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それは、再びやってくる

10年前、日本の人口の半分が死に絶える事件があった。

何の前触れもなく事件は起きた。単に俺自身が何も知らなかったってだけで、どこかで前兆はあったのかもしれないけど。

その日は、土砂降りで気分の悪い天候だった。もっとも、俺は幼かった為、外に出ずに家にいたから関係の無い話だと思い寝ていた。


目覚めた時には、既に外は晴天。

目覚めも良かったからか、俺は外に飛び出した。

だが、そこで目にした光景はいつもと違った。

辺り一面に広がる血しぶきと人の死体が広がり、俺は言葉を失った。

周りの人も俺と同じように驚愕に満ちた表情で棒立ちしている者や、目の前の状況を受け止められずに奇声を発する者がいた。

圧倒的に死人が多く、生きている人間を視界に捉えるのが難しかった。

死体から放たれる強烈な悪臭が鼻を刺激する。

俺は、その状況に猛烈な恐怖を抱き、一目散に走る。

走って、走って、走り続ける。

当然、子供の俺の体力はたかが知れていて、走れなくなり、立ち止まる。

立ち止まった場所は、俺が住んでいる街の中心部であり、交通機関に店などが充実したごく普通な場所だった。

多くの人が集まる中心部というだけあって、生きている人がいると思い、疲れきった足を動かし、歩き回る。

歩く度に血だまりでビシャビシャと音をたてる。

吐き気は限界に達していた。

それでも、縋ることのできる大人を探した。

死体の広がる街の中をひたすら歩き続けた。


偶然通りかかったコンビニの中から人の声が聞こえた。

その時の俺は、藁にも縋る気持ちで駆け出しコンビニに入り、声のする元へと走った。

そこには、性器を露出させた男二人と服が破れ、胸を丸出しにされている女が横たわっていた。

所謂、凌辱という行為をしている現場に出くわしたということだ。

俺は、その姿を見た瞬間に吐き気を我慢できずにその場で吐き出した。

男は俺の姿を見つけては、歩み寄り、勢い良く蹴りあげる。その時、男が何やら叫んでいたが、意識が朦朧としていく自分にはどうでも良く感じた。

殴る、蹴るの暴行を加えられている内に俺は、意識を失った。


俺が次に目覚めた時には、子供や青年、大人で50人程いる空間にいた。

だから、俺にとってあの事件は、一瞬の出来事であり、一生の謎となった。


それから10年間は、あの事件が嘘だったかのように平凡で平和な日常に溢れていた。

人々の記憶からは、あの事件のことを忘れかけてきて、話題に出されることもなくなった。

だからこそ、人々は油断していたのかもしれない。




❮1❯

「相澤……相澤 柊哉………またアイツは遅刻か」

生徒の喧騒でやかましい教室に響く教師の声。

なぜ、俺がその教師の声を耳にすることができたのかと言えば、単純に教室に入ろうとする直前に発せられたからだ。

つまり、今の俺は教室に入るに入れない状況というわけだ。

正式には遅刻じゃなくて電車の延滞なんだけどな。俺は悪くない。

「まぁ、良いか…………」

別に大学に行こうだとか考えてない。

成績も良いほうだ。

それでも、教師からの評価は酷い。

サボりが多くてもテストの点は取る。

正直、どうでも良かった。

夢がなければ目標も無い。俺はそんな空っぽな人間なんだ。

だから、誰に嫌われようが知ったことじゃない。

他人の目を気にしながら暮らすのは息苦しい。

俺は授業をサボるために学校の片隅に位置する時計塔へと向かう。

漫画なんかみたいに屋上が開放されているなんてことはありえないんだよな。

幸い、時計塔は新装されるとかで立ち入り禁止となっているため人気は無いから今の俺としては絶好の場所となっている。


「うわっ…………お前もかよ」

先客がいるだなんて思ってなかった。

「おーっす、相澤」

時計塔には、俺のクラスの隣のC組の麻生 優太が横たわって空を見上げていた。

俺と麻生は1年からのサボり仲間みたいなものだが、高校2年生の中で一番のサボり魔と教師内で囁かれるほどの猛者だ。

だが、サボっている最中では互いに話しかけることがない。

サボっている時は、誰にも気を使わずに羽を伸ばしたいからだろう。

もっとも、俺も話すこともないし麻生も同じだ。

俺は麻生から少し距離をとって日陰の方へ腰をおろし、鉄柱に背を預ける。

涼しげな風が、髪をなびかせる。

静かな空間。

耳を澄ませば鳥のさえずりが聞こえ…………無い。

むしろ、人の足音が聞こえる。

カツカツとローファーで鉄製の階段を駆け上るような音がする。

新種の鳥というわけは……無いか。

「やっぱり二人ともここにいた……」

「よぉ、委員長ちゃん」

「おう、新種の鳥モドキ」

