プロローグ
初めましての方は初めまして、前の作品から見てくださっている方はいつもありがとうございます。
新作になります、また好き勝手書いていきたいと思いますのでよろしくお願いします。
プロローグは前半が設定やらを語っているせいで退屈かもしれませんが、何とか読める様にはしたつもりですので読んで頂ければと思います。
バトルとかシリアス成分が多めでギャグやコメディ要素は割と少なめになるかもしれません。
光射す一面の花畑の中、男女が向かい合っている。
男の手の中には剣が握られ、女に向けられたその剣先は、僅かに震えている。
震える剣先を、女のか細い腕、その指先が触れる。
そこからの女の動きは一瞬で、あまりも躊躇いの無い、滑らかな動きだった。
男がそれに気付き、口を開き、剣先を下げるそれよりも早く。
一歩前に歩出た女の胸に、その剣先が女の胸に吸い込まれるように沈んでいく。
一瞬で刀身の三分の一程度をその胸に沈めた女、その口の端から赤い雫が流れ落ちる。
呆然としていた男は、弾かれるような動きで咄嗟に剣を引き抜く。
その瞬間、傷口から血が迸り、男の頬から右半身を赤く染め上げる。
飛沫のように飛び散ったのは一瞬だったが、引き抜かれたその傷口からは、止めどなく大量の血が流れ出している。
誰がどう見ても致命傷だろう。
ふらついた女を反射的に男は抱き寄せた。
女は笑顔だった。
悪意も敵意も無い、純粋な優しさと、そして僅かに罪悪感を感じているのだろうか、少し困ったような、そんな笑顔だった。
悲痛な表情で慟哭する男に、女は口を開いた。
「――――――」
だが、男はその言葉に答えることができずに。
ただ、時間だけがゆっくりと流れていき。
沈黙の中、世界は闇に染まった。
●
誰かが造ったのか、或いは人類の歴史が始まる以前からあったのか、何時からか当然のようにそこに存在した『それ』。
北の果ての果て、溶ける事のない雪に覆われた深山の奥にそびえ建つ『それ』は見たままのその姿で『塔』と呼ばれていた。
空を穿つ黒い『塔』を最初、人々はただの不可思議なモノとしか見ていなかった。それよりも日々、魔物という天敵の居る世界で生きる事の方が重大だったからだ。
しかしある時『塔』から世界を照らす光が走り、黒かった『塔』を白い姿へと変えた。
その時からだろうか、世界のあちこちに、白い翼と体躯をした異形のモンスターが現れだしたのは。
その異形は霞のようにドコからともなく現れては、他の魔物と争う事無く人を襲い、喰らい、そしてどこへとでもなく消えていった。
その姿と行動から、何時からかその白い異形は『悪魔』と呼び恐れられるようになった。
魔物と『悪魔』、二つの敵に追われる人類は徐々にその数と版図を減らしていった。
そして現在から約二千年前と言われる頃、一人の勇者が何処からともなく現れた。
彼は白くなった『塔』こそが『悪魔』の現れた原因であり、そこに住まう『神』を倒せば『悪魔』はいなくなるだろうと人々に告げた。
だが当時その事を信じる者は誰一人おらず、勇者に助力する者はいなかった。しかしそれでも勇者は単身『塔』へ向かい、戦いの末『神』を討ち取ったという。
『神』を失った『塔』は色を失い、『悪魔』達は石へと姿を変えた。人々は帰還した勇者を讃えたが、勇者は喜びに浸かる間もなく、『神』は打ち倒せたが滅びてはおらず、ただ眠りについただけだと言い、いずれやがては目覚めるだろうと人々に伝え、その鎧と剣を残し、いずこかへと姿を消した。
人々は今度こそは勇者の言葉を信じ、いずれ復活するであろう『神』に備え、引き継がれた鎧と剣と共に新たな勇者を育てはじめた。
以降、何代もの勇者が復活する『神』を打倒してきたが、しかし一度として滅ぼす事は適わなかった。
復活と打倒、そして繁栄と衰退という歴史を、人々は繰り返していた。
●
深々と降り積もる雪、溶ける事のないそれを踏みしめながら、彼女は歩いていた。
町や村のあるふもとに降りるのではなく、誰も住まない、雪山の奥を目指してを登っていく。
赤黒い色をしたローブをまとい、白い息を吐きながら雪を踏みしめ歩を進める。
