可能性の善悪 / 表
❮7❯
相澤達が保健室に辿り着く、ほんの少し前。
第三校舎の最上階である4階の格技場にて、生徒は集まっていた。
「今から、誰がこの場にいるか確認するので、名前を一人ずつ言ってください」
生徒会長の木崎 嵐太が、戸惑い、パニックになり、恐怖している生徒を誘導し、安全と言われている格技場へと訪れた。
生徒会長はいつもと違い、冷静を保ちながら襲ってくるゾンビ達と戦っている姿が見えたんだ。
今までの印象を間違えだったのかと思うぐらいに強く、圧倒していから。
「君、名前は?」
「あっ、その、境井冬桜です」
「君が境井さんか……去年の冬の大会は良い試合をしていたね」
「えっ……?あぁ、バスケのことですか」
私は、生徒会長が苦手だ。
口調や態度からは皆平等に接しているようだが、本心で話しているように見えない。愛想笑いすることが多いし。
「ねぇねぇ、冬桜ちゃん……私達、どうなるんだろ」
「さすがに状況だけに外にも知れてると思うんだけどね……大丈夫だよ、海輝」
同じクラスの西条 海輝は不安げに私に擦り寄ってくる。
この状況で冷静でいようとすると気が滅入る。
私だって、逃げ出したいぐらいだ。
でも、隣で恐怖している親友を見ると、自分が弱音を吐くわけにはいけないという気持ちが溢れてくる。
「生徒43名、教員2名……っと」
「全員で45人……他の子が心配ですね…………」
「虹島先生、私は入口で奴等の様子を見てきますので、皆さんをよろしくお願いします」
「木崎くん1人で大丈夫なの……?」
「問題ありませんよ」
1人で様子見ときたか。
生徒会長は何を考えてるのわからない……。
危険とわかっていて、様子見かぁ。
「ねぇ、相澤くんは大丈夫かな……」
「あぁ、あのサボり魔……大丈夫なんじゃないかな、あの人って頭も良いほうだし」
海輝は、何でサボり魔の事を気にするんだろ。
幼馴染みだとか?でも、教室で話してるところとか見たことないしな~
「あのゴミクズのことだから、しぶとく生きてるわよ」
横から天城院 やしろが小さく呟いた。
「天城院って、サボり魔の事を知ってるの?」
「知ってるも何も、私と海輝とゴミクズは同じ施設出身だから」
「あ、へー、そうなんだ」
同じ施設出身だから、海輝はサボり魔の事を気にしてるのか。納得。
生徒会長――木崎は、格技場入口に向かう途中に私たちを数秒ほど見てから入口を出ようとした。
外の様子見するんだったか。なら、丁度良いかな。
私は、二人に断りを入れてその場から去った。
勿論、木崎の所へ行くために。
「あの、生徒会長」
「あっ、境井さん。どうしましたか?」
「これから、どうするつもりなんですか?まさか、ずっとここに居るだなんて言わないですよね……後、その喋り方やめて良いですよ」
今、この場にいる中で一番力がある人間は生徒会長だけ。
でも、状況は芳しくはない。
何か策があるのかと思い、聞いてみたというわけで。
「……その喋り方やめてと言われてもね」
「私は、中学の時から、生徒会長のこと知ってるんで」
「あぁ……なるほど、アンタは俺を知ってるのかァ」
木崎は声のトーンを下げ、口調を乱す。
実のところ。私は生徒会長の木崎 嵐太を中学の時から知っている。
そして、木崎が良い生徒会長を演じているということも知っている。
自身を偽る人間。
どうしようもなく偽物な男。
それを私は知っている。
「木崎くん、もう一度だけ聞くけど、これからどうするの」
「全員、俺の盾になってもらう……ぐらいの価値しかないな」
「どうするかを聞いてるんだけど」
「うっせぇなァ……こっちだって、あんなゴミみてぇな連中なんて捨てて、ここから抜け出してぇさ……だがな、俺には生徒会長っていう重みがあるから、そうするわけにもいかねぇ」
自分を偽るからバチが当たったんだ。ざまーみろ!