俺と麻生の中間に位置するところに立ち、交互に見てくる眼鏡をかけたセミロングの女は俺のクラスメイトである西条 海輝。

顔立ちは良く、生徒はおろか教師からも信頼されており、学級委員長という枠に収まっている。いわば、典型的な委員長タイプだ。

スタイル抜群で、大きな胸が特徴なのだが、西条は一々動きのモーションがオーバーだから、胸が凄く動く。たゆんたゆんと動くのだが、正直な所、目障りだ。

それを狙ってやっているのかわからないところが、腹立たしい。


「いきなり酷い挨拶しないでもらえるかなぁ……って、そんなことはどうでもいいの!」

「あー、ね」

「どうでもいいなら、早く教室戻れよ」

あえて、冷たく接しているのには訳がある。

といっても、単に反応が面白いからやってるだけだがな。

「…………そんなことより…………教室戻ろうよ」

「んー相澤は、どうすんのー?」

いや、俺に聞くなよ。好きにしろよ。俺に判断させるなよ!?

「教室に戻ろっかな」

「じゃーねー」

おい、待てよ。俺だけ教室に戻ることになったじゃねぇか!!

そこは、俺も教室行くかーってなる展開だろ?察しろよ。

「ささ、相澤くん教室戻るよー!麻生くんも早めに教室戻ってねー」

俺は西条に背中を押されながら、教室に戻ることになった。

麻生、お前は許さない。


教室に戻ってからは、クラスメイトから一瞬だけ視線をもらったが、すぐに興味を違うものへと変え、ガヤガヤとうるさい教室となった。

授業を受ける気分にもならなかった為、俺は窓の外を眺める。

こういう時に窓際の席って良いよな。

風通しは良いし、グラウンドが見えるから体育の授業を眺めることができるから退屈しない。

そんなことで時間を潰しているうちに時刻は昼となり、昼食のチャイムが学校中を響かせる。

食堂へ向かう者や、校庭で昼食をする者などが一斉に教室から出て、一瞬にして教室は静かな空間となった。

残されたのは俺とクラスのはみ出し者や陰キャラばかり。

正直、こういう場の空気は嫌いだ。

自分もコイツらと同じ目で周りから見られてると思うと嫌気がさす。

自分でも性格が悪いのはわかっている。

直そうと思って直せるものでもないから気にしないが。


教室から出れば、生徒の声で廊下は満たされていた。

再度、俺は時計塔に足を運ばせる為、下駄箱へと向かう。

だが、目の前には俺の一番嫌いな生徒がいることを視界で捉え、立ち止まった。

「あら、ゴミクズさんじゃ、ありませんか」

「よぉ、ゴミクズに話しかけてくる学校のお嬢様さんよ」

偉そうな口調で俺に話しかけてきたのは、校内一の金持ちの娘である天城院 やしろ。

どこかの会社の令嬢とかいう話だが、興味無いから忘れた。

「いつまで、この学校にいるつもりなんですの?」

「あぁ?そりゃ、2年後ぐらいには卒業してるから結構直ぐだぞ」

「馬鹿にしてるんですの!?」

「あぁ、めちゃくちゃ馬鹿にしてるよ……さっさと俺の前から消えてくれ」

相手にするのだって、めんどくさい。

天城院は怒り気味に罵声を発したが、無視。

そんなことに構わず、俺は時計塔に向かった。


俺が苦手とする女二人には共通点がある。

天城院と西条とは10年前のある事件をキッカケに一緒に暮らすことになり、数年間の時を過ごしたという共通点だ。

俺の過去を知ってる奴は学校の中でもこの二人だから俺は勝手に嫌ってる。

二人も成長するに連れ、接し方も変わってきた。

一番の違いは二人とも親が生きているというこだ。

俺には10年前の事件が起こった時に仕事先で死亡したことがわかったが、二人の両親は幸いにも外国に旅行だとか仕事だとかでいなかったなら事件の影響は皆無だった。

だから、あの二人は俺とは違う。

悪夢を見たが、絶望を知った人間ではない。


「まだ、いたんだ」

「まぁ、やることないしねー」

時計塔には、先ほどと同じ位置に麻生は横たわっていた。

やることないなら学校来る意味なくね?俺が言えた立場じゃないけどさ。

「相澤ー、俺、寝るから5限終わったら起こしてー」

「あー、わかった」

ダラダラと過ごす時間は、誰にも邪魔されず、自由にできる。

視覚に聴覚が一番研ぎ澄まされている主観なのかもしれない。

少しでもいつもと違う音を耳にすると、反応してしまったり。

だから、俺は直ぐに違和感を感じ取れたんだ。

いつもと違って、鳥の鳴き声がない。

聞こえる声は、グラウンドで見知らぬ男性と教員2名がもめている声だった。

「不法侵入ってところか」

特にすることもなく、俺はそのままもめている姿を見ていた。

見たところ、不法侵入した男は教員の言葉に耳を傾けようともせずに校舎へと向かおうとしている様子で、教員2名はその異常な行動を阻止しようと肩を掴み、学校の敷地から出そうと必死になっている。

