見極めと見極め
大変遅くなりました、戦闘回になります。
やたら筆が進まなくて難儀しました、申し訳ないです。
読みづらいところやおかしな部分が有ればバンバン突っ込んでいただきたいです。
始めと言ったものの、二人は動かない。
クロードはシルキーから渡されたシンプルな厚手の布服の上に、白い色をした光沢の無い鎧――素材が何かはわからないが――を胸部や腕、足等の要所に装備した姿で、半身の姿勢でロングソードを正面に構えていた。
対し正面、数メートル先に、外套を肩から羽織り、クロードと同じように半身で構えたアカーシャが立っている。
その服装はクロードより軽装の様で、白い鎧の部分が少ない。外套から覗く胸元と腕の側面、脚のスネの部分にのみ着いている。
服装は腰部の前と後ろにタレのあるワンピース型の服装だが、太もものつけね近くまで入ったスリットからは黒いソックスに覆われた足が大胆に覗いている。
クロードと同じように半身の姿勢だが剣は抜かず、その姿勢はどこか無造作に立っているようにも見える。
「来ないの?」
「そっちこそ」
アカーシャの言葉にクロードは剣を握る手に力を込める。
相手の底が見えない以上、迂闊に攻めたくないが実情だ、しかし向こうに攻めを渡した場合、守勢に回って不利になる可能性も高い。
ならば、相手の強さがわからないのであれば、相手が実力を発揮する前、すなわち初撃或いは短時間で戦闘を終わらせる事が望ましい。
強大な魔物と対峙している時と変わらない、そう考えると、クロードは軽く息を吸い込んだ。
「短詠唱・身体強化」
「お?」
小さな呟きのあと、クロードの身体が一瞬淡く光る。
アカーシャは使わないと言ったが、クロードが使ってはいけないとは一言も言っていない。
クロードが今使ったのは、マナを常時消費し続ける代わりに、マナのある限り自らの身体能力を向上させる魔法だ。
通常なら詠唱が必要なそれを、クロードは短詠唱《キャスト》という特殊な技術を使って詠唱を無くし、即時発動の技としている。
……もって三分。
マナ増幅の装備は何もしていない、となると自分が持つマナのみで発動になる。そうなった時の限界時間は大凡三分だとクロードは経験で理解していた。
前に出していた右足に大きく重心を傾け、力を込めるとそれを一気に解放させる。
強化された脚力によりもたらされた爆発的な推進力は、石畳にヒビを入れ土煙を巻き上げながらクロードの身体を押し出す。
それはクロードとアカーシャの距離を一瞬で詰める速度だ。
「初撃に賭ける、悪くない選択肢ね」
大上段から振り下ろされる高速の袈裟斬りを対するアカーシャは、逆にゆっくりとも見える――いや、最小限の動きだからそう感じられるのだろう――動作で僅かに横に避ける。
「――まだだ!」
瞬時に握りを返し、振り下ろしから振り上げに動きを変える。腕の筋肉が急激な負荷の方向転換に悲鳴を上げるが無視する。
「口に出したらダメでしょう」
下から打ち上げるような斬撃を、アカーシャは鞘に収まったままの片刃《カタナ》で一瞬受け止めると、受け流しクロードの剣を上に打ち上げる。そのまま斬撃の勢いを利用し自らは後ろに飛ぶ。
弾かれ打ち上げられた剣に体制を持っていかれ、クロードの身体はバランスをとるために、反射的に片足を下げ、身体を支える。
その一瞬で、後ろに飛び距離を置いたアカーシャが、今度は一足でこちらに接近してくる。
クロードの眼前眼下、地を這う様な低姿勢で接近するアカーシャ。
「くっ!」
外套に覆われた上半身に隠れ、片刃の姿が見えない。
どこから攻撃が来るのかわからない、それ以上に今の崩れた姿勢でアカーシャの攻撃を防げるかどうかすら怪しい。
速度で言えばアカーシャは完全にクロードの動きについて来ている、いや向こうの方が早いかもしれない。
魔法で身体能力を強化しているクロードにだ。
「――バケモノ、とか思ってるんじゃない?」
「!?」
内心を見透かされたかの様な言葉に身体が一瞬硬直する、その一瞬すら致命的だ。
避けるために跳ぶか、しかし速度は向こうが上、更に攻撃の態勢にすら入っていない。避ければ追いつかれて、場合によっては、いや、高確率で余計に体制を崩して状況が悪化する可能性がある。
ならばここでアカーシャの攻撃を凌ぎ切り、反撃する事をクロードは考える。
何とか引き戻し、盾にするように横に構えたロングソードに、刹那、下から叩き上げる衝撃が襲いかかってくる。
「なん――!」
防御の姿勢は容易く崩され、しかしそれ以上に、視界の先に捉えたものでクロードは目を見開く。
アカーシャがたった今攻撃に使ったもの、鞘に収まったままの片刃の姿。
完全にガードを崩す為だけの行動、しかもその為とは言え、自らの腕を振り上げる程の動きをとって。
……必要なのか?
