持たざる者の選択肢
お待たせしました。
「それは、どういう意味だ……?」
アカーシャの言葉にクロードは顔をしかめる。
その言葉に小さく頷いてから、
「ちょっと喋りすぎたわ。これ以上は、お前が私のモノになったら教えてあげる」
背後から現れ、湯気の立つカップを手渡してくるシルキーに「ありがとう」等と言いながら、アカーシャは微笑んでいる。
すると今度は、滑るように移動してきたシルキーが、クロードにも質素な作りのカップを渡してくる。
「あ、ありがとう」
そう礼を言うと、白い貴婦人は満足そうに微笑みながら下がっていった。
それをアカーシャが呼び止める。
「シルキー、連続で悪いのだけど、この男の服、もう乾燥終わってるでしょう? 装備と一緒に持ってきて。ついでに私のも……そうね、訓練用のやつを」
一瞬首をかしげた後、シルキーは頷き奥へと下がる。
「……俺の装備? どういう事だ?」
「まぁ飲んだら? 折角シルキーが淹れてくれたのだし、美味しいわよ」
そう言って一口すするアカーシャに、クロードはカップを見る。
湯気の立ち昇る薄茶色をした澄んだ液体の入ったカップ。
毒や薬物など入っていないだろうか、と考えたところで先程の笑顔を思い出す。
そもそも何か害を与えるつもりなら、寝ている間に出来たはず、今更ろうする事も無いか。
そう納得させその紅茶を一口、口に運ぶ。
「……!」
紅茶は幾度となく飲んだ事がある。クロード自身、騎士階級の家柄に生まれた人間であり、その為か紅茶はそれなりに慣れ親しんだ飲み物だった。
出された紅茶は何かはわからない、今まで味わった事も無い味だった、オリジナルの配合なのだろうか。
美味い、と言えばいいのか、とても飲みやすくどこか心が非常に落ち着くような味だった。
「美味い……」
「だってさ、シルキー、良かったわねーこいつ感動で震えてるわよー」
奥に下がって姿の見えないシルキーに向かってであろう、アカーシャは声を上げる。
その様子に余韻に浸っていたクロードは我に返る。
「いや違う、そうじゃない。どういう事なんだ、俺の装備ってのは。何をする気だ?」
「何その顔、私が何だか悪い事を考えてるような表情して」
「してるんだろう、『魔女』」
「言うわねぇ……」
半目で笑うアカーシャ。
実際の所彼女が本当にあの『魔女』なのかは半信半疑だ、だがクロードは彼女があの『魔女』でもおかしくは無いだろうと思い始めていた。
それほど、彼女の自信に満ちた言葉は、クロードを納得させる妙な説得力があった。
「別に悪い事なんか考えてないわよ、ただ、話ばかりするのも飽きたでしょう?」
「なに?」
「お前はこれからやる事がある、例えば、王都に戻って教会の真意を問いただす、とか。そうじゃない?」
アカーシャの言葉にハッとなる。
そうだ、目の前の女がなんと言おうと、真実を知るのは教会の深部の者だけ、ならば直接問いただしに行けばいい。
『聖剣』も『聖鎧』も失ってしまった、もしかしたら死んだものとして扱われているかもしれない、しかし実際はこうして生きているのだ、『神』を倒したという実績――胸を張りたくはないが――もある、教会側も無下には扱えないハズ。
「そう……だ、俺には、やらなければいけない事が。真実を知って、平和を作るという」
そうしなければ、何の為にここまで来た。何の為にあの少女は死んだ。
「ふーん」
対して、アカーシャはどこまでも平坦な返事をする。
「まぁ、お前の理由はなんでもいいけど、そこで、よ。私と賭けをしよう」
「賭け?」
「そう、賭け。
私が勝ったら、お前と同行させてもらう。何も文句は言わせないし、その時々、私が何か手伝いを欲っしたら、お前は出来る限りそれに協力する」
「な、そんな話に乗れるか!」
「話は最後まで聞きなさいよ、そして、お前が勝った場合、その時は私はお前の言うことを何でも一つ、聞きましょう」
アカーシャはにやりと笑い、クロードは呆然とする。
「何でもよ。二度と関わるな、でもいいし、一生奴隷になれ、と言われたら一生奴隷になりましょう、約束は、必ず守るわ」
紅茶を飲み干したカップを背後の机に置き、アカーシャは両手を広げる。
「そしてなんと、賭け勝負の中身は、剣による一騎打ち。邪魔は入れさせないし、決してイカサマはしない、そして何より、私は魔法を一切使わずに戦いましょう」
「……なんだと?」
アカーシャの言葉にクロードは眉をしかめる。
魔法使いが、魔法を捨て剣士と同じ土俵で戦う。
普通に考えればありえない、考えられない話だ、剣士を侮辱していると取られてもいい発言だろう。
それほど剣士と魔術師の肉体的研鑽の度合いは違う、その代わりに魔術師は豊富な知識、世界に対する原理を多く理解する。
研鑽の方向性が違うのだ。
しかしだ、とクロードは思考をそこで止めない。
もし、本当にもし目の前の女性が伝説の『魔女』アカーシャであるのなら、その年齢は数百を優に超えるはずだ。
そのバケモノであるとするなら、その実力は未知数だ。ならば賭けにのるべきではない。
のるべきではない、だが――
「最も、お前に拒否権なんてそもそも無いのだけど」
アカーシャは悪戯っ子のような、それでいて邪悪な微笑みを浮かべる。
クロードは何も答えない、その言葉の意味する事を理解しているからだ。