進む先は人のいない世界、しかし歩みを進めるその様子は迷いなく、その表情も、極寒の地を歩くにしては、まるで家の庭先を歩いているかのように緊張も恐れもない。
その彼女の進路上、進んでいく内に真っ白な大地にいびつな色を見つける。
黒や白、赤に彩られたそれを見て彼女は顔をしかめる。
彼女にとっては文字通り、この山は庭だった。この道も何十何百とくり返し通った道であり、だからこそあんな色をした物体が存在しない事も知っていた。
白と黒、汚れた白狼か、いや、そうだとすれば赤は何だ。血の色にしては鮮やか過ぎる。
そんな事を歩きながらぼんやりと考えていると、赤い部分が風によってバタバタとはためいている事に気付く。
……何だ、布地か……あのサイズや動きからするとマント、つまりアレは人の背中か。
雪山に人が倒れている。そんな状況に驚きもせず彼女は淡々と状況を分析し、変わらぬペースで歩き、その人物のところまでたどり着く。
雪に埋もれたその身体、体格と僅かに覗く横顔から察するに男だろうか、それの適当な場所にブーツのつま先を引っ掛けると、蹴り上げるようにして男をひっくり返す。
男が軽いのか、はたまた彼女が怪力なのか、男は簡単にひっくり返り、汚れのない新雪に新しい人型の穴を作る。
彼女は仰向けになった男を見て、一瞬、本当に一瞬だけたじろぎ、しかしすぐに男の身体を観察し始める。
生きては――いるようだ、先ほど仰向けにした瞬間僅かに表情が変わっていたのを彼女は見逃していなかった。
次に目がいったのは男の上半身、先ほど彼女を一瞬たじろがせた理由、頬から胸鎧にかけてを汚す血液――冷気で凝固していたが――だ。
パッと見た限り、男の身体に外傷は無い、だとすれば返り血か。
返り血だとすれば、その血の元として考えられるものは多岐に渡る為、彼女はすぐに思考からそれを除外する。
男の顔は蒼白で、おかしな表現だが――充分に冷やされている事が伺える。後数時間、いや数十分とここに放置すれば間違いなく死に至るだろう。
構わず彼女は男のバックパックの中を漁る。
少しの路銀に怪我などの為の薬、そして少量のマナポーションと、
「これは……」
手の中に収まる小さな宝石の埋め込まれた石のようなものを手に取る。
「通信石……でも未使用ね」
宝石に封じられたマナで遠くに居る対となる石に合図を送る石だ。しかしこれは使われた形跡がない、使われていれば宝石――マナ結晶――が輝きを失うか、最悪砕け散る為だ。この通信石のマナ結晶はそのどちらにもなっていない、という事は使われた形跡が無いという事だ。
「ふーん……」
二度三度、彼女が手の中で通信石を転がすと、マナ結晶以外の部分が気味の良い音を立てて砕ける。
砕けた破片、マナ結晶以外をその辺に捨てると、再度男の、今度は鎧に目をやる。
この雪の中、肉が氷骨が軋む世界で男を延命させているソレ。
防寒服も耐寒魔法も無しに居れば、数時間と置かず人を死に至らしめるこの場で生きていられるのは、ソレのせい以外に考えられなかった。
「『聖鎧』に『聖剣』ねぇ……」
凝固した血に汚れながらも、そこ以外は白銀色を輝かせ、中央に傷ではない五本の線で出来たマークを刻んだ鎧。
それを見たあと、もう一度彼女は男の顔を見る。
「…………」
彼女がこの男を放置すれば、男が死ぬのは時間の問題だろう。ここを通る人間など彼女以外は、ある特殊な人間を除けば皆無だ。
一瞬の逡巡の内、彼女は軽く指を鳴らす。
「来なさい、雪の精霊」
雪に溶けるような透明な声が響き、次の瞬間、彼女の左右背後の雪が盛り上がり、三体の雪だるまが出来上がる。
『ヨンダー?』
『ナーニー?』
「あら、今日はあんた達なのね」
手足の生えた五十センチ程の雪だるまは、キィキィという口から発せられる音とは別に、言葉を発する。
サクサクと雪を踏みながらウロウロと周囲を回る雪だるまの一体が、彼女のローブに触れた瞬間、
『キャー』
悲鳴は悲鳴だが、緊張感の無い、棒読みのような悲鳴が上がる。
見れば雪だるまのローブを触れた腕が、溶けて無くなっている。
『あかノ服熱ーイ』
