ヤルマール帝国
このネクターという星のヤルマール帝国、数多の職業が存在する大帝国である。
例えば、大兵団を率いる《戦士》
帝国の秩序を守る《騎士》
魔力を消費し日常生活から戦闘にまで様々な効果を発揮する《魔術師》
子どもの育成を目的とする《ティーチャー》
街の住人の依頼を確実に遂行する《ハンター》
神に祈りを捧げる《祈祷師》
闇の力に目覚め数少ない血統を持つ《ヴァンパイア》
街の秩序を乱す《ヤクザ》
30を超え童貞を貫き通した究極の《賢者》
生まれながらにして障害を持つが突然変異で攻撃力を飛躍的に高めた《バーサーカー》
街の安全を守る《ポリス》
帝国の軍事力を持つ《軍》
今挙げた例はほんのごく一部だが、戦闘系統の職業から謎の多い職業までさまざまある。
もちろん人間にはなれないものも存在するし、高学歴や専門技術が無ければ就職することを許されないものも多々ある。
ヤルマール帝国の名門大学に通い、戦闘、魔術、座学に長けているネオはこの世界での生き甲斐を見出せないでいた。目標も意欲も無く、この世界を渡り歩く人生など無価値な存在だと思っていた。
大人の言っていることがなんの変哲もない、彼にとっては常識レベルで身についている技術でしかなかった。
ニュージャージ新聞
ヤルマール帝国の東方に位置するレヴェンでは最近奇妙な殺害事件が多発しております。
夜分の外出はお控えください。子どもは早めの下校を。
こんなニュースが届いていた。そんな記事を眺めながら俺はコーヒーを啜っていた。
俺の家には両親はいない。親は南のヤードという街に住んでいる。ネオ自身は下宿してサンダル大学に通っている。
「そんな変質者、俺1人で撃退できるっつーの‥‥」
1人でそんなことを呟きながら支度をする。
「ネオくーーん!いる〜?」
毎朝カンナという少女が2回生の下半期ぐらいから家の近くに住んでいるということが発覚して以来、朝は迎えに来るという習慣がついた。
大学ぼっちの俺からすれば良きコミュニケーション相手であり、情報も提供してくれたりと最高ポジションについてくれている。
「おー、今行くわ〜」
絶対付き合ってんだろ!?お前ら!とか毎日言われる。
確かにそこそこ美人だし明るいからタイプではある。
が、まぁ面倒だから別段なんもしない。
入り口の錠をカチャリとかけて一度ロックを確認してからカンナの元に歩み寄る。もう何度も見慣れた風景だ。
「ねぇ、ハッピーターンにワサビを挟むと辛くないんだって!やってみよーよ!」
明るく整然とした街並みを横目に通りを歩いてゆくのがいつものルーティンだが、今日は何となく慌ただしい雰囲気が目立った。気にしないけれど。
なんでこいつ朝からこんなテンション高いんだよ。
俺は朝弱いってのに。
「ヤダよ。ぜってぇ辛いじゃん」
俺はまだ少し眠たい目をこすり、あくびをしながら答える。
こんなたわいもない会話を1年ぐらいして登校している。よく話題が尽きないなこいつも。
「そういえばレヴェンに変な事件が起こってるとか新聞に書いてた。多分学校で連絡あると思うぞ」
「なにそれ!怖いけどネオくんは強いからそんな奴一発で倒すよね」
なんて能天気な奴だ。
まぁ、どうせそこらのグールかゾンビの類が犯人だろ。この地区はモンスターが少ないから住民は油断してるだろうが。
しかし、さっきから軍やらポリスの連中が連携して捜索にかかっているな。いくらなんでも大袈裟すぎる。レヴェンはそこまで物騒な街ではないし治安の良い住むには最高の環境なのだから。
サンダル大学にて
「皆の者、ニュースを見ている優秀な君たちならもう耳にしていると思うが、この街に謎の殺人事件が起こっておる。由々しき事態だ!君たちなら撃退も容易なのかもしれんが、念には念を入れ、原則として4時には完全に下校してもらう」
っしゃぁ!と周りから完全下校故の喜びの声が聞こえる。
このサンダル大学の校長でありすべてのティーチャーのマスターに君臨するダンディリオン校長が臨時集会を開き、生徒に呼びかける。
