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可能性の善悪 / 裏

❮9❯

『ウッベェェルェェェェェ』


1階の保健室から2階に上がる途中に、校舎内に奇声が響き渡る。

その声の主は、さっきの衝撃音と関係しているだろう。

それなら、声の主は3階か最悪の場合、4階の格技場にいるのがわかる。

「やたらと、うるせぇな…………」

「そして、この揺れ……相当、デカいと我は予想する」

安純の予想通りだと俺も思う。

この声の大きさと衝撃音による校舎の揺れ具合。

全てに置いて、巨大な何かがいる可能性が高い。

多分、今の俺じゃ勝ち目は皆無。

勿論、この中の連中でも勝ち目なんて見出せないだろう。

一目、一目見るだけだ。

戦う必要は無い。

「相澤…………アレを見ろ」

「あちゃー、マジかよ」

神堂と麻生の声を聞き、俺は2階を見渡す。

そこには、先程まで気配が感じられなかったゾンビ達がいた。

気配が感じられなかったんじゃない、ゾンビ達が意図的に気配を消していた……?

のろまな動きからは想像することができない。


近づいてくるゾンビに向かって神堂は、手に持つ薙刀を振りかざしてゾンビの顔面を半分に斬り落とす。

そこからは、酷く生臭い鮮血。

辺りに飛び散るゾンビの血。

神堂は慣れた手つきで、次々とゾンビの頭を半分に斬り落とす。

「コイツらは、どうやら人の体温や、呼吸または匂いで私達を感知している…………つまり、無駄に攻撃するのではなく、嗅覚と聴覚を潰してしまえば簡単に殺せるッ!!」

何故、神堂がそんなことを知っているかは、聞かない。

おそらくは、彼女の優れた観察力のおかげだろう。

薙刀部の主将をやっているだけあって、周りをよく見ることができる。

この中で一番優れているのは神堂だろう。


「ここは、任せても良いか……?」

「はぁ?何言ってんだよ相澤」

確かに、この状況で言われたらそうなるよな。

わかってる。わかってるけれど、上の階には更に危険がある。

なら、俺一人だけ行って確かめるだけの方が良いんじゃないのか?

いや、そうに決まってる。

ここには、神堂がいる。生存できる可能性は大いにある。

「ならば、早く行け!!ここは、我らに任せろッ!!」

「ありがと、安純」

安純は親指を立て俺に前を進ませる。

その間に安純は手に持っているドライバードリルをゾンビの鼻に刺して回転させている。

麻生は出刃包丁で頭部を斬りつけてる。

今の状態なら安心して、ここを任せられる。

「相澤、無茶はするなよ……」

「わかってるよ、神堂」

3階に何がいるかは、わからない。

どんなもんでも来てみやがれってんだ。

そうして、俺は足を踏み出す。

3階へと続く階段に。




❮10❯

階段を登っている間に大きな揺れが起こる。

揺れの大きさは増すばかり。

階段を登りきる。

「この角を曲がれば…………」

衝撃音と奇声を発している主がわかる。

少し見るだけだ。

攻撃するのではなく、あくまで見るだけ。

「よっ、よし」

全身から汗が出る。

これが、恐怖からのものだということは一目瞭然。

だからといって引き返すわけにもいかない。

勇気を出せ。


壁に背をあずけ、そっと角をから顔を出し、3階の廊下を直視する。

そこには、化け物が存在した。

ゾンビではなく、『蛙』の形をした巨大な化け物が。

蛙の体は通常の蛙をはるかに上回る大きさだ。

しかも、ゾンビのように所々が壊死している。

あまりにも巨大すぎる。

ゾンビなんかと比べ物にならないほどの恐怖をダイレクトに伝えてくる。

あれは、人がどうにかできるレベルの物ではないと直感でわかってしまう。立ち向かうのは、あまりにも危険で無謀。

「あっ、あれは…………!?」

だが、俺は目にした。

蛙の目の前で立ち崩れる女子生徒の姿を。

蛙の大きさに目が行っていたから気づくのが遅れたッ!!

