#01-05 春の日
「遊朱――――!」
大学の入学式の日。玄関を出た遊朱は、親友・紘菜の体当たりを受けた。
「どうしたの、紘奈」
「どうしたのじゃないよ!ゲートで別れてから電話しても出ないし、家に行ってもいないし!」
「あ、言ってなかったね。しばらくお祖父ちゃんの所にいってたの」
「そうだったんだ。でも、それならそうと言ってくれればいいのに!」
「はは、でも遊朱が無事でよかったよ」
「ありがとう、和生。紘菜も、ごめんね。心配かけて」
「まったくもう……」
「紘菜は旅行の間も遊朱の事が心配で気が気でなかったもんね」
「そうよ!―――え?いや、うん。えっと」
「大丈夫だよ。ちょっと、管理局で精密検査とかしたけど、ほら、旅行費用はなんか返ってきたし」
「そういう問題じゃないのよ!?」
「とりあえず、そろそろ放してあげたら?」
ずっと抱き着いている紘菜に遊朱を放すように促す和生。
「あ、ほら。紘菜。早くいかないと遅れちゃうよ」
「え?もうそんな時間?嘘!?」
「まあ、遊朱に無言で抱き着いてた時間が5分ぐらいあったからね」
「和生、もっと早く止めてよ!」
「なんか幸せそうだったから……」
目的地である天陵大学までは最寄りのバス停から10分ほどバスに乗った先にある。
自転車でも十分いける距離だが今日ばかりはその格好を考慮してバスに乗る3人。
附属高校と言えども、内部推薦の壁はかなり高く、第一、第二高校合わせても50にもいないらしい。
この春から遊朱は工学部、和生は法学部、紘奈は教育学部にそれぞれ進むことになっている。紘菜としては遊朱を工学部に進ませるのが不安で仕方がないようだが。
「まあ、キャンパスは同じなんだから。大学まで行ってずっと一緒ってのも難しいだろ?それぞれやりたいことは違うんだし」
「そうだけど、工学部なんて男子ばっかりでしょ!?」
「うーん、まあ、うちはそうでもない気がするけど」
結局、説得はバスを降り、正門を潜るまで終わることはなかった。
終ったというよりも一時中断と言った方が正しいのかもしれないが、そこからは人の流れに従って遊朱たちも講堂へと入っていく。
「これが終わったら、サークル勧誘が始まるらしいね。出口のところで先輩たちが待ち構えてるみたい」
「そうなんだー」
「うーん……サークルとか特に考えてなかったけど、どこか入った方がいいのかしら?」
「まあ、あとで今日決めなくても今度ゆっくり見て回ればいいよ」
「そうよね。そういえば、今日この後ご飯食べに行かない?遊朱は空いてる?」
「あ、ごめん。今日は面接で」
2人が固まる。
「え?ついに、女優として事務所に入るの?ダメよ、遊朱。まだ早いわよ」
「いや、そうじゃなくて……っていうか、早いかな?」
「あれじゃない?歌手デビューとか」
「それだ!」
「それだ、じゃなくて。2人とも私を何だと思ってるの?」
「「黒木玄の愛娘」」
「うーん……オーディション関係じゃなくて、ちょっと普通に働いてみようかなって」
「アルバイト?」
「まあ、そんなかんじ?」
何故か目線を逸らしながら言う遊朱をあからさまに怪しむ2人。
「えっと、それは本当に合法な仕事?」
「合法だよ?」
「じゃあ、いいんだけど……んー……なんだかもやもやする」
「とりあえず、テレビ出る時は言ってね。録画するから」
「そうそう。その時はちゃんと教えてね!まあ、そんなことしなくても小父様が教えてくれると思うけど」
「テレビには出ないと思うよ。お父様がうるさいし……」
式と言ってもほとんど形だけの物。重要な中身の方はすでに事前の説明会で済んでいる。
1時間ほどで終えて、人の波に流されながら講堂を出ると、和生が言った通り、先輩方が看板やらチラシやらを持って待ち構えていた。
遊朱の所にも勧誘は殺到するが、両脇を固める保護者2名の目力に負けて近づいてきてもその勢いはかなり落ちている。
「えっと、ゲートの方に行くには……家を一度通り過ぎるんだっけ」
「そうだけど、遊朱。駅前の方じゃなくて、ゲートの方の街でバイトするの?そっちは、前みたいに影獣が出るから危ないわよ?」
「大丈夫だよ、ちゃんと管理局さんが働いてくれてるし」
「去年のLv.5発生でかなり人手不足って聞いたけど」
「今補充してるらしいから大丈夫だよ」
「そんな情報どこで仕入れてきたの?」
「え?あれ、どこだったかな……この前管理局に行ったときに聞いたのかも」
「まあ、遊朱ならドジはしないと思うけど、気を付けてね。あ、バスが来た」
遊朱たちの後ろに並んでいる人間は多い。
この中のほとんどが、ゲート前の街を目的としているのだろう。
そういう理由もあって、途中で降りる紘菜たちを考慮し、前の方に詰める。
