第一話
――ああ、春の風
母に伝えてあげて
わたしは母を愛していたと
わたしはしようのないはすっぱで
母には心配しか掛けなかったわ
それでも母はやさしい顔で
いつもわたしの頬にキスをした
ああ、春の風
わたしは母を愛していた
なのにわたしはなにも言えずにいるだけで
このどうしようのないひねくれものめ――
わたしは舞台に立って歌いながら、「まったく母親というものは」と思わずにはいられなかった。
「素晴らしい!」
女給に勝手に酒を注がれていることも知らずに、“うぶ”な顔をした紳士が手を叩いて称賛の声を上げる。この紳士とそこかしこから上がる拍手に応えて、笑顔で手を振り返しながら、わたしは自分にこんな歌を歌わせた、支配人のダン・ヴェスペールがうらめしかった。
「さすがは歌姫。わたしも母親の顔を思い出したわ。いい歌だったわね、ダミア」
色とりどりの衣装を着た踊り子たちの出番に代わり、舞台から下りたわたしを迎えたのは、裸婦のエカテーナだった。エカテーナを始めとした裸婦たちは、その美しい胸や形の良いお尻を大胆に露出したあられもない衣装を着て、自分たちの出番を待っていた。裸体を羽毛や輝石で豪華に飾り立てた美女たちがせまい舞台袖にひしめきあっている様子は、いつもながら迫力がある。そんな彼女たちを背に、エカテーナは腕を組んで挑発的な笑みを浮かべながらわたしを見ていた。わたしは眉をひそめる。
「皮肉かしら、エカテーナ」
「あらやだ、称賛よ。前の席のお客さんなんて、もうあなたに夢中だったじゃない」
衣装の羽毛を揺らしながら肩をすくめるエカテーナの横を抜けて、わたしは楽屋へと進む。
「女給にあんなにお酒を飲まされている人じゃ、一晩と持ちはしないわよ」
「そりゃそうね。わたしだったらお日様が沈む前に食べ終えちゃうわ」
笑うエカテーナの声を背中にして楽屋に戻ったわたしは、自分の鏡台の上に投げ置かれた手紙を見て、さっき舞台であの歌を歌っていたときにこみ上げてきた苦々しい気持ちが、蘇るのを止められなかった。
「このどうしようのないひねくれものめ――」
漏れ出た声の強さに、わたしはめまいを覚えた。