「流石にわかってる? わかってるわね、だってここは『塔』の麓、永久に溶けない雪と氷に沈んだ世界。そこでお前は拾われて、今や手の内にあるのは身にまとった布の服だけ」
それで何ができるの? とアカーシャは笑顔で首をかしげる。
やすい挑発、わかりきった話、しかしそれしか選択肢がないのであれば。
「わかった、その賭け、受けよう」
クロードはアカーシャの目を真正面から見つめ、頷いた。
●
シルキーの持ってきた服に着替えた後、三人――シルキーを一人とカウントするのであれば――が向かったのは小屋の地下だった。
先ほどまでいた寝室を抜け、台所を通り――改めて見回して気づいたが、どこにでもかしこにでも分厚い本が積まれている、場所は綺麗に片付けてはあるのだが――その部屋の隅、地下へと続く階段を降りる。
階下に降りた瞬間、冷気がクロードの全身を包み込む。
「さむっ……」
「あぁ、こっちはあんまり耐寒の術式とかかけてないし、割と雑な作りだから寒いかもね」
それでもまだ外よりは暖かい方だ、と言いながらアカーシャが指を鳴らすと、暗かった地下に明かりが灯る。
地下室は地上より更に乱雑で、出されて開かれたままの本や何かのメモ、道具などクロードには良くわからないモノがゴロゴロと転がっていた。
「ここは色々と危ないからシルキーにも触らせて無いのよ、お前も変なとこ触ったらころ――下手したら死ぬわよ」
……今殺すって言おうとしただろう絶対。
大人しく視界を回すだけで何も触れず、クロードはずんずんと部屋の奥へ進むアカーシャに続く。
部屋の奥、立ち止まったアカーシャの前には鉄製の扉がある。
「よっと」
ドアノブに手を掛け、軽い声と共にそのドアノブが回る。
回るドアノブは、掛け声とは裏腹に重そうな、硬そうな金属の擦れ合う不協和音を奏でながら扉を開く。
扉の向こう、真っ暗な闇に吸い込まれるように消えたアカーシャ、歩みを進めることをクロードが躊躇っていると、再び指を鳴らす音が響き、闇に覆われていた扉の向こうが一気に明るくなる。
そこは広場だった。
天井までは三メートル程度だろうか、幅は十メートル以上、奥行に至っては二十メートル程はあるのではないだろうか。
壁と床、そして天井は石畳になっており、左右の壁には幾つものランプが備え付けてあり、それらから発せられるオレンジの柔い光が室内を満たしていた。
「実験室兼訓練場よ、ここなら多少暴れた所でびくともしないわ」
言われて気付く、壁や床、天井に幾つもの黒い跡――焦げ跡だろうか――やヒビ、削れ跡などがある事に。
「クロ、そこ」
振り返りクロードを見たアカーシャが軽く指差す。
呼び方がクロかお前、に固定されつつあるが、どちらもあまり好ましくない、というよりなぜそんなに距離感が近いのかと言いたいが、今はそんな時ではないとクロードは振り返る。
扉を超えてすぐ、入口の横に位置する場所、そこに大きな箱と幾つかの剣や盾が乱雑に置かれていた。
クロードのとなり、それを見たシルキーが頬をふくらませあからさまに不満そうな顔でそれらに向かう。
「えっと……?」
「察しの悪い子ね、好きな武器を選びなさいって事よ、シルキーはほっときなさい、雑になってたから整頓してるだけだから」
再度見やると、確かに言うとおり、シルキーは黙々とゴチャゴチャしていたそれらを分別、整理している所だった。
「……アンタの武器は?」
「私は最初にシルキーから渡されてるから。見せてなかったわね、ホラ」
そう言ってアカーシャは腰に細いシルエットの鞘に収まった剣を持ち上げると、それをスルリと抜いて見せる。
僅かに反るように歪曲した刀身、その片側には刃はなく、一方のみに刃がついている事から片刃と呼ばれる剣だ。
切れ味を追求した作りをしており、その反面、基本的には刃同士をぶつけ、打ち合うような戦闘には適していないとされている。強度の問題ではなく、刃こぼれ等を起こし、本来の性能を発揮できない事を忌避する懸念からだ。
殺傷能力や強度で言えば高い方の部類に入る刀剣だ。。
「大丈夫よ、死なないように刃引きしてあるから、当たっても酷い打撲になるだけ」
微笑むアカーシャに、酷い打撲とはどの程度なのかとは聞けなかった。
クロードは、シルキーが綺麗に並べた剣の中から一つ、一メートル程度の刃渡りを持つ標準的なロングソードを手に取る。
刃に指を滑らせると、先程の言葉通り刃引きしてあるようで、平らな感触と共に指が切れる気配は無い。
「割と、と言うか、拍子抜けするほど普通なセレクトね」
「悪かったな」
アカーシャの軽口に答えつつ、移動する彼女に続き、広場の中央付近まで移動する。
整理は終わったのか、一足遅れにシルキーが壁際、シンプルな作りのベンチのようなモノに腰掛け、そのまま横になりながらこちらを見ている。
「審判みたいなものよ」
口に手をあて大きくあくびをしている。
「アンタよりになるんじゃないのか」
「試合は相手を参ったと言わせるまでなんだから、寄り、なんて事は起こらないわよ」
……それ審判いらないだろ。
口の端を歪めながらアカーシャは片刃の収まった鞘を手の中で回し、腰の位置に落ち着ける。
「さぁ、ゲームを始めましょうか」
それは一方的な、試合の開始宣言だった。
誤字脱字、矛盾点などありましたらご指摘ください。
感想、ご批判等もお待ちしております。
今回は作業中は大体ヒュムノス聞いてました。




