#01-03 黒い姫
黒い制服の上着を借りた遊朱は、咲良と呼ばれていた少女に連れられて、転移パネル(魔法と科学の双方の技術を生かして作られた常設型の転移装置)から九界境界管理局§20401支部へと移動した。なお、支部の番号は最初の数字は世界番号、続く二桁が国番号、次の二桁は都市番号を表すようだ。
ここでは取り調べと身体検査などをされるらしい。が、遊朱は特に気にした様子もなく物珍しそうに館内を眺めていた。
「まずはこっちのシャワーを使ってください。私はその間に着替えを取ってきます」
「すいません。ありがとうございます。それと、お手間ついでに一つお願いしてもいいですか?」
「なんですか?」
「友人たちと旅行に行く予定だったんですけど、どうやら行けそうにもありませんので、伝言だけお願いしてもいいでしょうか」
「わかりました。巽さんあたりに頼んでおきますので、ご友人の名前を伺っても?」
紘菜の名前をつげてお願いをしたあと、シャワーを浴びた。あの血のようなものはすでに消滅したようで、体にベタつきなどは残っていないが、何となく残っているような気がしてしっかりと体を洗った。
シャワーの湯を止め、水を少し払うと動きを止めた。
「そういえばタオルもないね……鞄のなかにあったかな?」
しかし、キャリーバックも念のため終末因子の影響がないか調べるらしく持っていかれてしまっている。
「すいません、お待たせしました」
どうしようか考えていると先程の局員(恐らく同い年)が走ってやって来た。
「ありがとうございます」
すぐに、体を拭い、新しい下着と検査衣を身につける。
「サイズ適当に持ってきたんですが大丈夫ですか?」
「……ブラが少し大きいです」
「……ごめんなさい」
「まあ、なくてもいいですけど。透けてないですよね?」
「はい。それは大丈夫ですけど」
用意されたサンダルを履き立ち上がる。
「それで、どうすれば?」
「健康診断だと思ってくれればいいかと。脳波測定と血液検査はしますが。あ、全て終わるまで私が付き添いますので」
「わかりました。よろしくお願いします、えっと……」
「九界境界管理局20401支部特殊戦闘C班所属、白水咲良です」
「長い肩書きですね……あ、黒木遊朱といいます。所属は……そうですね、今月中は天陵大学附属第二高校ですかね。来月からは同大学の工学部異界物質学科に進学予定です」
「じゃあ、私と同い年ですね」
「そうなんですか?」
お堅い人間かと思っていたが、こちらに笑いかけてくれる笑顔は可愛く、根拠はないが仲良くできそうな気がした。
「それに、私も同じ学科ですよ」
「そうなんですか。偶然ですね」
微笑みを返しながら、廊下を進む。
その後、各種検査を受ける。
普通の健康診断のような物から、見慣れない機械を用いた謎の検査まで一通りこなしたが、特に異常は見られなかったようで。
「はい、これで終わりです。ありがとうございました」
「こちらこそ、お忙しいところ長々と付き合わせてしまいまして」
「いえ、こんな職種なもので他の局員は男性が多くてですね……さすがにこれは任せるわけにはいけませんし」
「そうですね……私も男性相手だとこの格好は少し問題あるでしょうし」
検査衣から覗く白い遊朱の体は扇情的で、男性には目に毒だろうと、同性の咲良ですら納得する。
「一応、保護者の方に連絡はさせていただきましたのですぐにお迎えがくるかと」
「ありがとうございます。それで、私の荷物はどうなりましたか?」
「あ、えっと、待ってくださいね」
無線で誰かと話した後、すぐに返答を寄越す。
「今こちらに持ってきています。特に異常はなかったようです」
「そうですか、あの中に一通り着替えが入っているのでよかったです」
「そういえば、旅行に行かれる前だったんですね。巻き込んでしまって申し訳ありません」
「いえ、私が勝手に首を突っ込んだのがわるいんですから。本物の影の獣を見たのは初めてだったので少し興奮してしまいまして、お恥ずかしい限りです」
本当に恥ずかしそうに頬を染める遊朱だが、普通の女性ならばその反応はおかしいのでは、ということに咲良は気づいていない。
「尋常ならざる戦闘センスだったと班長が言ってましたけど、何か武道などされてらしたんですか?Lv.2単独討伐なんて正直私でも厳しいのですけど」
「祖父に少し護身術代わり教わりまして。あれは班長さん?の攻撃で結構弱ってましたから……」
護身術代わりに槍術を教える、という遊朱の祖父の常識はずれさにはさすがの咲良でも違和感を覚えたが、深く追求するのが怖いのでとりあえず流す。
「白水さん、保護者の方が到着されたようなのでお連れしました。それと、黒木さんの荷物ももってきました」
「ありがとうございます、巽さん。どうぞ、お入りください」
現在、遊朱がいる応接室の扉がノックされ、咲良が応えると、扉が開き遊朱にとって見知った顔が現れた。
「お父様!お仕事はどうしたんです?」
「可愛い遊朱が管理局の戦闘に巻き込まれたと聞いて飛んできたんだ。大丈夫、仕事は荒木と渡辺にフォローを頼んできたから!」
「あの、お父様。主演俳優が不在で、助演の俳優さんにフォローを頼んだところでどうにもなりませんよ?恐らく、すぐに撮影が止まると思われますが」
「白水さん!見て見て、俳優の黒木玄よ!こんなところで会えるなんて!」
「巽さん、ちょっとはしゃき過ぎじゃありませんか?」
「あー、仕事中じゃなかったらサインもらうのになぁ」
「仕事中ですから我慢してください。すいません、黒木さん。荷物の方確認お願いします」
「わかりました。あと、着替えるのでお父様は外にお願いします」
「うーん、父親としてはここで愛娘の成長を確めて起きたい気もするけど」
「何を変態みたいなことをいってるんですか。お母様に言いつけますよ」
「外で待ってるよ。ああ、巽さんと仰有いましたか、サインいいですよ。どうせ、遊朱の着替えが終わるまで時間がありますから」
「ほんとですかー!?ありがとうございます!実は色紙とペン持ってるんですよ」
「……えっと、なぜ?」
「実は先輩が移動するで寄せ書きをと思ったんですけど、書いてくれる人が思い付かなくてですね」
「そ、そうですか」
営業スマイルで動揺する父が外に出たのを確認して、荷物を開く。
「……うん、たぶん、全部あると思いますよ」
「わかりました。それでは私も!?」
部屋を出ようとした咲良だが、すでに着替えを始めていた遊朱を見て大きく動揺する。
「え、え、あの、私いるんですけど」
「別に今更気にしませんよ、同性ですし。それに、シャワーの後全部みられてた気がしますが」
そういいながら下着を身につける遊朱。
「さて、どっちの服にしましょうか」
「その姿で迷わないでください……」
「赤のワンピースと青のブラウスどっちがいいと思いますか」
「…………赤で」
「じゃあ、次はベルトですけど……」
こちらの声が届いていないことと、答えなければ先に進まないと判断したため選択をして行く。
ただ、途中からきせかえをしてる気分になって楽しくなってきていたのは言わないでおく。
「さ、着替え終わりましたよ、お父様。帰りましょうか」
「今日は早かったね。うん、可愛い」
「それはいいのですが、お父様、車ですか?」
「勿論」
「よかった。それでは、白水さん、巽さん、お世話になりました。またお会いしましょう」
そう告げると去っていく遊朱の後ろ姿を、なにも返せず見送る二人だった。