出会いと問いかけ
遅くなりました、第二話になります。
今の所更新の曜日はハッキリしていませんが最低週一更新を予定しております。
「っ……う…………」
全身が重く、固まってしまったかのように動かしづらい。
目覚めた男は、ぼんやりとした頭でそんな事を思いながら指先に力を入れ手を握る。
久方ぶりに動かしたかの様な硬さを持って動いた指先に、まるで今まで流れていなかったかのように、血の流れる熱い感覚がやどり、そこに熱を感じる。
まだ僅かにぼやける視界、横になっている自分。
映る天井は、木で出来た質素な屋根組だ。
はて、一体自分はどこにいるのだろうか? こんな場所は記憶に無い。
そして気づく、パチパチと木の燃え、割れる音と共に、すぐ横にある静かな呼吸音に。
首を動かし、ゆっくりと振り向くと、そこには赤銅色の長い髪を垂らした絶世の美女が寝ていた。
男はその美しさに、状況も何も忘れ、しばし見とれる。
呼吸に合わせ女性の肩が僅かに上下する。
それを見て、いや正確にはその肩、かけられた毛布から覗く白い肌と、首から胸元まで。それより先は幸いだろうか不幸だろうか、女性の白い腕によって隠されていたが、その状況に男は飛び起きる。
男は女性と同じベッドで寝ていた。しかもその女性は恐らくだが見た限り上は何も着ていない。
混乱する頭、状況を把握しようと整理しようとする男の思考よりも早く、女が反応をしめした。
「ん……んーぁ……」
女性が目を覚ましたのだ。
●
「ふぁ……あ……ん? あぁ、目覚めたの」
精霊達に”あか”と呼ばれた女性、アカーシャ・エル=ブラッドベリは背後の木の壁にベッタリと張り付く男――と言っても青年と言える程度に若い、二十代前だろうか――の様子を無視してあくびをしながら大きく背伸びをする。
被っていた毛布がずり落ちた瞬間、青年が何か声にならない叫び声を上げた気がするが気のせいだろうか。
そこにスっと、着慣れた赤いローブが肩にかけられる。
背後に、白いドレスを纏い白のヴェールをした真っ白な女性が立っていた。
その姿は僅かに透け、その姿の向こう側を写している。
「幽鬼!?」
青年が驚き警戒の声を上げる。
「不定の幽鬼なんかと同列にしたら失礼でしょう。彼女はシルキー、妖精よ」
シルキー・フラウ、この山小屋を管理している、正確にはアカーシャが使いだしてから、掃除や整理整頓、日頃の世話などをしてくれている妖精だ。
アカーシャの言葉に黙ってシルキーは青年に向かって軽く頭を下げる。彼女が喋る事は無い、だが喋らずともその表情や雰囲気から、何を考えているのか程度はアカーシャにも、長年の付き合いから分かるようになっていた。
「妖……精?」
青年は驚いた表情でシルキーを見ながらアカーシャの言葉を反芻する。
……まぁ、妖精や精霊をじっくり見る事なんて無いでしょうしね、今の時代がどうなのか知らないけれど。
アカーシャは頭を無造作に掻くとベッドから降りると、シルキーの差し出してきた椅子に腰掛け、足を組む。
その瞬間青年がビクリと反応し、顔を背ける。
「……さっきから何?」
「いや、その、今の状況というかアンタの状況というか、ええと何が何だかわからないが服を着てくれないか……!」
……服?
言われて自分の身体を見やる。
ローブを肩から羽織ってはいるが、前は結んでおらず無造作に開いたままだ。
そしてその下は全裸、つまり前の開いた部分や端々からは彼女の白い肌が露出している。
組んだ足はモロに露出している。
成程、つまり青年はその姿を見て恥ずかしがって驚いて目を背けていると。
その顔をよく見れば確かに僅かに頬を赤らめていなくもない。
「……子供か」
……いや実際まだ若いし子供なのか。
呟いた言葉は青年には聞こえていなかったのか、反応は無い。
アカーシャも青年の言葉を聞く気は無いのか、服を着ようとはせず青年を見る。
「お前、名前は?」
「お前って、アンタとそう歳変わらな――」
「いいから」
……それは外見年齢の話だろう。
アカーシャは青年の言葉を遮り促す、その言葉には有無を言わせぬ強さがこもっていた。
「……クロード、クロード・ゼルデンベル、だ」
青年――クロードは僅かに不満そうな顔をしながら、しかしアカーシャを見ずに名乗る。
「名乗る時くらいこっち見ろー」
「見るから、見るからせめて前は閉じてくれ」
アカーシャは溜息をつくとローブの前面についたボタンを結び、前を閉じる。
まぁここしばらく――数百年な気がするが――女扱いされる事も無かった事を考えると、悪くない反応ではあるのだが。
「ほら、閉じたわよ」
「あ、あぁ、助かる……」
未だに視線を逸らし、顔を赤らめるクロードに流石に面倒くさくなり、アカーシャはベッド端から床に落ちていた毛布を拾うとそれを投げつける。
