少女の抵抗
背後から扉が地面に叩きつけられ、暗闇に大きく音が響いた。その衝撃はあまりに強く、頭から爪先まで怯みそうなほどの驚愕となって心を揺さぶった。
切断面から血を撒き散らしながら宙を舞った首がカンナの側をゴロゴロと転がった。彼女の髪が目や鼻にかかっていたがその顔にはしっかりと怨嗟や絶望が刻まれていた。
「シェ‥‥‥リー‥‥‥?」
恐怖が顔から滲み出るほどの形相をしたそれは目を見開き、まるで夢に出てきそうなトラウマを唖然としたカンナに植え付ける。
ヴァンパイアの姿があらわになる。が、その姿は私が予想していたものとはかけ離れていた。
最初に遭ったヴァンパイアよりも体長は低く、体つきも人間とほぼ同じ。赤黒い眼と尖った牙と長い爪がなければわからなかったかもしれない。その点以外は普通の人間となんら変わらない姿だった。
ヴァンパイアにも個人差というものがあるのか。
「ふふふふふ‥‥‥見つけたぞ人間。同族の血の付いたその服、プンプン臭いやがるぜ‥‥そしてここにはお前ただ1人。さっさとことを終わらせてグラルダー様に肉体を捧げなくては」
目の前には首のない体からどくどくと血が流れる死体と不気味に笑うヴァンパイアの姿が広がる。
驚愕と恐怖が、絶望が私を支配する。
体の震えが止まらない。
グラルダーとは誰のことだ。
動いて!私の身体‥‥‥。お願いだから‥‥
地下1階に位置するこの図書館、辺りは真っ暗。
この状況で誰が助けに来てくれるというのだ。
他にも校内にヴァンパイアがいるかもしれない。
人助けをする余裕のある者などいないはずだ。
「お前はほぼ無傷で回収しろとのご命令だ。悪いが一瞬で終わらせる」
今、私が助かる唯一の方法。それは私が相手を倒すこと。まず、精神を安定させなければならない。
大丈夫。大丈夫。私には太陽光が使える。無傷で回収するのなら反撃の余地はある!
そう自分に言い聞かせるように深呼吸をした。
まだ攻撃は来ていない。練習をしていた私は今、杖を右手に握っている。
相手は武器を持つこともなく、素手で格闘家の如く構えを取っている。
だからと言って先手をこの私が取れるとも思わない。それは先の戦闘で十二分に理解した。彼らのスピードは人間の比にならない。
怖い。でもこのまま何もせず死ぬのはもっと怖い!
杖を前にかざす。その瞬間に相手は超スピードで接近してくる。
「ソレイユ!」
その言葉とともに発せられた光。暗闇の中では強すぎる輝きを放つ。相手がさっき立っていた位置にその光を届かせるのはあまりにも遠すぎる距離だっただろう。絶対に届かなかっただろう。
だが相手は自分の超スピードが裏目に出た。都合良く、私が魔術を使った時には既にヴァンパイアは目の前に迫っていたのだ。もちろんそこまで接近したらならばソレイユの効果範囲内に完全にはまることになる。
おそらくソレイユではなくソーラーインパクトでは間に合わなかっただろう。
光がヴァンパイアの体に直撃する。そして目の前にはヴァンパイアの高潔な血と太陽光が反応を起こした赤い炎が広がる。
「ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!熱い!熱い!!燃える!!痛い!熱いぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
火だるまになりながら地面をのたうちまわる。
手足をぶんぶん振り回しながら。
た、倒せる!
このままソーラーインパクトでトドメを‥‥‥!
「ソーラー」
杖をもう一度かざし、相手に向かって魔術を放とうとしたその時、
「この小娘があぁぁぁぁぁぁぁ!!許さん!!許さんぞぉぉぉぉ!!!」
相手は絶命することなく、充血した眼を大きく見開き、私の姿をしっかりと捉えていた。
その燃え盛る右腕は私の足をしっかりと握っていた。地面に這い蹲りながら、今にも死んでしまいそうなのにその腕は私を決して離そうとはしなかった。もう片方の手を大剣に変形させる。
トドメをすることもできずに私は手を振りほどこうと足をじたばたさせながら後ずさった。すると運良く右手の焼け焦げた指が数本灰になったのか、ボロボロと地面に崩れていった。
逃げないと!あの大剣をくらえばひとたまりもない。
掴まれた足が熱い。でもそんなことを気にしてられる暇はない。私は相手が大勢を立て直す前に図書館の奥へと走って行った。
「太陽光で死ぬんじゃなかったの‥‥!パニクって魔力のバランスが悪かったから‥‥?」
図書館の本棚に息を潜めて愚痴を呟いた。少しは冷静さを取り戻せた。自分の震えていた足が今、しっかりと機能していることに感動を覚える。
まずは落ち着こう。
ヴァンパイアは今どこにいるんだろう。意識を集中させる。
ダメだ。完全に気配を消している。あの生命力と再生能力、パワー、スピードに加え気配遮断スキルも備わっているなんて。弱点を除けばヴァンパイアはチートじみた化け物だ。
このままでは逆上したヴァンパイアに無傷どころか斬殺されかねない。
「見つけた‥‥」
えっ‥‥!
油断していた‥‥この暗闇において優位に立つのは間違いなくヴァンパイアの方だ。それに同族の血の臭いを感知する力も兼ね備えてるならば逃隠れは無意味になる。
私が振り返るやいなや相手は彼女の首を鋭い爪を突き立て握りしめた。腕はまだ完全に再生しておらずところどころ焼け焦げていて、煙が立っている。
「こうすればお得意の魔術を唱えられないな!それから気絶させることも容易い。まさに一石二鳥だ‥‥ククククク」
ダメだ。勝てなかった。私‥‥‥ゴメン。ネオくん‥‥
徐々にヴァンパイアの腕の力が強くなってくる。気絶させるつもりだからなのか、腕が回復してきたからなのだろうか。もしくはその両方か。
どっちにしろ私に勝機はなかった。




