非日常ではなく、現実
❮5❯
木工室を出た時に何となく感じた違和感。
状況が状況なだけに、そこまで考えることをしていなかったが、走りながらテレビのある場所の中で一番近い保健室に向かっていて、俺は違和感の正体に気づいた。
先程までのゾンビの気配が感じられない。
それどころか、生徒の悲鳴なども聞こえない。
だが、今は気にしている暇もない。
安純の誘導により、スムーズに保健室へと走る。
ゾンビの気配が感じられないからか、一度も止まらずに走ることができている。
「よし、着いたぞ」
「おっしゃ、入るぞ」
麻生が保健室のドアノブを捻る。
「ん?なんだ?ドアが明かないんだけど」
「中に人がいる……だから、鍵をしてるってことか」
「ふむ、なら、我みたいに叫べば良いのでは?」
鍵がかけられている場合は、だいたい中に人がいるって証拠だ。
「おい、俺らは、アンタ達に無害な、ただの生徒だ…………開けてくれないか?」
中にいると思われる人に向かって俺は呼びかける。
が、返される言葉はなく、そのままシーンっと静まりかえる。
「仕方あるまい…………我のピッキング術を使うしかあるまい」
「なになに!?安純はピッキングとかできるのー?」
「我の専売特許である」
「仕方ないな、頼む」
安純はブレザーの内側から、小さなポーチを取り出し、中からハリガネと安全ピンを取り出し、ドアノブの穴に向かって作業を始めた。
俺が、見るに、何をやっているのかわからない。
まず、お前は何でピッキングができるんだ?怖いぞ。
高校生でピッキング…………犯罪の匂いしかしませんでした!
「おっと、開いたぞ」
「早いなぁ!?」
開かれたドアから保健室へと入る。
だが、人気がなかった。
「誰かがいた形跡はある……でも、どこに…………」
辺を見渡せば、消毒液やら包帯と使用された形跡は残っている。
窓を見ても、鍵は閉められている。
じゃあ、単に保健室の鍵を外から閉めただけなのか……?
でも、保健室の先生がいないなら、戸締りをしてから逃げたって可能性も無いこともないか。
「うおっ…………相澤……これ見てくれよ」
小さめの声で、麻生は俺に指を指している先を見せようとする。
そして、俺の目に写ったのは、保健室のベッドに横になっている女子生徒。
靴は脱いであり、裸足。ブレザーも脱いであり、ワイシャツ一枚で横になっている。
枕の横には黒縁の眼鏡が置いてある。
一見、ただ寝ている。ただ寝ているようにしか見えない。
顔色も良い。
「まっ、まぁ、一応な…………」
息をしているかどうかは確認しないといけない。
寝ているだけなら起こさないといけないし。
「おーい」
呼びかけるも応答なし……。腕を手に取り、脈を確かめてみるが、正常。かすかに聞こえる寝息。
完全に寝てますね。はい。
「どっ、どうっすか……?」
「いや、起こせば良いんじゃねぇの?」
「だよね…………」
あれ?よくよく顔を見れば……俺、この人知ってます。
薙刀部の主将でもあり、この学校の副生徒会長の神堂 飛花。
容姿端麗、文武両道に加えて、学園長の娘。
所謂、完璧なお嬢様。
天城院と同じ、お嬢様だ。
だが、男子生徒に女子生徒からの人気も多く、生徒内ではクイーンともてはやされている。
その美しさも味なのだが、本当に惹きつけているモノは、薙刀の扱いだ。
日本薙刀連盟が主催する日本大会で1位を取るほどの実力を持ち、薙刀を振るう姿があまりにも美しく、鮮やかなため、業界でも評価されている。
その凄味が人を惹きつける味となっている。
「おい……おーい、神堂。起きろって…………おーい」
「んっ…………んぁ…………ぁぁ、すまない…寝てしまったようだ」
この状況で寝れるアンタが凄いよ。
もしかして、事態に気づいてない?