でも、どこからどうやっても助けようがない。

助けられても俺が死ぬ確率だって間違いなくある。

なら、ここは見なかったことにして逃げた方が良いに決まってる。

ここで逃げる自分を許せるだろうか。

例え、知らない生徒だとしても、逃げることを自分自身が許せるのか?

いいや、多分だけど許せないだろう。

なら、答えは決まってるんじゃないか?

自問自答したところで変わらない気がするな。

どこから湧いたかわからないけど、現に俺は助けたいって想いの方が多い。不思議なことに。


「なら、やるしかないだろ」

時間は無い。

なら、精一杯やるしかないよな。

ここは、神堂を見習って相手の視察というこうじゃねぇか。

落ち着け、落ち着け。

蛙の形をして、ゾンビのように所々が壊死している化け物…………。

この蛙は突然変異したって感じで考えるのが良いのかな。

でも、所々が壊死しているのはポイントなんだろう。ゾンビのように所々が壊死…………壊死……。

「もしかしたら……」

もしかしたら、この蛙もゾンビと同じ性質の物という可能性があるんじゃないか?

所々が壊死だけで確信付けるのは心許無いけれど、可能性はある。

ゾンビと同じ性質のなら、嗅覚と聴覚で敵を判断するだろう。

あの女子生徒より、気を引けるような臭いと音が必要。

状況的には臭いより音の方がやりやすい。

じゃあ、音をどうやって出す?

音、廊下…………教室……ドア……窓ガラス。

窓ガラスを叩き割る。

多分、これが、現実的かもしれない。

幸い、木工室から持ってきた釘抜き付き金槌がある。

「これを上手く、蛙の後ろ側にある窓ガラスにぶつけられれば……」

だが、ぶつからなければ…………確実に死ぬ。

でも、これに賭けるしかない。

なら、行動に移せ。

何も出来なかったあの頃とは違うということをここに証明して見せろ!!


瞬間、俺は金槌を蛙の後ろ側のガラスのぶつかるように狙って投げる。

それと同時に俺は走り出す。

女子生徒の手を掴みに走る。


『ウッベェェルェェェェェェェェルッ』


俺が視界に入ったことによって、蛙は大きく広げられた口から鳴き声を発する。

そして、俺は女子生徒に問う。

「そこで…………そこで、諦めちまうのか」

誰だって死にたくない。俺だってそうだ。


「そのまま、死ぬのを受け入れるのか」

受け入れて良いわけない。

受け入れて良い人間なんていて良いわけがない。

だから、答えてくれ。

自分自身の言葉で。


「――――っくない……たくない…………死にたくない死にたくない!!」

女子生徒が叫ぶ。

死にたくないという人間らしい願望を。


その時、ガッシャァァンと校内に鳴り響く音を耳にする。

巨大な蛙の後ろ側にある窓ガラスに金槌がぶち当たったんだ。

飛び散るガラス片に蛙は気を取られ、視線をそらす。

俺はニヤリと笑い、女子生徒へと最後の言葉をかける。


「なら、早く掴め」

窓から差し込む光に照らされながら、俺は女子生徒に手を差しのべる。

女子生徒は顔を上げ、俺の顔を見て、涙を浮かべながら優しく微笑みながら俺の手を掴む。

掴んだ手をしっかりと握り締め、女子生徒を立ち上がらせる。


『ウッベェェルェェェェェェェェェッウェルェゲェェェル』


蛙は狂ったように叫び、動き出す。

ドスン、ドスンっと重い一歩。

だが、俺は自然と笑みがこぼれた。

恐怖でおかしくなったとかじゃない。

何も出来なかったあの頃とは違うということを証明できた。

目の前で屈しそうになった人の手を掴むことができた。

俺は何かを成し遂げることができた。

やろうと思えばできる、そのことに俺は笑みを浮かべているんだ。


追いかけてくる蛙を背に俺と女子生徒は、走り出す。

人間が対処できる化け物から逃げる。

今はそれだけで良い。今は…………。

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