「そういえば矢田君たちは?」
「どっかに居たんだろうけど、見なかったね」
「アレは仲良い先輩が多かったからもうサークルの方に交じってるんじゃないの?」
遊朱たちの家からほど近い停留所で止まり、降りる二人に手を振る。
このバスの終点である“東京ワールドゲート前”まではあと5分ほどでつく。
遊朱の目的地は、ワールドゲートの併設する“九界教会管理局20401支部”。紘菜や和生に言えば確実に止められるので言わなかったが、今日は入局適性の試験を受けに行くつもりだった。
実は、学生たちにとってはかなりおいしい副業である管理局。
それなりの危険は伴うが、正直な話、通常の防衛班はほとんど戦闘をしないので特殊戦闘班にでも入らない限りは、死に至るようなレベルでの被害はないと考えられる。
また、Lv.1程度の影獣では寄って集れば、黒柩を使わずとも、その劣化量産型である灰柩でも十分に叩ける。
しかし、特殊戦闘班が人気がないのかというとそれも否である。
見栄えの良さや、危険手当による給与の高さにより一定の人気があるが、しかし、黒柩への適性がなければなることはできないという高すぎるハードルがある。
「9割男子かー……やっぱり女の子は来ないよね」
エントリーシートを受け付けに提出し、受験票のようなものを受け取って遊朱は奥へと進む。
1時間の筆記試験と、黒柩に対しての適性検査、それに身体能力の検査。
大部屋で100人程と一緒に筆記試験を受け、番号が呼ばれるのを待って適性検査へ向かう。
肩を落として出てくる受験者たちを見送りながら、係員に受験票を渡すと、
「332番――黒木遊朱さんですね」
「はい、そうです」
「適性検査は不要となっていますが、一応受けて行かれますか?」
どういう事か免除されているようだ。先日の一件によるものだろうが。
「じゃあ、一応」
「わかりました。こちら、最新機のC-6型です。一応の合格ラインは30%ですが、特殊戦闘班としての配属は適合率60%以上となります」
「わかりました」
黒い八面体。それを握ると、以前と同じように体中に力が力が漲るような感覚。
これが黒柩による身体能力の強化という奴なのだろうか。
「えっと、適合率が……96%!?」
周囲にいる人間がすべてざわめき始める。
「もう終わりでいいんでしょうか?」
「あ、はい。それでは……VR訓練室Aの方で身体能力検査――というよりも戦闘能力検査を行いますので移動をお願いします。あ、筆記試験の結果は満点でした。ここまで全項目合格となります」
「ありがとうございます」
壁に貼られた矢印に従って訓練室へ移動。
隣のBはかなり並んでいるが、こちらは空いている。
「やっぱり来たわね」
扉を開くと真っ先に掛けられた言葉がそれだった。
「お久しぶりです、班長さん。お体の調子は?」
「え?怪我……ああ、全然大丈夫よ?さて、受験票を貰うわね、お嬢さん」
「お嬢さんはやめてください」
受験票を渡しながら、遊朱がむくれる。
「あっはは、ごめんごめん。じゃあ、改めて。試験官の鞍田です。この試験に合格すれば、私の特C班に配属になるからよろしくね」
「えっと、それで実技試験とは何を?私、今日スーツなんですけど」
「あー……入学式の帰りにそのまま来たのね。えっと、私のジャージ……は大きいか。ちょっと待ってて」
「あ、はい」
奥の扉に入って数分で戻ってくる。
「Tシャツと咲良のハーフパンツがあったからこれ着なさい。そのままじゃ、流石に動けないでしょう?」
「ありがとうございます。というか、いいんですか勝手に借りてしまって」
「あ、大丈夫よ許可は取ったから。あまりにも特殊戦闘班の適正ある人間が出ないから、動き回る必要があるって書いてないのよね、募集要項に。私の出てきたところが女子更衣室だから、自由に使って」
女子更衣室のロッカーに鞄を入れ、ラックに掛かっていたハンガーを拝借しスーツを吊るす。
個人のロッカーはここにはないようで、元々自由に使える物なので鍵を掛ける。
「さて、あ……靴か」
着替え終わった遊朱の姿を見て鞍田が呟く。
「構いませんよ。裸足の方が動けるので」
「じゃあいいけど……その生脚は凄まじい破壊力ね。男共がいなくてよかった」
「?」
首をかしげる遊朱に、鞍田がため息をつきながら透明の八面体を手渡す。
「それはT-1型の黒柩なんだけど、まあ、早い話がテスト用。特に能力とかはなくて、ただ形が変わるだけだから」
「わかりました」
早速槍の形に変形させる。
「それで、今から仮想の敵と戦ってもらうことになります。あなたは大丈夫だと思うけれど、無理して勝つ必要もないからその点だけ頭に入れておいてね」
「わかりました」