マスターというのは各職業でトップを担っている最高責任者であり、職業の数だけそこにはマスターが1人管轄しなければならない。どんな団体にも長がいるように職業を統括するための中心的存在が必要なのだ。
いくら優秀な大学といえこれだけ生徒数が多ければ、やはり学校側も警戒せざるを得ないといった感じだ。この間も爆破予告かなんかで休講だったし。結局爆発しなかったし。
まぁ俺は校長の話など聞かずに寝ていたが。
どうせ数日後には何事もなかったかのように日常が流れていくんだ。
放課後、カンナが買い物に行きたいとかほざいてるからしぶしぶついて行ってあげた。
しかも結構遠い。セントラルシティ‥‥都市部まで来ちまったじゃねーか。
とある霊薬店にて
「ここの霊薬は品揃えと質が最高なの!ネオくんは使わないかもだけど!」
ついてきた意味ねーじゃん。
棚には大量のカラフルな瓶が置いてあり一つ一つにその効果や使用時間などが詳細に記載されてあった。
霊薬とは不思議な力の宿る薬といえばシンプルだがモンスター討伐のときに武器に塗りつけたり、自分が摂取することによって一時的に何らかの特殊効果が得られる便利なものだ。
「ドラゴンにはこのアルベド、トロールにはルーン、ヴァンパイアにはフィン!」
商人がオススメをどんどん紹介していく。
俺はつまらなそうな顔をしながら商人の霊薬の説明を聞き流していた。
「まーまー、そんな顔しないで。ご飯食べに行こ?」
カンナが会計を済ませると紙袋を持って店から出て行った。
人使いが荒いのは相変わらずだ。
とあるレストランにて
「いらっしゃいませ!何名様でしょうか?」
「2名です」
決まり文句のような会話を店員として席に案内される。店の雰囲気は賑やかで活気に満ちていた。客もそこそこ入っているようだ。さすがセントラルシティ。
「ここの店は珍しい鳥類のお肉を使ってるんだよ!」
カンナが目をキラキラさせながらメニューを開いてパラパラと頁をめくっていく。
ここの近くの森で獲れるチャモという可愛らしい名前には見合わない体長3メートルという巨体をもつ怪鳥の肉を使った料理がこの店のイチオシらしく、2人とも同じものを注文した。
「ネオくんって彼女とかいないの?」
食事が届くまでの待ち時間にカンナが話題を振ってきた。いきなり恋バナスタートかよこいつは。もはや何でもありだな。まだ酒も飲んでねぇぞ。
「別に。忙しいしな」
「へぇ〜。まぁ主席ともなればそりゃあそうなるか〜。私に出来ることがあったら言ってね?」
よくも俺の貴重な放課後を奪っておいてのうのうとサポートします宣言ができるな!
「まぁ気持ちは受け取っておこう。せいぜい社会の役に立てるよーに頑張りますよ〜」
将来のヴィジョンなど全く見えないし、想像もつかない。形式にとらわれたことはあまりしたくないのが本音だがそうはいかない。
「真面目だねぇ。せいぜい社畜にならないように祈っておきますよ〜」
カンナが皮肉たっぷりに言葉をぶつけてきたところで料理が届いた。
肉を噛んだ瞬間に熱々の肉汁とともにハーブの香りが口一杯に迸る。なかなかうまい。レヴェンもそこそこ都会といえば都会なのだが、レヴェンでは口に出来ない代物もセントラルシティまで来れば大体はあるというものだ。
「ネオくんはさ、職業なににするの?」
ナイフで肉を上手に切りながらカンナは尋ねた。
「まだ決めてない。なりたいのがあんまなくて」
選択肢が広いというのも考えものだ。なれるものが多ければ多いほど迷いやすくなるものだ。
「ええ?!そんなに優秀なのに?意外だなぁ。あたしは魔術師かな〜白魔術を使いたいんだ〜」
こいつなら白魔術を使うことくらい容易いだろう。清らかな心の持ち主だし、トップクラスにまで行けるはずだ。
「ネオくんは賢者になるんでしょ?」
「は?おい、ちょっと待て。俺は‥‥」
童貞だが。
「ネオくんは恋愛には疎いからマスターになれるかもねぇ!」
カンナがケラケラ笑っている。殴りたい。
「なりたくないんだったらさっさと卒業することをおすすめするよ?」
「余計なお世話だ」
「ゴメンゴメン。今日は付き合わせちゃって悪かったね。次はネオくんが誘って」
このとき彼女への恋愛感情あったのかもしれないと俺は知る由もない。