「つまり、何も策は無いってことね」
「あぁ、残念ながらここにいても無意味だ、すぐに奴等は押し寄せてくるしな」
「それなら、私はここから動いても良いのね?」
「勝手にしろよ」
勝手にしますとも、最初からそのつもりでしたし。
❮8❯
格技場から出て、すぐに階段めがけて走った。
思ったよりゾンビはいなかったけれど、おかしかった。
あまりにもゾンビがいなすぎる。不自然なぐらいに。
さっきまで、あんなに沢山いてパニックになるぐらいにいたというのに。
「静かだなぁ…………」
丁度近くにあった水道の鏡前で、走っている時に邪魔だったセミロングの髪をゴムで束ねてポニーテールする。
蛇口を捻り、水を出して顔を洗う。
「よぉーし、気合い注入ぅぅ」
気合い入れようと思ったけど、変な声出た…………。
3階へと降りて、近くの教室に入った。
掃除ロッカーを開けて、モップを手に取る。
「まぁ、無いよりかは良いよね」
モップの棒部分と拭くところをその辺の机にぶつけて無理矢理に分裂させた。荒業である。
棒部分は持ちやすいけど、逃げる時に邪魔になりそうだなぁ……。
そもそも私はバスケ部の人間だ。
棒を使って何かできるわけでもないし。唯一、自慢できるのは足の速さぐらい。
「これから、どうしよっかな」
何も考えないで、行動してる感がある。
とりあえず、下の階にある保健室に行ってみよう。あそこなら、誰かいてもおかしくないと思うし。
「ヴァァァ……ヴァッ…………ヴァァァァァァ」
その声、呻き声は突然、廊下にこだます。
この声を聞くのは初めてじゃない。
ここ数時間で何度も聞き、何度も嫌なものを見た時に聞いた声。
ゾンビから発せられる呻き声。
ゾンビ達はいなかったんじゃない、気配を消していただけだった。
廊下を見てみれば、そこには何体ものゾンビが歩き回っていた。
逃げ出そうと思えば逃げれなくもない数。
「1、2…………4体」
ゾンビの動きは遅めだし、私の足の速さなら逃げきれるだろう。
幸い、近くに階段もある。
教室から飛び出すのは、今しかない。
私は、教室のドアを開け、すぐさま階段に向かって走る。
階段を降りて2階に行こうとした、が…………。
そこには、2体のゾンビが階段を登ってくる姿があった。
「急に増えすぎだよ、もう!」
階段を登り、元の場所へ走る。
反対方向の階段なら、大丈夫かもしれない。
一か八か、行ってみるしかない!!
だが、校舎はデカい為、反対方向の階段までは多少の距離があった。横幅が広い廊下だから、上手くゾンビを避けて走ることはできても、もし階段の下にゾンビがいたら……終わりだ。
でも、やらなきゃいけない。
走る。
廊下を走る。
反対方向の階段へと走る。
ドスン………………ドスン……ズズ…………ズドドォォォォン!!
直後、背後から異質な音が鳴り響いた。
明らかに、ゾンビのものではない音。
音には重みがあり、聞く者に重圧を押し付けるような厚みのある音。
走る足を止め、私は恐る恐る後ろをゆっくりと見る。
死への恐怖――――――――――――
『ウッベェェルェェェェェ』
一目、見ただけでその感情で押し潰されそうになる。
その姿は、ゾンビとはかけ離れていた。
見た目は『蛙』 のそれだ。
見た目、形は蛙ではあるが、大きさは全くの別物。
一般的な蛙は数cmの個体ばかりだ。
だが、目の前にいるのは、およそ4m。
普通の高校では大きすぎるから、身動きができない大きさだが、この学校は廊下も大きい。
つまり、4mほどの化物は自由に動き放題ということだ。
「あっ…………あぁ……」
声を出そうにも恐怖で、声が上手く出せない。
それどころか呼吸すら危うい。
怖い。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖いッ!!
足が震える、立つのが精一杯。
なんで、なんで、こんなところにいるんだ。
明らかに度が違う。違いすぎる。
コレは人間が対処できる代物なんかじゃない。
『ウッベェェルェェェェェ』
唸り声と共に大蛙は跳ねる。
床は揺れ、大蛙の近くにいたゾンビは踏みつぶされる。
長細く、分厚い舌を伸ばして、辺りのゾンビを捕まえて飲み込む。
巨大な捕食者が、そこにはいた。
(あぁ、ここで死ぬんだ…………やっぱり、死ぬのは怖い。あの時、行動せずに格技場にいたら少しでも生き延びられたのかな?…………いや、それは時間の問題だったか。どっちにしても死ぬのには変わらなかった、か…………)
震える足に限界がきて、崩れ落ちる。
絶対的な恐怖を前に、私は屈した。
もしかしたら、格技場にいる皆に何も言わずに来たのがダメだったのかもしれない。
海輝を、天城院を、木崎を、教員を、生徒を裏切る形で逃げてきたからバチが当たったのかもしれない。
『ウッベェェルェェェェェェェェルッ』
大きく広げられた口から発せられる鳴き声。
これが、最後だと言っているように聞こえた。
「うるさいよ…………ばーか………………」
泣きそうな感情を押し込み、呟く。
(これで、終わりか…………あっけなかったなぁ)
「そこで…………そこで、諦めちまうのか」
聞こえた。
私でも、大蛙の声でもない、もう一つの声。
どこか懐かしいような男の子の声。
「そのまま、死ぬのを受け入れるのか」
できるんけないじゃない。
そんな、そんな簡単に受け入れられるわけないじゃない。
でも、どうしようもない。
「死にたくない………………死にたくない死にたくない!!」
それでも、私は死にたくない。
都合が良いのはわかってる。でも、死にたくはない…………!!
「なら、早く掴め」
私の目の前に差し出された、一筋の光。
そこに立っている男から差し出される手。
私は、その手を掴んだ。