アカーシャが振り上げた鞘に収まったままの片刃を手の中で回す。
独特の反りを逆に見せていた片刃が、本来相手に向けられるべき面をこちらに向ける。
その片刃の柄には、今度こそ手が添えられている。
抜刀の追撃がくる。恐らくはその場から振り抜く様な斬り下しのハズだ。防がなければ胸から腹にかけてを――斬れる事は無いはずだが――斬られる事になる。
「こ、っの!」
「ふっ」
一息、アカーシャの振り抜いた片刃が白い装甲とぶつかり、硬質的な音を響かせる。
「お?」
「は、ぁ!」
一拍、追い払う為の――あわよくば当たればだが――無造作なクロードの横薙ぎの一撃を、やはり容易に避けると、驚いたという表情でアカーシャはクロードから距離を取る。
「防いだの? ホントに? 驚きだわ」
痺れた左腕を振るクロードを見ながら、アカーシャは感嘆の声を上げる。
「手ェ抜いてるくせに、良く言う……」
クロードはうんざりした顔をしながら左手を剣の柄に添え直す。
痺れは完全には抜けていない、手甲の側面には綺麗に縦長のへこみが出来ている。手甲が無ければ骨がやられていただろう。それくらいの威力はあった。
しかし、片腕で耐え切った。速度はアカーシャの方が上だが、筋力は若干こちらに部があるようだ。
最も、強化して更に鎧で守った上で、なのだが。
もう時間はあまり残っていない。
「じゃあ今度はこっちの番ね」
思慮の間にも、アカーシャは身を低く構え、こちらに向かって地を蹴り飛んでくる。
「ちぃっ!」
早い。
思考を巡らせるよりも先に、迎撃の為の姿勢を取る。
直線的に突っ込んできたアカーシャは途中で斜めに飛び、こちらの側面を取るように動いてくる。
振り向いた刹那、視認できない速度で抜刀された片刃が振り下ろされるのを、寸でのところで受け止める。
受け止めた瞬間、剣を伝わる衝撃の後、フッとそれは軽くなる。
アカーシャがもう既に剣を鞘に収めていたからだ。
低く構えたその姿勢から、今度は横薙ぎの一閃が、殆ど影としてしか捉えられないスピードで放たれたそれを、クロードは左腕、持ち上げた剣の鞘で受け止める。
木で枠組みされた無骨な鞘が、嫌な音を立てて砕け散る。
後ろに跳ぶと、見透かされていたかのように、砕けた鞘の木片を踏み散らしながらアカーシャも追従してくる。
……クソっ。
勇者として実力を持ってきたつもりだった。
だが目の前は現実だ、どうしようもなく、己よりも格上の相手がいる。
「短詠唱・限界駆動!」
歯噛みし、呪文を唱え、全身が淡く赤く光ると同時に、足を止めアカーシャを迎え撃つ。
先ほどの、最初の一撃よりも更に早くなった一撃を振り下ろす。
「!?」
その速度に、初めて本当に、アカーシャの顔に驚きの色が混じったように見えた。
アカーシャは避けず、叩き潰すように振り下ろされたそれを、肩に回した片刃、その鞘の曲線に沿わせるように機動をずらす。
返しで足払いの要領で抜刀される片刃、それをクロードは地面を蹴り、跳躍で回避する。
アカーシャの上を飛び越え、その背後、少し離れた位置に着地する。
着地の勢いを殺す時間すら惜しみ、身体をひねるとその背後に向かう。
振り向いたアカーシャの片刃と、クロードのロングソードが交差する。
「限界駆動ね、もって後二十秒?」
「分かっているなら、言葉は不要だ」
限界駆動。先に使用した身体強化の更に上位にあたる魔法だ。
身体能力は爆発的に上昇するが、勿論その分消耗も半端ではない。
先ほどから発動していた身体強化の消耗を考えるなら、アカーシャの言う通り恐らく後数十秒で限界だろう。
……それまでに終わらせる!
