一歩前進への道
❮3❯
視線が合い、殺意を向けられる。
逃げなければ周りの連中のようにゾンビにされる。
それは、何が何でも嫌だ。
死ぬならせめて、自我がある内に死にたい。
いや、そもそも死にたくない。
ここで、死ぬわけにはいかない。
想いを胸にしたら、恐怖で震えていた足は自然と震えが消え、歩き出せた。
逃げるとは違う。
今、俺がやるべき事は、目の前で殺されかけている生徒をこの手で助けることなんじゃないか。
ゾンビに敵わないだなんて、まだ決まってすらいない。
抗え、目を背けるな。可能性が0じゃない限り、やれないことなんて、何一つとして無いんだ。
動け、自分にできる最大限のことをする為に。
「うぉぉぉぉぉぉぉお!!」
どうやれば、目の前のゾンビを排除できるかだなんて、わからない。
だが、行動を起こさない理由にはならない。
目の前で、女子生徒に噛み付こうと暴れ狂うゾンビの背骨をめがけて、近くに転がっていたバケツを投げる。
上手く、背骨に直撃し、暴れ狂っていたゾンビの視線はすぐに俺へと向けられた。
「よし、そのまま……こっちに来やがれ」
目で倒れている女子生徒に逃げるように伝え、近づいてくるゾンビに向かって、大きく拳を振りかざし、腹部を殴る。
いくらゾンビだからといって、元は人間。
殴っただけでも身体のバランスは少し崩した。
可能性は0じゃない。
後ろへとよろっとバランスを崩したゾンビに隙を与えずに、左腕を思いっきり横から蹴る。
すると、ゾンビは衝撃に耐えられず、転倒する。
「いくらなんでも弱すぎる………………」
違和感を感じる。
攻撃は簡単に入れられるし、簡単に転倒する。
明らかに弱い。
「死体の体だから死ぬことは絶対ないとか…………そんなわけないよな……?」
いや、どこかに必ずコイツらの動きを止める何かがあるはずだ。
だが、この状況はさすがに無理があるか……?
周りを見渡せば、そこには音に反応したのかゾンビが全方位からゆっくりと集まってきていた。
「ヴァァァ……ヴァッ…………ヴァァァァァァ」
ゾンビの呻き声が校舎内をこだます。
呻き声が呻き声を更にゾンビが呼び寄せられる。
あっという間に、ゾンビの群集に囲まれた。
「いや……さすがにゾンビからのモテ期とか需要無いって……!!」
迫り来るゾンビ達を前に足がすくみそうになる。
掴まれば、すぐさま首を噛みちぎられるだろう。
じゃあ、どう抜け出す。
見たところ、逃げ出せる隙なんて見当たらない。
「おい、しゃがんでくれねぇか?」
思考を巡らせている瞬間、その小さな声が耳に入ってきた。
聞こえたと同時に、俺は行動を実行した。
しゃがんではみたが、何が起こるというわけでもない。
グチャァ
だが、何も起こらないという思いはあっさりと撤回させられる。
目の前の方で聞こえた異質な音。
例えるなら、肉体を持つ物体に刃物を刺し入れたような音だ。
「うぉっ……………………」
顔に何かがかかる。
少量だから何がかかったのか瞬時にはわからなかった。
しかし、少し上を見上げ、自身に何がかかったのか、わかった。
吹き荒れる鮮血。
その血は赤黒く、生臭い。
その血の発生源、それは前方に固まっていたゾンビ。
ゾンビから溢れ出す血を見ながら、頭部に突き刺さる物体を目にした。
包丁。カッターなどではなく、出刃包丁。
一瞬だが、どこからそんなものを持ってきたと思ったが、同じ一階にある家庭科室を思い出す。
