激動
「え‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥?」
ダンディリオンの鋭い爪が、まるでその一本一本がナイフのように鋭く尖ったその爪がカンナの柔らかい腹部に深々と食い込んだ。
真っ赤な鮮血とともに。
一瞬カンナは何が起こったのか理解できずにぼんやりと自分のお腹から流れる血を見つめていた。
全く同じリアクションを俺もしていただろう。
この大学で毎日、当たり前のように生徒を見守り指導してくださったあの校長がこんな行為をするなんて。
爪先からポタリと滴る血が、出血した血だまりに落ちて波紋する。
「おい、やめろ‥‥‥」
唖然としたままその場に立ち尽くし呟いた。ずっとこの大学の先頭に立って引っ張ってきたんじゃないのか?
普通に考えておかしいじゃないか。ティーチャーのマスターだぞ?
そんな校長が敵だなんて、ヴァンパイアだなんて思いたくなかった。目の前の光景が信じられなかった。信じたくなかった。
「カンナあぁ!!!!」
先に身体が動いていた。俺は渾身の叫びとともに眼前の敵に向かって全力疾走していた。
事情などどうでもいい。今、目の前で起こっている愚行を見過ごすことは俺の選択肢にはない。
カンナを傷つけたという行為だけで奴は万死に値する。
心臓の鼓動が速くなる。頭が真っ白になる。
嫌だ。死ぬな‥‥‥!
失ってたまるものか!死なせてなるものか!
あいつを‥‥‥殺す!
走るスピードの勢いに身を任せ、太陽剣を引き抜き突貫する。
「ネオ‥‥‥‥‥‥‥くん‥‥‥‥‥」
弱々しい声でカンナが呟く。その声に精気は満ちていなかった。
「待ってろ!!すぐ行く!」
やっとここまで来たんだ。これから2人で過ごしていくんだ!こんなとこで殺させはしない!
「ほれ、お前のボーイフレンドが突撃してきおったわ‥‥いいパートナーを持ったな。だがそいつももうすぐ死ぬ。お前はそこで見とれ。見惚れとれ」
校長は揶揄するようにそう言ってカンナに突き刺さった爪を一気に引き抜き、身体ごと振り払った後、地面に叩き落とすのだった。
「先生‥‥‥どうして‥‥」
今までの校長とはとても思えない、まるで別人のような態度をとる彼に対しカンナは恐怖と軽蔑の眼差しを向けていた。
「強いて言うなら私はヴァンパイアのマスターだから‥‥‥かな」
「そんな‥‥‥」
そんな中、この場に駆けつけた3人のティーチャーが荒廃したサンダル大学の校舎の屋上から地上を見下ろしているのだった。
「おいおい、これって何?どーなってんの?」
「えーっと‥‥‥生徒が全滅してるねぇ」
「え、マジで?ワシらの職務はどーなんの?」
「多分、校長がイッテもーてるから解雇処分じゃないかな」
「えぇ‥‥‥他のティーチャーはどうした?見かけんが‥‥」
「ほぼ全滅だよ‥‥職員室がどエライことになってたから」
「全部校長の仕業?」
「だろーね。あの校長、前からなんか怪しいなーって思ってたもん」
「朝っぱらからよくもまぁやってくれたのぅ。最悪の出勤じゃ」
「って、気長に話してる場合じゃねぇだろ!さっさとあの2人を助けに行くぞ!」
「りょーかい」
呑気な会話を終えて3人は特攻を仕掛けるネオに加勢するように校舎から飛び降りる。
「はあああぁぁ!!」
憎悪と憤怒を力に変えて俺は太陽剣を力の限り振り下ろした。並みのヴァンパイアならば燃え尽きる火力で、だ。
「その武器はヴァンパイアにとって天敵じゃな‥‥この姿じゃないと日光対策はできんし‥‥」
この姿とはヴァンパイアではなく、ティーチャーとしての礼装という意味だろうか。思い返してみても今まで日常生活を問題なく送っていた校長が日中、外に出ていたこともあった。
校長は右手に持つ自らの大杖を盾に軽々ガードし、左手で魔術を詠唱する。
「マジック・クロー」
早い段階で身に付けることができる白魔術、マジック・クロー。
俺もカンナも入学時には既に習得済みの初歩的な魔術。
魔力でできた鉤爪が出現し対象を引っ掻くというシンプルな魔術だ。雑魚モンスターならばこれだけで仕留められるが火力自体はそこまで高いわけではない。
が、俺は突如として腹部を鋭い牙で抉られるような感触に襲われた。一瞬ではあったが声にならない叫び声をあげてーーーーーー
気づくと俺は校長から10メートル離れたところまで吹っ飛ばされていた。
自らの臓腑を自らの目で確認できるほどの重傷を負って倒れ込んでいた。
「クッソ‥‥‥なんでこんな‥‥‥」
「私の魔力量を舐めるな。雑魚魔術といえども格が違うわ」
今、俺は校長に勝つとか負けるとか、そんなことを考えながら戦っているのではない。
カンナを助ける。ただそのために命のやり取りをしている。その結果さえあればその過程で自分がどうなろうが他人がどう死のうがどうでも良かった。
親玉はずっと目の前にいたのかよ。灯台下暗しってやつか。
「ちくしょう‥‥‥」
結局ダメなのか‥‥‥俺には彼女を助けることはできないのか‥‥!
苦難を乗り越え、絶望から逃げ延びることができたと思った矢先に降りかかった災厄は2人の運命を握って離そうとはしなかった。




