#01-01 異界への扉
多くの人が行き交うここでは、外見が人ならざる物が居ることもある。
しかし、それに驚くほどでもない。この世界は既に開かれているのだから。
そして、この場所こそが、その交流の中心。世界と世界が重なる場所。
ワールドゲートと呼ばれる場所は今日も平行世界へと渡る人間でごった返していた。
そんな中を歩く少女は、数日分の荷物のはいったキャリーケースを引きながら、友人たちとの待ち合わせ場所へと向かっていた。
「もう、遅いよ!遊朱!」
「ごめんごめん、紘菜。矢田君たちもごめんね」
「いいんだよ、黒木さん。別に時間はまだまだ余裕だしね」
「矢田は遊朱に甘すぎるの!」
「それを言うなら、佐々川さんだって、ずっと『事故に遭ってないかな、ねえ』とかって心配してたじゃないか」
「なっ!?き、気のせいよ! 」
にやり、と笑いながら矢田が視線を送ると少女――佐々川紘菜は顔を真っ赤に染めた。
「ありがとね、紘菜」
「むむむ、遊朱が無事ならそれでいいのよ!」
「素直じゃないねぇ、紘菜」
「和生、うるさい」
「和生、なんでこんなのと付き合ってんの?黒木さんの事しか頭にないんだよ?基本」
「幼馴染みとしては、遊朱も紘菜も好きなんだけど。保護者的な意味で遊朱とは付き合えなくて」
「どんな理由だよ、全く」
「たとえ、矢田でも遊朱に手出したらぶっ殺すってことだよ」
「お、おう、その目やめろ」
にこにこ笑顔の平坂和生の目が一瞬、影を帯びる。
「というか、そんなに心配なら迎えにいけばいいのに。お前ら二人一緒に来たじゃん?そのついでに黒木さんも拾えばよかったのに。どうせ家近いんだろ?」
「なんか、僕らが付き合いだしてから遊朱はたまに二人きりの時間を作ってくれようとするんだよね。うん、そういうとこも可愛いよね」
「まったくだわ」
「なんの話?」
頷く保護者二人と当の本人は聞こえてなかったらしく首をかしげている。
「……お前らマジでなんなの?というか、黒木さん普通に賢いし、運動できるし、そこまで過保護にならなくてもよくない?」
「まあ、そういうことじゃないんだよな……おっと、そろそろゲートにいこうか。所持品チェックとか受けなきゃだし」
「そうだな、行くぞー」
矢田に続いて数人がゲートへと向かっていく。
本日は高校の卒業旅行。黒木遊朱を含むグループは旅行の行き先として、第6世界――レスクリービアを選んだ。
自らの過ごす世界とはまるで異なる文化を持つその世界に胸を踊らせながら、所持品検査のゲートへ並ぶ。
「ねえ、紘菜。私も魔法、使えるかな」
「うーん、あれは才能的な物が結構重要って読んだわよ?たまに私たちの世界出身でも使える人はいるみたいだけど」
「そうなんだ。詳しいんだね」
「はは、紘菜も魔法使ってみたくて調べたんだもんね」
「か、和生!」
再び、顔を真っ赤にして怒る紘菜とそれをからかって笑う和生。その二人の幼馴染みを眺めながら、遊朱もまた笑う。
いつまでもこの二人に護られている訳にはいかないが、あと数年はこのままでもいいかと思っていた。
前で所持品の検査を受ける紘菜を見ていると、ふと遊朱の目に留まった物があった。
「……黒い犬?」
初めは見間違いかと思ったが、たしかにそこにそれはあり、こちら側に走り抜けていった。
思わず目でそれを追った瞬間、壁に取り付けられた赤いランプが光り、危機を示すサイレンが鳴り響いた。
「何!?」
焦る紘菜。
すぐにこちらを確認してくれるが、それを分かつ物が。
ゲートを閉じる隔壁が降り始める。
「遊朱!遊朱!早くこっちに」
「え?いや、さすがにもう厳しいかも」
隔壁の降りる速度は思っていたよりも早く、既に半分は降りている。