「大丈夫か相澤…………」
「えっ?あぁ、問題ないけど……」
後ろにはゾンビの死体。
その後ろで包丁を数本手に持ち、俺に声をかける男。
「なんで、麻生がここにいんだよ」
「相澤がめっちゃ焦った様子で教室に戻るとか言ってたからついてきたー」
「うぉ、そうかよ」
「そしたら生徒みんながパニくってるしさ?それに変な呻き声してる顔色悪い奴らばっかいるし……しかも、人の首を噛みちぎってるし……どういう事よ?」
さすがにコイツも焦るか。
この状況下で冷静になれって言うほうがおかしいよな。
「俺にもなんだかわからねぇけど、早く逃げろよ」
「それは、こっちのセリフだろ。何がどうやったらコイツらと喧嘩しようだなんて思えるんだ?」
俺がゾンビに殴たり、蹴ったりしてたの見てたのかよ。
会話をしている内に、ゾンビ達は更に群がってくる。
逃げられる場所。
見渡す限りだと、二階への階段だけ。
やるしかないか。
「麻生!!俺は二階に行く。お前はどうする」
「そりゃ、一人より二人の方が生存率は上がるだろ?」
❮4❯
「うおぉぉぉぉぉぉぉめっちゃ追ってくるぅぅぅう!!」
「うっせぇ!!黙って走れっての」
二階へと駆け上がったものの、一階にいたゾンビも引き連れてきた上に、二階にいたゾンビまでも俺達を追ってきている。
つまり、かなりやばい。
麻生がいるせいか、緊張感にかける。
「相澤、どこに行くつもりなんだよ」
「このまま、真っ直ぐ行って第二校舎の木工室に向かう」
「まぁ、普通はそうなるよな」
それを阻もうと目の前に現れるゾンビ達。
俺はすぐさま、高く地を蹴りあげ、飛び上がり、思いっきりゾンビを蹴る。
麻生も続いて出刃包丁を片手にゾンビの腹部を切りつける。
「うぉっ…………なんかゲームみたいだな!!」
学校で孤立してきた麻生だからこそ言えた言葉。
仲の良い級友などがいないからこそ言えた言葉。
学校に思い入れがないからこそ言ってしまった一言。
「お前は……本当の絶望を知らないから……そんなことが言えるんだよ」
この状況を笑って楽しめるやつなんているわけがない。
いて良いはずがないだろ。
「とりあえず、なんとかたどり着いたな」
「あぁ、ここで、武器になるものを作ろう」
「相澤、技術の評価は?」
「10段階中8だな」
「そんじゃ、任せたぜ」
「…………………………」
いや、ちゃっかり俺に任せんなよ。
俺は、木工室の工具が置かれている奥の部屋へと入り、武器となりえる物を探り始める。
ノコギリという手もあるのだが、錆び付いているものなんかだと切れ味が悪すぎるからスルーするとして、なまくらになりにくい方が良いだろう。
だとすれば、打撃力のあるもので手軽な物だ。
候補として挙げられるのはハンマーとか金槌か?
釘抜き付き物は、打撃も抉る系のやり方と二パターン使えるなら良いだろうし、持っていて邪魔にはならないだろう。
だが、近接だけでゾンビと戦えといわれてもリスクは大きい。
つまり、遠距離でも戦える武器なんかも必要となるわけだ。
工具でそれを作るというのはかなり難しいだろう。
「あぁ……どうすっかな…………」
遠距離といえば拳銃とかか。
拳銃……拳銃…………あっ、ドライバードリルとかインパクトドライバーとかをどうにかすれば遠距離で戦えそうな感じがするな。
いや、待て。俺にそんな技術はない。
しかもここにあるドライバードリルはコンセント経由のものばかりだ。
やはり、物理で殴るしかないのか?