いや、そういうわけでもなさそうだ。
床には返り血のような跡がたくさんあるクリーム色のベストが落ちていた。
戦っていたのか……?それとも、共に行動していた奴がいたとか。
周りを見て、俺はベッドの横には薙刀が置かれているのに気がついた。
薙刀部の主将だし、戦えるぐらいの力はあるよなー。知ってた。
でも、返り血の量が多い……。
俺が薙刀を見てる内に、神堂は眠そうな目を擦り、起き上がる。
「こんな状況で、出くわすとは思ってなかったぞ、相澤」
「あぁ、できることなら卒業するまで会いたくなかったよ、神堂」
❮6❯
「なるほど、状況は把握した。それで、君たちはこれからどうするんだ」
「あぁ、そうだった……テレビつけてくれ」
テレビの近くにいた安純がリモコンを手に取り、テレビをつける。
最初に映ったのは、日本全体がゾンビに襲われていることについてのニュースだった。
『地上には数々のゾンビ達が人々を襲っています!!日本全体にゾンビ達が人々を襲い、死体をゾンビにしています……現在、陸上自衛隊が出動しておりますが、数が足りていないとの事………………』
まずい…………日本全体が同じ、状況。
外へ逃げても無駄……?
テレビの中継を見るに、空からの撮影。
地上には数々のゾンビってことは…………学校より危険なのがすぐにわかる。
「この状況は、既に日本全体に及んでいる……打つ手がないんだ」
「神堂……それって、日本を捨てろって言ってるようなもんじゃねぇのか…………」
「そうだ。むしろ、この状況で生き延びるには日本を出ることしかないだろう」
つまり、力無き学生の俺らじゃ、勝ち目がない……。
「私は、そう簡単に諦めてはいないよ……君だってそうだろ?」
当たり前だ。
10年前のように、何も出来ないで終わるのは嫌だ。
できることなら、持てるすべての力をぶつけてでも何かを成し遂げたい。
「なら、戦え。去年のように立ち向かえ」
「去年……?」
何かあったか?覚えてないんだけど…………。
「覚えていないのか…………まぁ、良いだろう」
良いなら無理に思い出さなくて良いか。うん。そうしよう。
「話は終わったようだな。ふむ、それでは、今後の方針について話したいのだが」
安純の言う通りだな。
こうしていたって何にも始まらない。
行動で示せ。
「あぁ、そうだな。これから俺達は…………」
「それなら、生徒会長と合流しよう。彼なら今も戦っているだろうしな」
俺が考えるのを遮るように神堂が横から提案する。
「生徒会長も戦ってるのか……?」
「ほー、あのお人好しそうな面の生徒会長さんがねー」
俺と麻生の想いは一緒なんだろう。
生徒会長の見た目からは、戦ってるというのは想像つかない。
むしろ、生徒を誘導し、最善の方法を考えるタイプだと思っていた。
だが、それは違っていたのか。
「彼は、学校外で武道をやっていてだな。それも相当な腕の持ち主と聞いている」
「マジかよ…………」
「信じらんねぇ…………」
でも、ゾンビと戦えるほどの力があるようだし、本当に相当な腕の持ち主なんだろう。
なら、一刻も早く合流した方が互い、都合が良いだろう。
「ふむ、では、次の目的は生徒会長と合流ということで良いな」
「問題ない。それと、神堂は生徒会長がいるところはわかるのか?」
聞いたところで無駄かもしれないが、聞いておいた方が良いかもしれない。
「彼なら、おそらく格技場だよ。あそこなら生徒も集められる上にゾンビの侵入を防げるだろうしね」
ドスン………………ドスン……ズズ…………ズドドォォォォン!!
動き出そうとしていた俺達を阻むように、巨大な衝撃音が校舎内をこだます。その音は、まるで校舎内に象の群衆でも暴れているかのような音だ。
重く、衝撃で動きが止まりそうになる。
それまでに、威圧感を放つ衝撃音。
「上の階からだよな……?」
沈黙の中を麻生の声によって場の空気は変わった。
「あぁ、音の大きさで何階かは判断できないけどな」
「上の階……ふむ、これはどうするべきであろう」
安純は顎に手を当て、深く考える素振りを取る。
「最上階の4階は格技場だ……彼らと合流するにも避けては通れない…………」
「とりあえず、行ってみよう。危険だと感じたから、すぐにその場から離脱すること。良いな?」
以前の俺なら、危険とわかっていて飛び込むような奴じゃなかったよな。
なのに、今は指揮官っぽくふるまって…………。
それでも、この状況で生き残ってる奴と出会い、共に行動する事で、不安を感じる。
もし、俺の目の前で、コイツらが殺されたら、俺には何が出来る?
自分自身に問う。
だが、自分の問に俺は答えられない。
今の俺には――――――――――――