帰省5
その少女は背中まで伸びる長い黒髪、紅梅と白磁の組み合わせた綺麗な和服、凛々しい顔立ち、人形のような純粋な黒い瞳、そしてなんと言っても美しかった。
少女と目が合った。
「主が御所院『りゅうが』殿か」
「いいや、違う。俺の名前は『りゅうか』だ!そんなことよりお前は誰だよ。今の時代に着物なんか着ないぞ」
「それは失礼した。私の名は鈴。鈴姫と言ったほうがわかりやすいじゃろ」
彼女は俺に笑顔でそう答えた。鈴姫といえば御所院家九代目当主の美しき姫だが質問したいことがたくさんある。
「まてまて! なんで死んだ姫がいるんだよ。しかもこの数珠光ったぞ」
「そんないきなり言われても困るぅ。さてなにから話すか」
と彼女は後ろ供え物に気が付きあちこち見始めた。
「私はただかわいい子孫の様子を見に降りてきたのだ。いや、墜とされたが正しいか…」
彼女は寂しい顔を見せ供え物の缶のお茶をそっと置いた。そんな悲しい姿を見た俺はとっさに話しだす。
「お前人間じゃないだろ」
「失敬な! 元は人じゃ。姫らしく生きたぞ。だが今は…」
そして彼女はゆっくりと立ち上がりさっきの笑顔でこう言った。
「神じゃ!」
同時に東山如意ケ嶽に火が放たれ大の文字が浮き上がっていた。遠くからは見物客の歓声が聞こえる。
俺は彼女になにか言おうとしたが言えなかった。
少年は緋色の瞳で五山送り火を見る無邪気な姫をそのままにしていたかったからだ。
その後、鈴姫が散歩したいといったので御所南の寺町通りにやってきた。もちろん御所から抜け出してきたが、帰ってきたら護摩木じゃなくて御所院のご子息が燃やされるかもしれない。
だが姫はそんなことお構いなしに夜の古都を満喫している。
「あっまだあったのか!」
駆け寄って店を見上げてた。
そこには一軒のお店があった。確かお茶の専門店で一七一七年創業の老舗である。つまり三百年続いているから鈴の時代もあったということにあるが、彼女は気になっているらしい。
「…店、入るか?」
「いいのか!」
姫は龍佳の顔を見て驚きと喜びを表した。そして「やった!」と一人で喜んでいる。まるでおもちゃを買ってもらえる子供のようである。
店の中は実に和で包まれていた。茶の葉が入った壺が棚に並んでいる。自分の好みの銘柄を試飲でき、テイクアウトもできるらしい。お茶のテイクアウトとは新しい考えだ。
九代目当主御息女さんはメニューで何にするか迷っているらしい。眉間に皺が寄らせながら「ん~」と唸っている。
「龍佳~。パフェってなんだ?」
どうやらパフェがどういう食べ物かわからないらしい。
「左下の写真がそうだよ。食べるか?」
「ん~うむ。そうする」
鈴姫はお好み茶パフェにするらしい。ここのパフェは何種類から自分の好きな茶の葉を選ぶことができ、それをもとに茶パフェを作ってくれるサービスである。観光客には人気のメニューらしい。鈴姫はなんかのお茶の葉を選んでいたが俺にはよくわからない。
「それより鈴姫、神とか言っていたけどどういうことだ」
「鈴でよい。齢もそなたと同じじゃ。鈴姫は真名ではないからな。元々、土地神は人だったやつが多いのじゃ。もちろん最初は神が神を作っていたが、亡くなった人の魂を使ったほうが負担が少なくより楽に作れると気がついたのじゃ。それで選ばれた人の魂が基になって神がつくられるのじゃ。」
「なら今の神は全部元々は人間だってことかよ」
鈴に聞くが「あほ!」と怒鳴られる。そしてお茶を一口飲み話を続けた。
「全部が人だったら人に示しがつかんわ。土地神や一部の大神五代の上の位の者だけそうなる。」
「大神五代?」
そんな四字熟語みたいの言われても困る。ただでさえ日本語は難しいのに。世界に、漢字・平仮名・カタカナを同時に操る民族は日本人しかいないだろう。
「簡単に言うと神の位だ。大神五代・四代の神がだいたい元は人間じゃ。一部の選ばれた人間は大神三代になれ出雲に赴くことができる」
「なら鈴はどの位なんだよ」
「大神三代じゃ」
「嘘だろ? もっと下の神かと思ったぞ」
「お主自分の家の先祖を馬鹿にすると天罰くらわすぞ」
鈴神様がお怒りになった。手元のお絞りをなげようとしている。
「悪かったよ。それで鈴が選ばれた人間のひとりってことか」
「そういうことじゃ。自分の家から神がでて光栄じゃな」
鈴が言い放ったところでパフェがやってきた。長いグラスには選んだお茶のアイスに白玉やラズベリーがのっており、中には抹茶のわらび餅や小豆が入っている対する少年は普通にお茶と和菓子のセットを頼んだ。これも自分の好みの茶の葉をえらべるが、今おいしくパフェを食べている姫が勝手に選んだ。
「これ美味じゃな~。気にいったぞ」
姫は御満足の様子である。少年もお茶を飲むがこれは一度でも飲んだことのある味だ。
「玉露か」
「よくわかったな。玉露は新芽の成長期に布で覆うから甘みが増すのだよ」
鈴がお茶を一口飲み解説してくれる。するとスプーンでパフェのアイスを少しすくいこちらによこしてきた。
「褒美だ。一口やろう」
「えっ!」
つまり“あ~ん”をしろということだ。普段なら家族や瑠莉にはやられているが他人でしかも初対面の人にはさすがに経験がない。それに高校生ともなれば周りのことを気にし恥ずかしくなる。
「はようせい。溶けてしまうわ」
「わかったよ」
仕方なく姫からアイスをいただく。少年でも自分で顔が少し赤いのがわかる。だがその抹茶アイスに驚かされる。ほろ苦い甘さと濃厚さが合っており後味をさっぱりしていて美味しかった。
「うっ、うまいな」
「当然じゃ。私の時代からある。味が良くなくては今の世には存在はしていないだろう」
そして姫は今日一番の笑顔でこう言った。
「うむ。よか、よか!」
パフェを食べた後の鈴の御機嫌はとてもよかった。なぜならアイスを食べさすところを見て店員のおばあちゃんが「若いねえ」とお土産に八ツ橋をいただいた。嬉しいせいかたまにくるりと和服を身に纏った体を回す。京の夜道を和服で走り回す姿はなにか趣を感じてしまう。
「鈴はこの後どうするんだよ。神の世界にも帰るのか」
「なにを言っておる。しばしそなたの家に留まるぞ」
前を歩いている鈴が満足な笑顔で向けてくる。だが問題は山積みだ。まず知らない女の子を住まわしてくれるはずがない。しかも“この女の子僕らの先祖なんだよ”とか言ったら、本当に護摩木じゃなく本当に燃やされてしまう。
「心配せずともよい。今そなたの考えていることは簡単に解決できる」
「どうやるんだ。魔法でも使うのか」
俺は呆れた顔で言うが鈴はそんなこと気にせずにこう言う。
「案ずるな。私は緋皇忠姫神という名の神じゃぞ」