正義と罪の記憶
長くなってしまいました。
ダラダラと会話などが続きますので、アクションやらバトルを読みたい方には退屈かもしれません、私も不完全燃焼です。
広い花園にいた。
『塔』の中に入ったハズだったのに、気づいたときクロードの眼前に広がっていたのは、一面の花園だった。
室内であるはずなのに上天には突き抜けるような青、その空からは豊かな陽光が降り注ぎ、どこまでも果のない青い空と花園が地平線まで続いている。
頬を撫でる風の感触、足元に生い茂る草花の感触や匂いまでハッキリとしたそれは、少なくともこれが現実、或いは五感すら完全に黙せるほど高度な幻覚魔法である事を示していた。
視線の先、少し進んだ所に少しだけ盛り上がった、丘のような場所があり、そこに一本の大樹が生えていた。
そこに、一人の少女の姿を確認する。
ただ黙ってじっとしているわけにもいかない、クロードは『神』を倒すためにここに来たのだから。
仕方なく、現状の確認も含め、少しでも疑問が解消される事を願って、その少女の方へ向かい歩みを進める。
近づくにつれ、少女の輪郭がハッキリとしてくる。
首元まで伸びた金髪、空の青と花々の極彩色背景に溶けてしまいそうな純白のドレスを着た姿。
少女は何か魔法でも使用しているのか、その眼前、手元には青い光彩を放つ幾何学的な魔法陣――だろうか、元々クロードは魔法にはそれほど詳しくはない、知人の魔法使いが同じように眼前に魔法陣を展開していたのを見た事があるだけだ、それも円形の魔法陣で、眼前の少女のような長方形のものではなかったのだが――が浮かんでいる。
クロードは腰にさした剣に手をかけたまま歩みを進める。見た目が少女たからといい、警戒を緩める訳にはいかない。
すると、少女の方がクロードに気付いたのか、魔法陣に対してせわしなく動いていた手を止める。
少女の前にあった魔法陣らしきものは掻き消え、少女と正面から向き合う形になる。
お互いの顔も表情もわかる距離、少女は――クロードより僅かに年下だろうか――美しいというにはまだ幼さの残る顔立ちで、ならば可憐とでも言うべき少女だった。
一瞬、見とれたクロードはかけるべき言葉を失う。
「――その鎧と剣は、勇者さんですか?」
そして、以外にも先に声をかけてきたのは少女の方だった。
「あ、あぁ」
クロードはしかし剣から手は離さず、少女に近づく。
勇者さん、勇者様と呼ばれるのが当然なので妙な違和感を感じる、相当に田舎の娘なのか。
お世辞にも身長が高いとは言えないクロードと並んでも、頭一つ低い程に少女の身体は小さかった。
「いきなりですまない。ここは、どこなんだ? 俺は『塔』に入ったハズなんだが、いつの間にか気付いたらこんな所にいたんだが。何か知らないか? 一刻も早く『神』を倒さなければならないんだ」
質問の言葉をまくし立てる。
悪いとは思うが、しかし、今でも外では『悪魔』によって罪もない人々の命が奪われているかもしれないと考えると、悠長にしている事は出来ない。
「あぁ、そうですよね、やっぱり皆さん驚きますよね」
少女はその見た目に違和感を覚えるほど、落ち着いた口調で話す。
「この『塔』にはこの部屋しかないんです、それに、勇者さんが探してる『神』も私です」
苦笑しながら少女はクロードにそう告げる。
その言葉に一瞬クロードは呆然とする。
「……? 冗談はよしてくれ、本当に急いでいるんだ俺は……」
少女の言葉に呆れ半分、警戒半分でその姿をよく観察しようとし、その首に赤い筋、まだ割と新しい傷痕がある事に気づく。
「本当なんですよ、神様らしい事とか何も――あ」
かぶせ気味に口を開いた少女は、クロードの視線に気付いたのか、少女は僅かに顔を赤らめ、ドレスの襟を立て、首の傷跡を隠そうとする。
「すみません、見苦しいモノを見せてしまって……」
「その傷は……? 君は一体……本当に『神』はどこにいるんだ?」
この少女が『神』のはずが無い、何代もの勇者が、そしてそれを伝える教会が、いつも勇者は『神』と激闘の末勝利してきたと伝えているのだから。
こんな少女が、触れれば折れそうな華奢な体つきの少女と、死闘等起こるはずもない。
では教会が嘘の伝説を伝え続けていると? そんな馬鹿な。
だとすれば、他に『神』という存在がいるとしか考えられない。
「困りました、信じてもらえません」
クロードの思考を他所に、困った顔で少女が笑う。
その表情は、見た目の年齢以上に何か深い影を落としているように見える。
「えっと……そうだ、この首の傷、百年前の前の勇者さんに首を斬られた時の痕なんですよ」
困り顔で少女はとんでもない事を口にする。
前代の勇者が『神』を倒したのは約百年前だ、年代は符号する、しかし彼女は首を斬られたと、首を斬られて生きていられる人間などいるものか。
