている部分がある。
おそらくマナは対人戦に慣れていない。というか初めてだろう。昨晩の俺の殺害にあれだけ腹を立てていたのだから。
しかもハンターはモンスターを狩る依頼が比較的多い。
そう。経験の差だ。
それにひきかえ、黒服の職業はアサシン。対人戦を生業とした職。
「ホーミング・フラッシュ!」
マナは杖を取り出して白魔術を詠唱した。
魔法陣から光のレーザーを出現させ、対象を追尾するタイプの攻撃。
マナは3つの魔法陣を地面に発生させると一気にそこから光を斉射する。
このホーミングから逃れる方法は他の障害物なんかに当てて爆散させるか、同じ系統の魔術で対抗するか、術者を倒すかと言ったところだ。
平地でこの魔術を発動されると厄介だ。
アサシンは迫り来る3本のレーザーをハイジャンプで回避し、一回転捻りをしたのち着地する。
青い光がアサシンを追うように軌道を変えて、背後を狙い続ける。
ホーミングフラッシュも他の魔術と同様に術者の技能によって出せる本数や追尾するスピードが変化する。
マナのホーミングではアサシンの動きに追いつけない。
アサシンは一直線にマナの懐へと接近する。
奴は先にマナを殺すつもりだ。
手でククリを回転させ、刃を下に向けるように握り直し、逆手持ちをする。
「アークバインド」
「!」
マナが敵に構えた平凡なマジックワンドの先には赤い光のような鎖に身体を拘束されたアサシンの姿があった。
敵の動きを止める魔術の一種。普通のバインドよりもアークバインドは1つ上の階級の魔術だ。しかし効果範囲は狭く、図体が大きければ破られるし、小さければ外れるという高難易度の魔術。
まさか成功させるとは思わなかった。あれだけ素早い対象を捉えるのは至難のわざだ。
彼女の繊細さ故か。
アサシンはナイフで鎖を断ち切ろうともがくが、あとを追うホーミングフラッシュが命中するのにそう時間はかからなかった。
矢のように鋭い3本の光線がアサシンの黒服に風穴をあける。
胴体や口元の隠れた黒マスクからどくどくと出血する。対人戦なんてそのほとんどが一撃受けた時点で勝敗は決まる。
マナの勝ちだ。
「ああああああああああ!!!」
悲鳴をあげたのはアサシンの方だと思った。しかしその声は高く、マナの声なのだとすぐにわかった。
「私‥‥‥なんてことを!!」
俺はてっきりふぅー!私に勝負を挑むなんて100年早いわね!とか余裕の素振りを見せるのだろうと思っていた。
「人の命を‥‥奪った?嫌だ。ダメよ‥‥そんなの」
マナは倒れて動かないアサシンに近づいていく。
治療でもする気か。クソッ!
彼女の行為を俺が察知したときにはもうシャドーアヴォイドは解け、体が具現されていた。
情けをかける相手を間違えるな!
マナがアサシンの傷口に手を当てようとした瞬間、彼の眼は輝きを取り戻し彼女の喉へとククリを滑らしていく。
「よせ!」
血飛沫が空を舞った。




