2人の思い
「そういえば、校長は何をしてるんだろう?結界は消えてるみたいだし、他の先生も1人もいない」
俺は階段を降りながら不意に呟く。
「みんな、死んじゃったのかな‥‥‥」
悲しそうな表情を浮かべながらカンナが答えた。
見慣れた校舎内はガラリと変わってしまった。
血痕に爪痕、ガラスは割れ、頑丈に造られた学舎の骨組みが露わになっているところもある。
「サンダル大学の先生だぜ?絶対大丈夫だって!ダンディリオン校長にバルダーノ、ダレイオス、ナイルと強者揃いなんだから、そう簡単にくたばる訳ないって!」
カンナを慰めるためにそんな強がりを言ったが、何しろ相手はヴァンパイアだ。力は未知数、どこにそんな保障があるのか。
「だといいけど‥‥‥‥‥‥」
少なくともこの時間帯、太陽がさんさんと輝く朝に外に出て活動してるようなヴァンパイアなんて聞いたことがない。
日中の内にレヴェンを出発してそこからは2人で考えよう。この街から逃げるチャンスは今しかない。
「これから‥‥どこに行きたい?」
「まずは家に帰りたい。荷物まとめなきゃ。お金も出さないとだし。それからセントラルシティだったら安全かなって思うんだけど‥‥」
確かにこのままの状態で放浪の旅をするのは危険すぎる。武器は多少あるけど金と服と日用品はないに等しい。
セントラルなら軍備も充実しているし、ヴァンパイアハンターなんかもいるかもしれない。この辺では1番安全な場所と言えるだろう。
「そうだな。この時間なら家の近くで遭ったヴァンパイアもいないだろう。長い付き合いになるかもしれないな。助け合っていこうぜ。これからもよろしく!」
ネオが握手の手を差し出すとカンナは少し照れ臭そうに手を取って言った。
「うん。ありがとうネオくん。よろしくね」
大丈夫。2人ならきっと辛い道も乗り越えていける。
そんな気がする。
「あ、私パパとママに後で連絡をいれなきゃ。こんな事件があったんだもんね」
「ああ。俺もだわ」
そうだ‥‥‥俺は何もわかっていなかった。
俺にとって友だちなんて無価値な存在で、周りの人間関係なんて気にせずに生きてきた。けど、彼女にとってそれはかけがえのない存在で、決して失ってはいけない仲間や思い出があったはずなんだ。
少なくともシェリーはその一人だったはずだ。そんな大事な友だちを目の前で、あまりにも唐突に、あんなやり方で失って傷つかないはずがないだろ。一夜明けて今まで通りってわけにはいかない。
いくら周りとコミュニケーションを取らない人間だってそんなことくらいわかる。
自分と同じ立場で、尺度で考えられる訳がない。カンナに必要なことは心のケアと頭を整理する時間だろう。
すぐ切り替えて新しいことを始められるのは俺みたいな心の無い人間だけだ。
もっと優しくできたはずだ。いや、それをこれから俺自身がやるんだ。今は気を使っているだけで、本当は怖いし、辛いし、泣きたいに決まっているだろ!
俺は今更、そんなわかりきった事実に気づき後悔する。
彼女の笑顔の裏に隠された悲しみというものに。
「どーしたの?ネオくん、ボーッとして」
「いや、なんでもねぇ‥‥さっさと出ようこんなとこ」
カンナは少し不安げな表情を浮かべていたがすぐに1階の廊下をずんずん歩いて行った。
「いつもだったらもう授業を受ける時間だね〜」
「そうだな」
「なんか授業サボってるみたいだね〜」
「そうだな‥‥‥‥」
なんだか彼女の笑顔を見ていると悲しくなってきた。
カンナが俺に優しくする必要はないのに。
寧ろその逆なのに‥‥‥
「もー!ネオくん、元気出して!これから頑張ってやっていくんだから!シャキッとしよ!」
「あっ、ごめん‥‥‥そうだな!行くぞカンナ!」
カンナの声にハッとさせられて慌てて答える。
そして遂に校門に出て眩しい太陽の光の下の外の景色があらわになる。久しぶりに太陽の光を浴びたような気分だった。ずっと暗闇の中にいたからか。
眩い光が2人を照らし、思わず目を細める。
だがそれは彼らの思いも悲しく、絶望的な光景を再び2人に見せつけているのだった。