魔物が人間に化けたもの? そんな力や魔力は感じられない。
「あの時は、貴方みたいに会話してくれる勇者さんじゃなかったから、私も仕事が終わってなくて、それですぐ殺されちゃって、だから今回こんなに生き返るのが早くなっちゃって、その、ごめんなさい……」
少女はクロードに向かって頭を下げる。
クロードは少女の言葉の意味がわからない。 確かに伝え聞く話によれば前代の勇者は、よく言えば豪胆であり、悪く言えば気性が荒い、敵に対してはとても苛烈な性格だったと伝えられている。
そして『神』の復活、それも最近では二百年から三百年に一度と伝えられているのが、今回は早く、異例の百年で復活した事。
少女の言葉は、それらを暗に言い当てている。
「信じてもらえませんか『クロードさん』」
ビクリと肩が震え、添えていただけだった手が剣の柄を、今度はハッキリと掴んだ。
クロードは一度も名乗っていない、なのになぜ少女は名前を言い当てたのか。
「すみません、信じてもらうために少しだけクロードさんの『情報』を見させてもらいました」
非常にバツの悪そうな顔でそういう少女。
「君は……お前は一体……?」
「クロードさん達が伝えている『神』で間違いありません、あの――」
少女がクロードに近づく。
「外の人達、人間の方々は平和に暮らしているでしょうか?」
「あ、あぁ……? そうだ、な。『悪魔』と魔物さえいなくなれば……」
「良かった、人同士の争いは無いのですね……」
少女が何を気にしているのかがクロードには理解出来ない。
しかし少女の安堵にほころぶ顔はとても作り物の顔とは思えない。心から安堵している顔だ。
「では、後は私が予定通り、殺されればよいのですね」
少女の言葉にクロードは一歩後ずさる。
「何を、言ってるんだお前は」
少女を見る。握れば簡単に折れそうな細い首筋、そこにある赤い痕。
敵意は感じられない、むしろ暖かさすら感じる。
「大丈夫です、前の二百年、そしてこれから三百年分程度の『空き』は作っておきました、だからその間に私がまた生き返る事は無いと思います」
……それは今から死ぬと言っているのか。
「クロードさんは、その間にもっと平和な、魔物にも『悪魔』にも怯えなくて済む世界を作って下さい」
「……『神』はどこにいるんだ」
「私です」
「………………殺さなければならないのか」
「それがクロードさんの役目で、私の役目なんです。そうしないと『悪魔』が止まりません、こうしている間にも、彼等は自動的だから」
今この瞬間にでも殺されようとしている命があると言う。
クロードが守りたかった命。
だが目の前の少女はそれと何が違う?
人の幸せを願う少女、それが、打ち倒すべき『神』だと。
「大丈夫です、私はまたいずれ、生き返りますから、死ぬ事は怖くないです。それが役目ですから。だからほら、今ある限りある命を守るために、お願いします」
クロードは動けない、荒れ狂う思考と感情が身体の動きを縛る。
少女を疑う感情、少女を『神』だと認める感情、そうでなくてもいい、とりあえず疑わしきは『倒して』行けばいい。ここは『神』住む地だ、いずれ答えを見つける。
……その為に、目の前の少女を?
とんだ罠だ、そして、教会もなんて節穴だ、こんな、こんなに未熟な者を勇者にするなど。
クロードは自嘲する。
「…………クロードさんは優しいのですね」
言葉と共に少女が一歩一歩とクロードに近づく。
それは手が触れる距離まで。
「抜いてください」
透明な声が響き、クロードの意思とは関係無く、その手が剣を、腰に掛けた『神』を打ち倒す為の『聖剣』を抜き、正面に構える。
「! 何をっ!」
「ごめんなさい、とても辛い思いをさせて」
その鋭い剣先は少女の胸、心臓のある位置に正確に向いている。
その剣先に指先で触れ、少女は一歩踏み込む。
剣先がドレスを裂き、少女の胸に食い込む。
「っ、やめろ! 俺は!」
身体は動かない、石にでもなったかのように、自らの身体のハズなのに、自らの意思では微動だにしない。
近づく少女の身体と、腕から、剣から伝わってくる肉を裂く感覚。
少女の顔が苦悶に歪み、その口の端から赤い雫が垂れる。
その瞬間身体が動き、反射的に剣を引き抜く。
飛び散った鮮血がクロードの身体を汚す、それを気にせず、いや、気付かず、クロードは崩れ落ちる少女を抱きとめる。
力無く膝から崩れ落ちそうになった少女は、胸の傷からあふれる血にドレスを汚しながら、クロードの腕の中に抱きとめられる。
「やっぱり、寒いなぁ……」
苦しそうに、それでも何が嬉しいのか、そして困っているのか、いびつな笑顔を浮かべながら。
「ごめんなさい、優しい勇者さん」
血濡れの手が、優しくクロードの頬を撫でる。
その困ったような笑顔はしかし、どこまでも他者に対する慈しみに満ちている。
「どうか、貴方はお元気で……」