遊ばれたままで終われるか。
剣が弾かれ、アカーシャが後ろに跳ぶと、クロードはそれを逃すことなく自らも前に跳び追いかける。
先ほどまでとは弾かれた時の感覚がまるで違う、体制を崩すほどもない。
接近したアカーシャの顔が、初めて本当に、驚きと少しの焦りを混ぜた様な表情をしていた。
それを気に止める時間は無い、アカーシャの左側に向けて斬撃を繰り出す。
高速で抜刀されたアカーシャの片刃がそれとぶつかり合い、互を弾き合う。
体制を崩したのはアカーシャだ、今、クロードの身体能力は完全に彼女を凌駕している。
「ちっ!」
アカーシャの忌々しそうな舌打ちが聞こえる。
弾かれた勢いをそのまま利用し、足を軸に回転、今度は反対の右側に斬撃を叩き込む。
今度は鞘で受け止められた。しかし受け流すのではなく受け止められたのだ、それは相手の反応が間に合っていない事を示す。
ミシミシと、鞘かそれともアカーシャの腕か、軋む音を上げさせながら、押し止められていた剣を力で強引に振り抜く。
吹き飛ばされて転がった、等という状態ではないが、体制を崩さず勢いを殺すためか、両足で地面を削りながらクロードの右方向へ滑るアカーシャに、追い討ちをするべく再びクロードは地を蹴る。
真正面から、飛びかかるように振り上げたロングソードを、全力で振り下ろす。
避ける時間は与えていない、速度的にも無理なはずだ。
クロードの思惑通り、アカーシャは鞘に収めた片刃でこちらの攻撃を防ごうと、それをかかげる。
「せぇええああああああああああ!」
裂帛の呼気と共に、クロードは全力の一撃を叩き込む、そのガードの為に掲げられた片刃に。
硬質な音を立てて二つの武器同士がぶつかり合い、その衝撃が二人の間を抜け土埃を上げる。
「お前、まさか――」
「遅いっ!」
アカーシャが何かを口にし、動こうとするよりも早く、クロードは全力で剣を振り抜く。
鈍い音と共に、細いシルエットが宙を舞う。
それは中程から折れたロングソードの姿だった。
剣が地面に落ち、硬い音を響かせると同時に、クロードもその場に膝を付くと、その身体から赤い僅かな光が散る。崩れそうになる身体を折れた剣で支え、肩で息を整える。
限界駆動の限界だ、これ以上無理に使い続ければマナをの代わりに魔法が体力を喰い尽くし、命に関わる。
その前で、逆に屈みこんでいたアカーシャが立ち上がる。
その手の中には、中程でくの字に折れ曲がった鞘と、それに収まった片刃が握られていた。
身体的には無傷の様で、片手を腰にあて、折れた片刃とクロードを交互に見比べると、小さく息を吐いた。
「狙った?」
「ご覧の通り、アンタを倒すのは、時間的に、無理そうだったんでね……」
小さく肩で息をしながら、クロードは得意げに笑みを作る。
その顔を見て、アカーシャは軽く鼻を鳴らす。
「それで、まだ勝負はついてないけど、お前その状態で何かできるのかしら」
「勝負なら、ついただろ」
「……何?」
「アンタ最初に言っただろ、剣による一騎打ちって、なら、剣が使えなくなった以上、この戦いはここで終わりだ」
「……私が武器を持ち替えて再開、って言うとは?」
「その時は、それは試合が変わってるから、賭けも無効だろ?」
「その話を、私が素直に受け入れるとでも?」
わからない、実際持ち替えて再開だと言われればクロードに出来る事は最早何もない。
これは博打だ。
「でもアンタ、約束は守るって言ったろ? イカサマもしないとも」
「…………」
アカーシャは手の中の片刃を放り投げた後、腕を組んでじっとクロードを見つめる。
数秒の沈黙。
フッと目に見えてアカーシャの体から力が抜け、彼女は肩をすくめる。
「ま、いいでしょう、弱いお前がどうにか頑張って掴んだ引き分けなんだ。尊重してあげようじゃない」
「そいつは、ありがたい話だ」
そう言うと、ひとまず一方的な状況から抜け出せた安堵からか、クロードはその場に倒れる。
「ちょっと、どこに寝てんのよ」
その頭をアカーシャが軽く蹴飛ばす。
「仕方ないだろ、限界なんだから……」
「…………」
頭の横に、ちょこんとアカーシャが座り込む。
今までの雰囲気とは少し違う感覚に、クロードは少し笑いそうになる。
すると、座り込んだアカーシャが懐から細い小さな瓶を取り出すと、それの蓋を外しクロードの口に突っ込む。
「!?」
「飲んで」
赤色の液体が口内に流れ込む。反射的に吐き出そうとするが、アカーシャの有無を言わさぬ物言いと、瓶を突っ込まれて抑えられている状態なので大人しく従う。
むせて吹き出しそうになりながらも何とかそれを飲み下すと、咳をしながら避難がましい目をアカーシャに向ける。
「何を、ごほっ、飲ませたんだ?」
「私謹製の体力とマナを同時に回復できる複合回復薬」
「……信用できるのかそれ」
「失礼な奴だな、なんなら証明に私も飲んでやろう」
そう言って瓶の中に僅かに残っていた分を、アカーシャは自分で飲み干す。
「遅効性だから回復に一時間くらいかかるだろうけど、自然回復よりはよっぽど早いはずよ」
言われてみると確かにと、クロードは脱力しきっていた身体に多少力が入る事に気付く。
効果は確かなようだ。
「助かる」
上半身を起こしてその場に座り込むと礼を言う。
「いいわよ別に、それより、賭けの内容はどうしようか……」
「引き分けだからお互い無しじゃダメなのか?」
「それじゃ面白くないじゃない?」
「面白いって、アンタな……」
困惑するクロードの顔を見て、アカーシャはにっこりと笑った。
誤字脱字、矛盾点等ありましたらご指摘ください。
感想、ご批判等もお待ちしておりますのでよろしくお願いします。
今回は DJ Whitesmithさんの曲を適当に流しながら。