「そんな!あなた細いんだからいけるわよ!」
「紘菜こそ、危ないからもうこっちに手伸ばしちゃダメだよ」
「遊朱!遊朱ー!」
「紘菜!大丈夫だから!一回離れよう!」
和生が紘菜を引き離し、そして、隔壁は下りきった。
「さて、と。どうしたらいいのかな」
こちら側に取り残された人は多いが、人の流れは起きない。
この分では、出入り口も封鎖されているのだろう。恐らく、この中はあの黒い犬を封じ込めるための檻となった。
この障壁は霊的な物も防ぐ特殊加工。この向こうにいる紘菜は無事だろう。
周りの人間たちが無様に喚く様子を見ていると、こちらは焦る気持ちもわかなくなってくるというもので。
騒ぎを沈めるべく右往左往している灰色の制服の人間に話しかける。
「すいません、局員さん。とりあえずどこへ避難すればいいですか」
「え?あ、はい。このまま、北の通路の奥に行って貰えれば、緊急時用のシェルターがありますからそちらの方に」
「ですって、皆さん」
遊朱が振り向いてそういうと、人々は一気に移動を始める。
「……ご協力感謝します」
「いえいえ、それじゃあ、私も避難を……あれ?」
先程駆けていった人の塊が半分ほどの大きさになって南へ走っていく。
「どうやら北シェルターが埋まったみたいですね」
「今から行って間に合いますかね」
「少々難しいのではないかと……お嬢さんは私がお守りしますのでできるだけ離れないようにお願いします」
「そうですか、それではお願いします」
人の姿がほとんどなくなったこの空間には自分と灰色の制服を着た人間しかいなかったが、前方より黒い制服を着た女性がやって来ると隣の局員に話しかけた。
「特C班班長、鞍田です。状況は?」
「非戦闘員の避難なのですが、若干手間取っておりまして」
「シェルターが足りないのね?」
「はい」
「影獣の数的に私たちだけじゃカバーしきれないわ。できるだけ一所に集めて」
「はい。わかりました」
「あの、」
「何?どうしたの?」
真剣な顔で話をする二人の会話に割り込む。
「あちらに大きな御狗様が」
「まさか!?A班!どうなってる!?」
『こちら泉堂。すまん、逃がした』
『白水です。敵はLv.2の元へと向かっています』
「愛菜!」
『咲良さんのところからそちらに合流するまでおよそ95秒です!咲良さんは可能な限り数を減らしながら、若葉さんはLv.2の討伐をお任せします』
「私、戦闘系じゃないから期待しないでね」
黒い制服の女の手の上の黒い八面体が空にほどけ、両手首に腕輪として再構成されるのを見た。
知識としては知っていたが、はじめて生で目にする。
「1班班長。あなた、黒?」
「それができるなら1班になんていませんよ。灰ですが、援護します!」
いつのまにか握っていた銃を巨大な狼へ向け撃ち出す。
「お嬢さんは私の後ろに!」
「あ、はい」
移動はするが、興味は前方の戦闘に魅せられたまま。
鞍田と名乗った女性は吼えながら、巨大な前足を繰り出す黒い獣の攻撃をかわしながら、腹の下へと潜り込み、打撃を放った。
「おらあああ!」
ぐおう、と音を漏らしながら狼がよろめく。
だが、まだまだ弱った様子はない。
「ちっ、やっぱり打撃だけじゃきついか!援護!」
「はい!」
灰色の銃から打ち出された弾は眼のような器官に命中する。
「ダメですね……」
「咲良、どれぐらいかかる!?」
『隊長の馬鹿力で倒せませんか』
「誰が馬鹿力か。非戦闘員がいるところであまり大きな技は使えないの」
『もう少しかかりそうです。耐えてください』
「了解」
再び構え直し、前に向き直る。
「さーて、お姉さんと遊びましょうか」
真っ直ぐに走り、その鼻面に渾身の拳を叩き込んだ。