#01-13 赤鬼の因子
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背後には本部の建物があるが、それ以外には白の世界と黒い点があるだけの世界。
十を超えるLv.2ともはや数えるのが馬鹿らしくなるぐらいのLv.1が遊朱の眼前に広がっていた。
「あはは、これはちょっと壮大な風景だね」
「……いやこれはヤバいと思いますよ」
遊朱のテンションはいつもと変わらなかったが、真琴は頬を引きつらせていた。
「今日はちょっと少な目かな?」
「そうですねー」
「これで少ないんですか?」
「愛菜?準備は?」
『はい、こちらも観測開始しています。皆さん、危なくなったら結界の中に逃げ込んでくださいね?』
「じゃあ、開始。1時間で退くからね」
「いこう、咲良」
「あ、待って。こら、遊朱!」
若葉からの許可が出たため遊朱が勢いよく走り出した。
黒い狗の群れに飛び込んだと思うと、槍を振るい数十の狗を塵へと還した。
「あははは、なんかこういうの楽しいね?」
「遊朱、楽しいのはわかるんだけどもう少し落ち着いて?」
遊朱に素早く追いついてスパスパと切り伏せて数を減らしている咲良。
「ちょっと、お二人とも、僕を置いていかないでください!というか、この状況で笑ってられるってどういう神経してるんですか!?」
そうは言いつつも、真琴も着実に数を削っていた。
「おお、今回の新人は優秀ね?」
「……ちょっと優秀すぎません?特に若葉さんのとこの2人」
「まあ、単純な数字だけ見れば都賀班長とそう変わりないぐらいには強いから……」
「それって私よりも強いってことだよね?」
微妙な顔で小恋が前方で無双している3人を見つめる。
「まあ、圧倒的に経験が足りないんだけど……その経験を今荒稼ぎしてるのよね」
「これはまずいですよ。すぐ抜かされちゃいます」
「というか遊朱に関しては才能――適合率が尋常じゃないぐらい高いから」
「そうなんです?」
「愛菜」
『遊朱ちゃんが106%、咲良ちゃんが92%、真琴ちゃんが68%ですね』
「うわ、通常時でそんな数字って出るんですか……下手したら控井さんとかより高いですよね?」
「控井さんは覚醒組の中では弱い方だからね」
「そうでしたっけ?」
「本気の私がギリギリ勝てないぐらいには強いかな?」
「いつの間にそんな勝負やってたんですか?というか衛生兵……」
「うーん、今ので100ぐらいかな?」
「数えてたんですか?」
「数えてはないけど……あ、愛菜さん、わかります?」
『136ですね』
「すごい、数えてたんですか……」
「私は今80ぐらいだかからまだまだね」
「咲良さん、張り合わなくていいですから」
「そうだよー。私は槍だからリーチ長いし、振り回しとけば結構巻き込めるけど、咲良は太刀でしょ?」
「でも、もう少し削りたいな」
「というか……体が火照って熱いから脱ぎたいんですけど」
『ダメよー。危ないから』
「わかってますよー……あれ?愛菜さん16秒後に見たことないぐらい大きいやつが出そうなんですが」
『え?あれ?――若葉さん!前川さん!』
後方にいたLv.2のうち一体が他のLv.2を喰らっていた。
そして、遊朱が予知した通り16秒後に、そのLv.2の体が突然膨れ上がる。
その瞬間、警報音が鳴る。
『緊急事態!――Lv.3の出現です。こちら、20401CO1、巽愛菜です。現在本部西250m地点にて――』
愛菜の声で何か言っているのが聞こえるが、遊朱の頭の中はすでに戦うことで埋め尽くされていた。
咲良の制止も、若葉の声も無視して、巨大な獣の元へと駆けた。
途中に群れる狗たちを容赦なく引き裂き、まだこちらを警戒していない大きな影へと槍の一撃を放った。
今までのものと違い、ぐじゅりと肉を引き裂く感覚が伝わってくる。
だが、まるで効いている様子はない。獣は遊朱を適当に払いのけると、周囲の狗たちを捕食し始めた。
「ぐっ!?」
吹き飛ばされ、地面を転げる遊朱の元へ咲良が追いつく。
「遊朱!」
「あー、ダメか」
『遊朱!命令違反よ!』
「ごめんなさい、若葉さん」
『謝ったから許すけど『許していいんですか?!』――もうやめてね、心臓に悪いから』
「はい」
「立てる?遊朱」
咲良の手を借りて起き上がる。
地面に勢いよく打ち付けられたので全身が痛いが、体は動く。
「咲良」
「どうしたの?」
「あれ、どうやって殺すの?」
「何度もダメージを与えて削り殺すしかないみたい。明確な弱点はなくって」
「なるほど……」
周囲を見渡すと、Lv.1の姿がほとんどなくなっているのに気づいた。
「ずいぶん減ったね」
「あれがすごい勢いで捕食しているから」
「あはは……ああやってLv.3に至るんですね。びっくりです」
「真琴ちゃん、」
「咲良さん、遊朱さん、鞍田隊長たちと合流しましょう。3人でアレを削り切るのは無理です」
「仕方ないか……」
逃亡防止に咲良に手を引かれながら若葉の元へと戻った遊朱は、若葉に頬を叩かれた。
「いっ……」
「あまり無謀な行動はしないで――もう、死なせたくないの」
「……ごめんなさい」
「……叩いてごめんね。すぐ回復するから」
そういって若葉は遊朱を抱きしめた。
『Lv.3こちらに攻めてきそうですか?』
「今はまだ捕食してますね。もう終わりそうですけど。巽さん、本部に戦力は?」
『どうやら少ないようですね。正直、C以上の戦力は見込めないかと』
「……実質、我々だけで削るしかなさそうですね。どうします?」
「――え?ああ、何の話だっけ?」
ずっと遊朱を抱きしめて治療していた若葉が小恋の呼びかけに振り向く。
「だから、あれどうやって殺しますか?」
「それはもう総攻撃しかないんじゃない?」
「……火力足りますか?」
「やるしかないんでしょ?それとも、小恋が今から覚醒してくれる?」
「無理ですけど……」
『いま、控井さんを派遣してくれるように頼みました。あの人一応戦技教官なんで来るまでにすごい時間かかりますけど。それと都賀班長にもお願いしました』
「流石愛菜……とりあえず、敵を抑えましょう。全員、攻撃耐性。遊朱は、相手の行動でおかしなところがあったらすぐ報告を」
「了解」
「遊朱、もう大丈夫?」
「うん。ごめんね、咲良。暴走しないように気を付けるから」