言いながら溶けた腕を真新しい雪面に突き刺し、引っこ抜くと、そこには新しい腕が生えていた。
「気をつけないとダメよ、私の服、耐寒耐雪の魔法かけてあるんだから」
『キャーコワーイ』
『コワーイ』
言っている言葉とは裏腹にその抑揚に緊張感は無い。
「はいはい、遊ぶのはソレくらいにして」
”あか”と雪だるまに呼ばれた彼女が静止の声をかけると、三体の雪だるま達は動き回るのをやめる。
『ハーイ、今日ハ何ー?』
「そこに転がってる男を、私の小屋まで運んで欲しいの」
つま先で転がった男を何度か小突く。
三体の目――と言っても黒い穴なのだが――を同時に転がった男に向けられる。
『運ンダラ何カクレルー?』
『運ンダラ遊ンデクレルー?』
「運んでくれたら――」
”あか”は一瞬考えた後、右手に持っていたマナ結晶は黙ってポケットに仕舞う。
「コレ、あげるわよ」
左手で、男のバックパックから拝借したマナポーション三本を揺らして見せる。
『ワァ、ヤルヤル』
二体の雪だるまが飛び跳ね、転がった男に手をかける。
妖精や精霊にとってマナは生命維持に必要不可欠な物だ。それは彼らの血であり肉であり骨であり、彼らを構成する全てに等しいとも言える、故に人が作り出す高純度のマナポーション等は彼らの大好物と言えるのだ。
『私ソッチガイイナー』
しかし、一体が”あか”の右ポケット、マナ結晶を隠した所を指差す。
「うーん、あげたいのは山々なんだけど、もしかしたら後々面倒な事になるかもしれないから、これは上げれないの、ごめんね」
隠すことなく、ポケットから赤い結晶を取り出すが、渡す事は拒否する。
すると、
『ソッカー”あか”ガソウ言ウなら仕方ナイネー』
そう言ってその一体も、他の二体が男を持ち上げるのを手伝いに行く。
……聞き分けが良くて良かった。
内心ため息を付きながら”あか”はマナ結晶を再度ポケットに仕舞う。
妖精や精霊は個体差もあるが非常に気まぐれだ。下手に出ればつけ込まれるし、強気に出れば相手の機嫌を損ねてしまう事もある。
正直過ぎるのも問題だが、かと言って隠し事をすれば、異様に鋭い彼等はすぐにそれを察知して信頼を無くしてしまったりする。
力で無理矢理使役する事は容易いが、それだと後々問題になったりしかねないのでそれもなるべく避けたほうがいい。
程よい距離で付き合っていく、それが長年の中で”あか”が理解した彼らとの付き合い方だった。
『マダ行カナイノー?』
「あぁ、行くよ、ごめんごめん」
雪で出来た五十センチ大の身体のどこにそんな力と耐久力があるのか、男を持ち上げた三体が声を揃えて言ってくる。
その前に立ち、彼らを先導するように歩き出す。
『魔法カカッテナイケドイイノー?』
「いいわよー気にしなくて」
ザクザクと雪を踏みしめながら、振り返ることなく、言葉だけで返す。
『シンジャウカモヨー?』
「その時はその時、死んだら教えてね」
『ハーイ』
何の事はない調子で”あか”は答える、そして返事も軽いものだ。
実際彼女にも、彼らにも、男が死んだ所で何ら問題などないのだ、荷物だけ頂いてハイサヨナラ、で何も問題はない。こんな場所に死ぬような軽装で踏み入った男の方が悪いのだ。
むしろ拾ってやった自分が慈悲深いと賞賛されても良いくらいだ、と”あか”は内心で思う。
その時、一際強い風が吹き、ローブのフードをめくり上げる。
「っと……」
フードの下から風に巻き上げられた、赤銅色の髪が宙を舞う。
舞い上がる髪を手で抑える姿、フードから露になったその顔は高名な彫刻家が削り出した像の様に美しく整い、髪色に対し、色素が抜け落ちたかのように肌は白い、瞳は深く黒く、それはまるで深淵を色にしたかの様に、吸い込まれるような錯覚を起こさせる。
髪をおさえながら、めくれ上がったフードを被りなおし、”あか”は深々と雪を降らし続ける鈍色の空を見上げる。
……まぁ、拾った以上早く歩くくらいはするか。
ハッ、と白い息を一息吐き出すと、”あか”は僅かばかり歩く速度を上げながら、山を登っていった。
誤字脱字、矛盾点などおかしい所がありましたらご指摘お願いします。
感想等も随時お待ちしております。