#01-02 黒の洗礼
「鞍田班長!まるで効いている様子がありませんが!」
「絶妙に柔らかいせいで打撃が通らないの!」
Lv.1のほとんど実体のない狗ならば打撃のみで爆散させることもできるが、しかし、半端に実体のあるこいつは苦手としていた。
今は非戦闘員が後ろにいる下がるわけにはいかない。
「鞍田班長!右です!」
「くっ!?あっ!?」
強力な打撃に吹き飛ばされ、隔壁に体を打ち付けられる。
肺の中の空気が全て吐き出されるような思いがした。一瞬気を抜いた自分が悪いのだが、腹が立つ。
『若葉さん、被ダメージ量が限界値の80%を超えました!撤退を!』
「この状況でできると思ってるの!?咲良は!?」
『今から向かいます!』
『若葉さん!適合率急低下、間もなく黒柩展開終了します!』
「ダメージのせいか!くそっ!自分の能力は自分に使えないなんてね!」
「鞍田班長、下がってください!私がなんと、うおっ!?」
銃を構えてた男が突進で吹き飛ばされる。
『こちら、泉堂だ!鞍田!生きてるか!』
「お陰さまで死にそうよ!あー、もう!黒柩も解除された!」
『まずいな。だが、Lv.2を潰さなければLv.1が片付かなくてなっ!』
「あーあ、班長になったは良いけど、今のところあんまり見せ場ないのよね、っと」
ふらつきながら立ち上がる鞍田。
口元を拭うと、前を見据える。
「どうするんですか?」
「囮ぐらいならできるでしょう」
「それなら私がやりましょうか?」
「喧嘩もしたこともないようなお嬢さんに任せるのはな」
ははは、と遊朱を見て力なく笑う。
確かに、遊朱の見た目はとても強そうには見えないだろう。運動神経が悪そうなほどではないが、あまり期待はできないように思える。
しかし、事実とは違う。
遊朱は瓦礫の中から手頃なサイズの礫を拾うと、黒い獣に向けて投げつけた。
「ちょっ、何やってるの!?」
「お気になさらず。少し、そこで休んでいてくださいな。あ、これお借りしますね」
「待ちなさい、止めなさい!」
鞍田が取り落とした黒柩を拾い上げる遊朱。
動きの鈍い手を延ばして阻もうとするがそれもできず。
「さて、さて、私がお相手致しましょう」
『若葉さん!?適合率再上昇してますが、なにが!?』
「私じゃない!咲良、急いで!」
『すいません、邪魔がっ!入りましたっ』
「あなた!良いから私に任せなさい!」
「そんなふらふらの人に任せられるような状況ではないですよ 」
黒柩を強く握る。
するとそれは空に溶け、次の瞬間には確かな重みのある黒い槍へと変貌していた。
「槍……わかってるじゃないですか」
『適合率78%!何が起きてるんですか!?』
「非戦闘員に私の黒柩を取られて、ね」
『戦闘訓練を受けていないものに扱える様な代物ではありませんよ!?すぐ止めてください!』
「でもさあ、さっきから悉く攻撃避けてるんだ……」
「こっちですよー」
槍で床を叩き気を引く。
襲いかかる瞬撃も適切に回避し、すでにこちらとの距離を多く取っている。
「そろそろ、私からも行きますね」
『白水、間もなく合流します!』
「急いで!咲良!」
「貴方の弱点は、ここですね」
撃ち出された高速の突きは獣の腕をすり抜け、胸へと突き刺さる。
ぐおう、と唸る獣に気を止めることもなく、槍を引き抜き、獣から吹き出した黒い飛沫を浴びながら構える。
しかし、獣もこれで動きを止める事はなく遊朱の立つ場所に向けて、まだ自由に動く方の腕を振り下ろした。
「しまっ……避けろ!」
「大丈夫ですよ」
バックステップ1つでそれをかわすとその腕を足場に肩へと上がり、大きく跳躍。
全体重をのせた一撃で獣の頭を地面に縫い付けた。
「お粗末様です」
槍を引き抜いた後、遊朱は一礼すると、宙にほどけつつある黒い獣の上からぴょんと、飛び降りる。
「班長!何が!?……班長が倒したんですか?」
「いえ、それがそうじゃなくて」
困惑する鞍田と、やっと合流した咲良と呼ばれていた少女もまた困惑する。
『Lv.2の反応消滅。A班の皆さんは残党の処理をお願いします!……若葉さん、どういう状況ですか!?』
「ちょっとまって!あなた、大丈夫?怪我してない!?」
「えっと、そうですねー」
自分の体を見回す。
「怪我はしてないと思いますけど、この血ですか?これだいぶ浴びちゃったんですけど大丈夫ですかね」
「……体を構成するのに使った残り滓だから生命を廃するほどの力は残ってないけど、あなたの服とかはおそらくダメかと」
「咲良、真面目に応えてる場合?」
「あー、確かに破れてきてますね。これが終末因子による崩壊現象というやつですか」
ぱさり、と音をたてて遊朱が身に付けていた上着とキャミソールが地面に落ちる。
控えめな胸を包むブラジャーも同じように綻び始めている。
「この下着もお気に入りだったんですけどね……」
「えっと、私の上着貸すので着ててください」
「ありがと、えっと、局員さん。あ、これお返ししますね」
槍を元の八面体へと戻し、上着を掛けた咲良に手渡す。
「これ、鞍田さんのですよね?」
「ええ、ちょっと借りられてたのよ」
「おうい、鞍田。大丈夫か?」
「泉堂!遅い!役立たず!」
「いやいや、俺らも一応仕事はしてたんだが?で、このお嬢ちゃんは?」
「ただの非戦闘員ですよ」
微笑みながら遊朱が告げる。