#01-06 戦う意味とは
「それじゃあ、テストを開始します――愛菜、始めて」
『Lv.1――影狗でのシュミレーションを開始』
黒いドットが集まり、徐々に狗の形を形成していく。
「さて、どれほどの成績を出せるか見ものね」
槍を構えたまま、重心をおとす。
狗はこちらを警戒しながら唸るような動作を見せる、そして、こちらが槍を少し動かした瞬間に飛びかかってくる。
それほど大きい物ではないにしても、中型犬サイズはあるそれにこの勢いで体当たりされるとそれなりに危険だろう。
遊朱は、体を少し横にずらして、突撃を躱しつつ、その腹を容赦なく刺し貫いた。
『Lv.1活動限界。続きましてLv.1複数との戦闘、シュミレーション開始』
今度は5体。しかも囲まれた形でのスタート。
特に動揺することなく、今度は先手必勝。
5メートル強ある距離を一瞬で詰めると、勢いを乗せた横薙ぎで一匹を弾き飛ばす。
警戒して距離を取る3匹、それと背後へと飛びかかってくる1匹。
振り向きざまに石突で襲い掛かって来ていた一匹を突き飛ばすと、そのまま残りの3匹への距離を詰める。
同時にこちらへ襲いかかってきた2匹のうち一匹をすれ違いざまに突き殺すと、そのまま、待機していた一匹を貫く。
そして、躱されたことで体勢を崩している1匹に止めを刺す。
『一応、検査用のプログラムはこれで終了なのですが』
「まあ、十分でしょ。評価は?」
『体力A、攻撃A、防御C、精神A、敏捷A、器用B――能力評価55点、ランクB相当です』
「基礎身体能力が咲良より高い人間がいるなんてね」
『若葉さんも47点なんで人類が比にならない程度には強いですけどね』
「そうだっけ?ま、とりあえず、合格だよね」
「そうなんですか?」
「えっと、このまま身体測定?特殊戦闘班は制服が特注になるから」
『私が測りに行きますので更衣室でお待ちください』
「その後は、合格者だけに説明会とか、あとは保険の説明とか、誓約書とかいろいろだよね」
一部物騒な言葉が聞こえたが、これ以上は特に何かを試されるということもなさそうなので気を抜いても大丈夫だろう。
更衣室で服を脱いで待っていると、見覚えのある顔の女性が入ってきた。
確か、巽と呼ばれていたオペレータだ。
「お待たせしました。身長とスリーサイズ、それと足と手の大きさを測らせてもらいますね。あ、さっきまで着ていたものはこちらで洗っておくのでその辺に置いておいてください」
巽は手早く、遊朱のサイズを測り終えると、持っていた記録用紙に書きこんでいく。
「それでは、着替え終わり次第次の会場に案内しますね。ここからは、管理局の局員専用区画になるのでこの仮所属証を首から下げておいてください」
名前と“T332-SC”と書かれた札を遊朱に手渡す。
待たせても悪いので、速やかに着替えを済ませ、動きにくいからと縛っていた髪を解く。それほど長くはないのだが、集中するときには少し気になってしまうので括る様にしていてる。
「着替え終わりましたか?それでは次に行きましょう」
それほど離れていない大部屋に通される。
整然と並んだ机にはすでに半分ほどの人間が着席しているがやはり男子ばかり。
案内を終えた巽は既に書類を持って行ってしまったので、入口の所にいる局員に尋ねる。
「えっとですね。配属される班ごとに座ってもらってるんですけど、終わりの数字はなんですか?」
「数字ですか……?」
何度見てもSCとしか書いていない。
「まさか、あ、そうですよね。Sナンバーの方は一番前の好きな場所にお願いします」
誰もいない一番前の席に座らされて数分支部長補佐の男性が現れ、説明が始まった。
「――そもそも我々が戦う影獣とは、終末の因子です。明確な意思はありませんが、これの目的はただ一つ、この世界の崩壊にあります。ここ、東京ではワールドゲートが開かれているため他の都市よりも比較的強くこの現象が起きますし、発生頻度も高くなります。ご存知の方も多いかもしれませんが、影獣は5つのレベル分けがされており、その中で最も高いレベル――Lv.5“終焉”による被害は甚大なものです」
一息つくとモニターに大きく破壊された街の様子が映し出される。
「この画像は最近発生したLv.5事案の物です。一番上はNo.5-23双魚宮の試練。去年発生した首都浸水の原因がこれです。次に、No.5-24破砕する超新星、これによってゲート周辺に甚大な被害が出ましたが、活動停止目前にまで追い込みましたが、討伐には至っておりません。最後に、つい3か月ほど前のデータです。これはNo.5-25――鳴動する大地。本格的な活動を始める前に討伐することができましたが、その分局員への被害は非常に大きく、我々は特殊戦闘C班所属の6名、防衛班3名を失いました」
悔しそうな顔で、支部長補佐が言うと、それまで合格したことで浮かれていた空気が一気に冷え込んだ。
「一見お遊びのような仕事ですが、命にかかわるものです。皆さんも気を付けてください。私からは以上です」
支部長補佐が去った後、やってきた事務員が資料を配布し、淡々とその説明を行う。
すべて合わせても30分ほどだったが、他の人間の顔は晴れない。
終っても、なにやら静寂を破ってはいけないような雰囲気がある。
ただ、ここでぼーっと座っているほど暇ではなく、遊朱は椅子を引いて立ち上がる。
廊下へ出ると局員たちが慌ただしく駆けて行く。
何かあったのかと局員たちの会話を盗み聞きしたところ、大阪でLv.3級の影獣が発生したらしく補佐として何人か向かうらしい。
なお、大阪にもワールドゲートは開かれているので、移動時間はほとんどかからない。
「特A班出るぞ!」
「うーす」
「Lv.3ぐらいならむこうだけでなんとかならないんすか?」
「あっちはまだゲート開いたばっかで不安定だからな色々と。人が足りてないんだよ」
見たことがある人たちが走っていくのを見送り、遊朱もそれに続いて廊下を進み出口へ向かう。
これから始まる死闘を予期して、口元に笑みを浮かべながら遊朱は家路についた。