#01-08 耀く者
遅れてごめんなさい……。
三限を無事に終え、教室から出る2人。
視線は依然として集中しているが、遊朱も咲良はなれたものなので気にせず歩いていく。
「このあとはどうするの?」
「一度家に帰って、荷物置いてから行こうと思ってるよ。服まで着替えないからすぐだけどね。向こうで制服とかも一式貰えるんでしょ?」
「うん。確かその筈。すぐ行くなら乗っていけば?って誘ったんだけど」
「乗っていけば?ってことは……車?」
「うん。お父さんが買ってくれたの」
「咲良の家ってお金持ち?」
「そうでもないと思うんだけど……あ、でも荷物ぐらいなら車の中に置いてていいよ。まあ、専用のロッカーもあるけどね。帰りも送るし」
「え、そんなの悪いよ。でも車で来るってことはおうち遠いの?」
「うーん、ここからだとワールドゲートを中心に対角になるのかな?遊朱の家は?」
「私のうちはここから徒歩10分もかからないところかな。管理局までは徒歩で行くのには少し遠いから移動手段は考えないとだけど」
「なおさら送ろうか?別に構わないよ」
「うーん、なんか罪悪感が……」
「じゃ、とりあえず行こうか」
「え、ちょっと」
手を引かれて駐車場の方に連れて行かれる遊朱。
暗い色の国産車(軽が多い)がずらっと並ぶ中に1台ブルーのドイツ車が停まっている。
「派手だねー」
「うん。お父さんが買ってくれたのはいいけど、完全にあの人の趣味に任せたからこの派手な色になったの」
「でも、まあ、咲良には似合ってると思うな」
「そうかな?助手席に乗って」
運転席に乗りこんだ咲良がエンジンを掛け、車を発進させる。
バスだと少し遠まわりなルートを通るため、学校からだと30分ほどかかる道のりだが、信号の少ない裏道をすいすいと進む咲良の車では15分ほどで到着した。
言われた通り、遊朱は咲良の車に教科書を放置し、共に裏口から建物内へと入ろうとするが、
「あれ?」
前を行く咲良が、ドアのロックをカードキーで開けたのを見て遊朱が固まる。
「私、まだ正規のカード貰ってないんだけど大丈夫かな?」
「多分表は防衛班の連中で混んでると思うから、裏から行こう」
連れられて表の受付――の裏側へやってきた。
少し覗くと、確かに能力測定待ちの仮職員で溢れている。
「試験の後能力測定してたんじゃなかったんですか?」
「あそこでは射撃能力とか、基礎的な運動能力しか測ってないよ。たぶん、今日は遊朱もやったあの訓練をさせられると思う――巽さん、遊朱、黒木さんの手続きお願いします」
「あれ?もう仲良くなったの?」
「ええっと、学科が一緒で……ってなんでにやにやしてるんですか!?」
「なんでもないよー、えっとこっちで全部済ませて諸々持っていくから先にC班の部屋に行ってて」
「わかりました、いこう、遊朱」
「うん」
「じゃあ、可澄先輩。私は自分の仕事に戻りますんで!」
「あ、おい愛菜!終わったら手伝えよ!」
「何のことかわかりませんねー!では!」
いくつかの書類を手にした愛菜は咲良たちの横をすり抜けて、奥の部屋へと入っていく。
咲良曰く、そこは技術室で黒柩や戦闘服が用意されているらしい。
「咲良はいつからここに?」
「年明けてからすぐかな。そこで募集がかかってたし」
「年明けってことは……」
「うん。その事件で前C班は班長――若葉さん以外全員亡くなったみたい」
「そうだったんだ……」
「前はAからC班までしか置かれてなかったみたいだけど、今は戦力増強のために解体してD班も作ったみたい。D班の都賀班長は元々B班の副班長でD班の他の2人も他の班からの移籍みたい。元々C班は新設部隊だったみたいだけど、それが一度の戦闘で壊滅状態になるとは考えてなかったらしくて、設置を提案した筑紫局長も相当悔しがってたみたい」
「何だか期待のほかにもいろいろ背負っていく必要がありそうだね」
「そんな余計なものは背負わなくていいわ」
「!?」「いつの間に」
“C”と大きく書かれた扉の前で立ち止まっていた2人の背後に突如現れた鞍田若葉。
「ようこそ、お嬢さん」
「お嬢さんはやめてください、“班長”」
「あらら、怒られちゃった。さ、2人とも中に入って。愛菜が来るまで今日の予定を伝えるわ」
◆
班室の中は予想と違い、かなりシックな色合いの調度品でまとめられていた。