その言葉にクロードは答えることが出来ず。
気づけば、彼は何故か泣いていた。
……なぜこんな少女がこんな運命を背負っている? なぜそんな風に笑顔でいられる、なぜ誰も恨まない、なぜ抵抗しようとしない、なぜ、なぜ――
気付けば本当に『神』なのか等という事は目の前の事象に忘れ去られていた。
腕の中の少女、冷たくなっていく少女はやはり、困ったような笑顔でそれを見て、何かを言おうと口を開き、
「――ぁ――」
しかし、その口から言葉が紡がれる事は無く、掠れた呼吸音だけが響き。
頬を撫でていた手が離れ、力なく垂れ下がる。
そして気付く、彼は、今自分が殺した少女の、名前すら知らなかったのだと。
動かなくなった少女の身体、それを彼はただ抱きしめながら、慟哭する事しか出来なかった。
●
「俺が、アンタと同じ人類の裏切り者になる、だと?」
クロードはアカーシャの言葉を反芻する。
「ふざけるなよ、俺は勇者だぞ、人の平和を脅かす事なんか出来るか」
そして、あの少女との約束でもある。
一度死のうとしたクロードが思い出した約束、やらなければならない事だ。
「ん、ごもっともね、でも、今のお前に何が出来る?」
半目で軽く腕を組みながらこちらを指差してくるアカーシャ。
言われてクロードは気づく、自分は今丸腰である事に。
「……鎧と剣は、どこに……?」
クロードの言葉にアカーシャはにっこりと微笑む。
「教会の総本山へお帰り願ったわ、つまり『契約解除』させてもらった」
「なっ……!」
さらりととんでも無い事を言うアカーシャにクロードは言葉を失う。
『聖鎧』と『聖剣』は勇者の為の装備であり、その管理は教会が行っている。
そして使用するためには使用者との契約が必要であり、契約している限りどれだけ離れた場所に置いたとしても、呼ぶことで一瞬で装着することが出来る。
逆に言えば使用のためには契約が必須であり、それを解除すれば使用することは出来ず、二つは本来の管理である教会の本部へと転移してしまう。
ただし契約解除は教会の一部の人間或いは勇者本人にしか出来ない、或いはその勇者を殺せば強制的に解除と言う形にはなるが。
確かに、いつもあった何かに繋がれたような感覚が消えている。
頭の中で何度呼んでもどちらも応えることは無い。
「アンタ、一体」
「だからー、言ったじゃない、伝説の『魔女』だって」
「本当に……? いやだからって……」
「……説明ばっかりで疲れるわね」
背後に立つシルキーに「お茶淹れて」と頼むと、アカーシャはこちらに向き直る。
その背後では真っ白の女性が置くの部屋へと下がっていくの見える。
「さて、話を変えましょうか。最初に、お前は平和って言ったけど、それが例えば一個の組織に歪められているモノだとしたらどうする?」
「……歪んでいたとしても、平和なのであれば、それは必要な事なのかもしれないだろ」
「そう、そうね。間違ってるとは言わないわ。でもそれでその為に、何度もあの子を殺すのかしら」
「っ……」
「わかりやすく言ってあげようか? おかしいと思わない? 何故『神』と呼ばれるあの少女が、二千年間、交渉の場に一度も立たない。今でも勇者は代を変えつつあの子を殺し続けている。教会に何も報告せずに。本当に?」
「……何が言いたい」
いや、聞かずともクロードはアカーシャの言いたい事を理解した。そこまで馬鹿ではない。
「わかってるでしょ? 教会はあの少女の事、『神』の事を知ってるの、でも何もしない、永遠と殺すこのループを繰り返している」
「なぜ、なぜ話をしようとしない? 殺さなくても、共に歩む方法があるかもしれないのに」
アカーシャの言葉に、八つ当たりだと理解しながらも、それでも我慢出来ずクロードは憤りの声を上げる。
「殺す理由があるから、それに話すより殺す方が手っ取り早いのよ。そもそも変でしょう? 『神』を殺す事が目的ならなぜ『塔』の麓に本拠地を置かず、離れた南西の場所になんて置くの?」
「それは……」
確かに、わからない。
二千年前は魔物に対処が出来ず南西に逃げたのかもしれない、しかし今は時代が違う。クロードが旅をしてきた限り、南西であろうとこの北の地であろうと、奥地に行けば危険な魔物もいるが、開けた場所、今の街などであれば殆ど魔物に怯える事なく生活出来るのだ。
ならば後は『悪魔』の対処、どうしても後手に回る以上、それならば大元の『神』を打つという目的を持って北のこの地に本拠地を構える方が自然とも言える。
しかし教会はそれを行っていない。
なぜ?
「人が死んだ方がいいからよ、教会にも、神様にとってもね」
クロードの心を見透かしたように、アカーシャは事も無げに述べる。
誤字脱字、矛盾点等ございましたらご指摘ください。
感想や批判等もお待ちしております。
作業用BGM:澤野弘之「keep on keeping on」