俺は直ぐに追い出されるだろうと思い、目線を空へと向けた。

空は青く、眠気を誘う陽射しが差し込む。

だが、その眠気はいとも簡単に打ち消される。

「うぐっ……うぁぁぁぁぁぁ」

目線を逸らしている内に、グラウンドからは男性の叫び声が聞こえた。それも通常では出しえない声で。

瞬時に俺は、声が聞こえるグランドの方へと目をやりもめている姿を直視した。

1人の教員がその場で倒れて首を抑えながら叫び散らしている。

もう1人の教員は、目の前の不法侵入した男に肩を掴まれている姿が目に映った。

「何が……どうなって…………」

その状況は他者の俺からでもわかるぐらいに異常な光景だった。

倒れている教員の首からは遠くから見ている俺からでもわかるぐらいに流血していた。

体全体に寒気を感じ、冷や汗が出る。

そして、俺は決定的な瞬間を目にする。

「やっ、やめてくれぇぇ……うっ、うぁっ……うわぁぁぁあ」

肩を掴んだまま、教員は男の大きく開けられた口で、教員の首を噛みちぎっていた。

噛みちぎられた首からは、骨らしきモノが見え、大量の鮮血が飛び散る。

見てわかるように、痛みを感じる間もなくショックで身体に力が込められてないことがわかる。

その瞬間、俺は胃の中の物を吐き出しそうになるものの、なんとか飲み込む。

「…………………………うっ、ぁっ」

腰に力が入らず、立ち上がることができなかった。

所謂、恐怖心が体を乗っ取るかのように全身を伝った。

少し先にいる麻生の元に駆け寄ろうと体を動かそうとした時、予想もしなかったモノを見た。

ショック死はまぬがれ内ほどの流血に傷を負ったにも関わらず、教員2名は不法侵入した男の後についてゆくかのようにノッソリノッソリと立ち上がり、歩き始める。

見た目も先ほどと変わって、血まみれの服に、眼球は白目を剥いて、あたかも死体が動いてるかのような雰囲気を醸し出している。

顔色も徐々に土色になってゆくのが目に映る。

その姿はどこからどう見てもゲームや漫画、映画などに出てくるゾンビそのものだった。

「おっ、おい…………起きろ……おい、麻生!!」

精一杯、声を絞り出し、麻生を起こす。

「んっ……うぉぁ、なんだよ……そんなに焦って」

「その、なんだ…………俺、もう、教室戻るから…………」

「んー、りょーかい」

別に起こすだけで、言い訳なんてしなくても良かった。

だけど、それまで以上に俺は恐怖し、気を紛らわそうとしていた。

見てはいけないものを見た時、人はこんなにも恐怖をすると初めて知った。



❮2❯

時計塔から降り、すぐさま教員が倒れていた場所へと走ったが、そこに残っているのはやはり、飛び散った血痕だけだった。

グラウンドを見わたして見るものの、そこには不法侵入した男の姿どころか教員2名の姿すら消えていた。

あれは、幻覚だったのだろうかと考えるが、血痕を見る限り幻覚ではないのが見てわかる。

すると、学校全体に放送がかかる。

『現在、お客様がいらっしゃっております。生徒の皆さんは先生の言うように行動してくださ……ちょ、あっ……うぐっ……………………』

放送をしている女子生徒の声が響いてくると思っていたら、いきなり大きな物音が聞こえ、その後には女子生徒の掠れた声が聞こえ、そのまま放送が打ち切られた。

俺は、嫌な予感がした。

もしかしたら、ゾンビのような人間が校内に侵入していて、生徒を襲っているのだと。

首を噛まれた教員がゾンビになったのと同じように生徒も首を噛まれたりしたらと考えた瞬間、ゾクゾクっと背筋に寒気が走り、校舎へと視線を向けた。

気づけば、重い足を動かし、校舎へと足を一歩ずつ運ばせていた。

生徒を危険から守ろうという気持ちでなく。

紛れもなく、興味本位。

世界にゾンビのような人間が生まれるということがあって良いわけがない。

ここは、ゲームや漫画じゃない……現実だ。

きっと、何かの間違いだと思い込み、一歩ずつ着実に校舎へと向かう。

自然と足は軽くなり、気づけば走り出していた。


だが、その興味本位もすぐさま恐怖へと変換されることとなった。

校舎へ入り、下駄箱からこっそり顔を出す。

そこには、悲鳴をあげ、逃げる生徒達とゾンビとなった数名の生徒。

現在進行系でゾンビに捕食されている生徒。

その姿を見て、恐怖し、必死にゾンビに攻撃を与えている男子生徒や教員の姿も見受けられるが、それも無駄となり、首を噛みちぎられている光景が広がっていた。

「同じ…………あの時と………………」

10年前の事件を脳裏にフラッシュバックさせる。

目の前で、死んでゆく人々。

それを何も出来ずに隠れ見ている自分。

無慈悲で、理不尽に殺されていく。

そして、次々と顔を土色に変色し、ゾンビとなってゆく。

吐き気が込み上げてくる。

だが、俺は……ただ、立ち尽くすことしかできなかった。

絶対的な恐怖に押しつぶされそうになっていた。


目の前に広がる二度目の地獄を目の当たりにしながら。


――――――――――――俺は、立ち尽くした。

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