高給ホテルのラウンジを思わせる落ち着いた黒やダークブラウンの家具に少し暗めの照明。左右の扉の奥には給湯室とロッカールームがある。
「思ったのと違った?」
「もう少し近未来的な感じなのかと」
「元はデスクとか置いてあったんだけど、なんかつまんないからって大神さん――前の班長が勝手にリフォームしたの。実際、デスクなんておいてても資料書いたりするのは班長とオペレーターだけだし」
「そういうものですか」
「まあ、私は書類系苦手だから大体愛菜に任せてるけど」
「勘弁してくださいよ。私は通常業務もあるんですから」
「え?巽さんいつ入ってきました?」
「今さっきですよ。はい、これを今日から携帯してくださいね。カードと制服、それと黒木さん専用の黒柩です」
「ありがとうございます」
「それで、班長。巽さん来ちゃいましたけど、この後は?」
「軽く自己紹介、その後は訓練室で黒柩の最終調整して、模擬戦。18時から特に何もなければ他の班との顔合わせかな?で、時間あれば私がご飯奢ってあげるぐらいはするけど」
「いいですね。いい居酒屋見つけたんですよー」
「え、愛菜には奢るとは言ってないけど」
「えええー!?贔屓ですか!?」
「ま、とりあえず。私は班長、鞍田若葉。一応、衛生兵なんだけど、まあ気にしないで」
先日、前線で戦っていた記憶があるのだが、衛生兵とはなんなのか。
「ちなみに私は、前に出ることになると思う。武器は太刀だから」
「そうなんだ」
「あれ?咲良、あなたいつの間に仲良くなったの?」
「またその質問ですか……」
「私はオペレーターの巽愛菜です。よろしくね、遊朱ちゃん」
「あ、はい。よろしくお願いします。黒木遊朱です」
「んじゃ。さっさと黒柩の最終チェックしようか。訓練室空いてるっけ?」
「たぶん防衛班のテストしてますけど、強引に割り込んできますね」
「いいんですか?」
「いいのよ。防衛班の数そろえてもLv.3以上の影獣には全く歯が立たないし、こっちの方が優先」
先に部屋を出た巽を追って遊朱たちも訓練室へと移動――する前に、ロッカールームで着替えをする。
「うんうん。可愛い」
「あの、このスカート短くないですか」
「見えたら見えた時よ」
「それは困るんですけど……」
「大丈夫、遊朱。似合ってる」
「そういう問題じゃないよ?」
「まあ、女子用のパンツもあるんだけどあんまり可愛くないんだよねー」
「え、班長の趣味で決まってたんですか?」
「え?知らなかったの?」
いつぞやのVR訓練室Aの前では愛菜が待機しており、中に入るように誘導する。
「さて、それでは私はオペレータールームの方に移動しますか?」
「その必要はない。春日井、頼めるか」
『了解です。それでは、20401C09“黒木遊朱”の黒柩、初期起動を開始します』
「相手は私がしよう。戦技教官、控井 水琴だ」
「特C班に配属されました、黒木遊朱と申します」
先ほど受け取った黒い八面体を握る。
前回同様に宙にほどけ、それなりの重さを持つ槍へと変わる。
「槍か」
『起動成功。活性度、96%!?』
「あの、活性度って?」
「ああ、適合率とも言うのだが。要はどこまで黒柩の能力を引き出せているか、という数値だ」
そういうと控井も黒柩を取り出す。それは短い剣の形へと変貌する。
『控井さん、活性度78%です』
「まあ、普通はこんなものだ。ルーキーにしては高すぎると言えるだろう」
「そうなの?」
遊朱が咲良たちの方に視線を向け、意見を求める。
「私でまだ70%ぐらいかな」
「96%というと村井教官並だわ」
「すぐに覚醒まで至りそうですね。澪さん、最高時活性度は?」
『102%ってところですね。既に条件は満たしてますからいつ覚醒してもおかしくありません』
「あの、えっと、“覚醒”とは?」
「覚醒とは、黒柩の活性度が高まり、より大きな力を出力できる状態に至ることだ。まあ、見てもらう方が速いか。このままでは、御嬢さんの相手をするには少々辛いしね」
持っていた短剣が宙に解け、控井の手に再び黒い八面体が戻る。
そして、それを握ったまま集中を開始する。
「―――いけるか?」
『はい、平均値も上昇、最高時活性度115%!』
「橙柩O-1型起動!」
黒い八面体に無数の罅が入り、その隙間からオレンジの強い光が漏れ出す。
控井の言葉と共に、外殻が完全に砕けたオレンジ色の八面体は、宙にほどけて8本の鎖へと変貌した。
「さて、かかってこい、ルーキー」
「胸をお借りします!」