「っぶぁ、何を――」
「お前だって似たような格好だろうが、っつーの」
「だからって投げなくても……と言うか、アンタは誰なんだ、それにこの状況は……」
「名前ね……アカーシャ・エル=ブラッドベリよ」
「アカーシャ……エル=ブラッドベリ?」
「聞いた事あるんじゃない? 今も指名手配されてるのかしら? お前なら知ってるんじゃない、勇者さん」
クロードは眉間に皺を寄せ考え込んでいる。
「いや、ありえないだろう、伝説だぞ? 『魔女』なんて……」
「へぇ、伝説ねぇ、今じゃもう御伽噺の登場人物なのかしら」
「いやいやおかしい、千年以上前の大罪人だろう、生きてるわけが無いし、アンタみたいに若いのだっておかしいだろ」
最もな意見だし反応だとも言える。
さて、
「信じる信じないはどうでもいいわ。それじゃ、質問行きましょうか」
「質問?」
「なんでお前死のうとしてたの?」
アカーシャの質問にクロードの肩が僅かに震える。
「『塔』の色は変わってたし、返り血は浴びてたみたいだし、会えたし殺せたんでしょ? 『神』様」
アカーシャの言葉にクロードは口元を手で押さえた。
●
アカーシャと名乗った女性の言葉でクロードは思い出した。
勇者として『神』を倒すために勇んで『塔』に昇った。
その先で出会ったのは金色の髪をした一人の美しい少女だった。
敵意は感じられなかった、『神』の居場所を聞くと、彼女はそれは自分だ、と言った。
最初は何を言っているんだこの娘はと思っていた。
それでも、少女は言葉を違える事はなく、クロードに剣を抜くように言った。
無垢な笑顔、その声で、殺される事は仕方ない決まり事だから、と言い。
抜き出された剣に向かって自ら歩みを進め、自らその胸に剣を沈めて。
笑顔で言ったのだ。
「お元気で」
と。
「『神』様になんか会っていない……」
クロードは激しい動悸を感じながらアカーシャの言葉に答える。
「あら、でも『塔』はちゃんと――」
「あんな子が、人を滅ぼそうとする『神』なはずがあるか!」
アカーシャの言葉を遮ってクロードが叫ぶ。
「あって、たまるか……」
それは懇願する言葉に近かった。
「ふーん……」
対するアカーシャの声は平坦なものだ。
「やっぱりあの子にあったのね、それでちゃんと殺して来たのね」
アカーシャの言葉にクロードはバッと顔を上げる。
「あの子……知っているのか?」
「金髪の子でしょ? 知ってるわよ、何しろさっきから言ってる通り、彼女が伝説にあるとおりの『神』なんだから」
「本当に……あんな子が……?」
「本当に本当よ、あの子が、何度でも殺され、そして蘇る事を義務付けられた『神』様よ」
「そんな……」
クロードはがっくりと項垂れる。
彼はずっと弱き人々を守るために勇者になろうと思っていた。
手の届く所は己の手で、届かないのであれば、勇者の責務として『神』を打倒すれば、少なくとも人々が『悪魔』に怯える日々からは解放される。
そう思っていた、その為に頑張っていた。
なのに、『塔』の中で待っていたのは何だ、まるで自分が守りたいと思っていた人々、その一人と変わらない。
「それで、罪滅ぼし? それとも罪悪感から逃げる為に? 死のうとしてたの?」
クロードは何も答えない、その通りだからだ。
「馬鹿ね、そして無駄な事ね」
その通りだ、逃避でしかなかった、クロードは内心で頷く。
「お前が死んだ所で、いずれあの子はまた蘇って、別の勇者に殺されるだけなのにね」
「――!」
クロードはアカーシャを凝視する。
「なによ、言ったじゃない、あの子は殺されては蘇って、また殺される運命にあるって」
「そんな、なぜ……」
なぜ、あの子のような無垢で汚れのない子がそんな地獄のような運命を背負わされている?
「なぜ? なぜってそれがあの子の宿命だからよ。
……何その目? もしかしてあの子が無垢で純粋だからだとか思ってる?」
アカーシャはハン、と一声笑い声をあげて更に続ける。
「本当子供ね、あの子は無垢でも汚れのない清廉な子でもないのよ、むしろ血みどろって言ってもいいわ」
いつの間にか、目の前の女性が本当にあの『魔女』なのか等という事はどうでもよくなっていた。
「何を、知っているんだ……?」
ただクロードは『塔』にいたあの少女の事が知りたかった。
自らの手で殺した少女の事を。
「教えてもいいけど、タダでは出来ないわねぇ」
アカーシャが、こちらを値踏みするような笑顔で見つめてくる。
「なんだよ、知識も力も持ってるんだろ、『魔女』、今更何が欲しいんだよ」
「お前自身だよ、クロ」
アカーシャは即答する。
「教えてやる条件、それはお前の覚悟と、私と同じ、裏切り者になる事よ」
誤字脱字、矛盾点等ありましたらご指摘ください。
感想批判等もお待ちしておりますので、是非お願いします。