「なぁ、さっきから唸ってるけどさ?武器で戦う必要なんてあるのか?」
「あっ、それだ…………」
理科室という場所があるじゃないか。
その前に、何も無いのはキツイし、適当に武器作ってからにしよう。
俺は掃除ロッカーの中にあるモップを手に取り、掃除をする部分をノコギリを使って切り離す。
「その持ち手のヤツで戦うのか?」
「先端に刃物でも固定して付けとけば戦えないこともないだろ」
「それだ」
めっちゃうざい顔で指を指すな……やめてくれ。笑いそうだろ。
元々、時計塔でしか、話したことがなかったが、一緒に行動していて悪い奴ではない。
でも、こんな状況だ。
いつ裏切られるかもわからないし。俺が麻生を守れるかどうかなんてわからない。
何より、目の前で死なれるのだけは勘弁してほしい。
ガタッ…………ガタッ………ガタガタガタガタガタガタ
「もしかして…………」
「あぁ、そのもしかしてだろう」
麻生が出刃包丁を握りしめ、俺も作ったばかりの武器を持ち構え、おそるおそるドアの元へ近づく。
だが、ゾンビが必ずしも一体いるというわけではない。
ドアの向こうには無数のゾンビが待ち構えている可能性だってある。
「おい!!中に誰かいるんだろ!?早く開けてくれ!!」
予想外にもドアの向こうから放たれた言葉は男の声だった。
ゾンビの呻き声でなく、ただの人間の声。
「あぁ、そのもしかしてだろう」
「おい、やめろ。恥ずかしいから真似するのやめろ……」
「いやはや、こんな状況下で戦おうと考える同志がいると我は確信していたよ」
「あー、そうなの」
目の前に座っているのは、少しポッチャリした体型で黒縁のメガネをかけた男。
聞くところによれば、コイツも俺と同じようにゾンビを倒そうと校内を駆け回っていたらしい。
偶然にも、木工室で武器を手にしようと向かっていたところをゾンビに追われ、やっとの思いでここに辿りついたとのこと。
「申し遅れたな。我は安純 正典だ。よろしく、相澤と麻生!!」
やたらとテンションが高いなコイツ。
そのポッチャリとした体は何でできてるの?まさか、高テンションの塊で出来てるとか言うんじゃないだろうな?
「それで、安純。お前はこれからどうするんだ?」
「ふむ、とりあえずは校舎内で隠れている生徒を保護し、学園の外に出してやるのが良いのでは?」
「安純って体型はアレだけど良い奴じゃん!」
麻生が言う通り、安純は良い奴なんだろう。
恐怖心が無い。
それだからこそ、勇敢に立ち向かえるのだ。
だが、安純が本物の恐怖を目の前にしても、同じことを言えるとは限らない。
「じゃあ、校舎内を徘徊するって形で話を進めるぞ」
徘徊するのにも危険性がある。
おそらく、まだ、校舎内にはゾンビが何体もいるだろう。
だが、それ以上に逃げれずに隠れている生徒を保護してやるのも俺たちがやらないといけないと思う。
「相澤と安純の携帯って繋がる?」
唐突に携帯を眺めながら麻生が言ってきた。
俺と安純は同時に携帯を取り出し、確認する。
「ふむ……我の携帯の電波が通っておらん」
「俺もだ……おそらく、何らかの形で切断されていると考え良いだろう」
だが、普通に考えればおかしい。
ここだけの出来事なのに、携帯の電波が切断されているということがあって良いのか?
良いはずがない。
じゃあ、なぜ電波が入ってこないのか…………。
「まさか、この騒動は学校だけじゃなくて、日本全体にゾンビが現れているって状況とかじゃないよな…………?」
「いや、そのぐらいのことが起きない限り、電波が切断されるだなんてありえないだろ」
「我も相澤の意見に同意だ」
だとすれば、外には無数のゾンビがいる可能性があるということだ。
まだ確証は無いが、本当だとすれば大問題だ。
「携帯はダメでもテレビとかは大丈夫なんじゃね?」
「麻生、この学校にテレビなんてあったか」
「あるぞ。保健室と職員室に校長室だ。我の記憶が正しければだが」
「予定変更だ。まずはテレビのある場所へ移動して、状況確認だ」
恐怖心を隠すように俺は指揮する。
多分、この二人がいなくなったら、俺はすぐに逃げ出すだろう。
変なプライドが俺を逃げれないようにしている。
そもそも、こんな危険な状況で無闇に校舎内を徘徊するってのがおかしいんだ。
だけど、弱音は吐きたくない。
あの時、何も出来ずに逃げ惑うことしかできなかった幼かった自分のように繰り返したくない。
そんな、決意と恐怖心が混じり合い、俺は自分が何をしたいのかが見えなくなっていた。
「俺は、一体……何がしたいんだ…………」
「ん?何か言ったか相澤」
「いや、別に」
俺は安純に手動のドライバードリルと釘抜き付き金槌を渡し、自分で作った槍を手で握りしめ、宣言する。
「いいか……死にそうになったら無理に戦わないで逃げてくれ…………それと躊躇だけはしないでくれ」
二人に伝えた言葉。
だが、自分で放った言葉は予想以上に俺の心に突き刺さった。
「それじゃ、行きますか」
「我が最短ルートで行けるよう先に行く!ついてこい!!」
こうして、俺達の戦いは火蓋を切って落とされたのだった。