4-3
突き出される大剣を掻い潜り、下から懐に飛び込むと肘が振り下ろされる。だがそれをも体を捩じって避け、ユーは右手をジューメの顔面に向かって突き上げた。彼は首を傾けてそれを避けながら体を反らし、左足に重心を置いてユーの横腹に向け尾を動かす。
だが、ユーはそれを左手のクロウで止め、右手を後ろに下げるとその反動で足を振り上げた。ジューメはその足を掴み、投げ飛ばす。投げ飛ばされながらもユーは翼を開き、その衝撃を最小限にとどめた。
今、掴まれた際に炎を使われたのだろう。服は燃え、足首には火傷を負っているが、表情一つ変えずにジューメを見ている。
「……母さんから聞いたことがある。ボク達闇の竜人は、他の人たちみたいに風を使えたり炎を使えたりしないけど、代わりに戦うことに対しては特化しているんだって。……これが、証拠かもしれないね。ボクは今日、初めて、クロウを使うけど、なんとなくどう動けばいいのかがわかるもの」
「……へぇ、面白い竜人もいたもんだ……。だが」
ジューメは地面に大剣を突き刺し、足を踏み込んだ。ユーも同じように空を走るが、ジューメが不意にしゃがみこんだために彼の頭上を通り過ぎてしまう。
「経験が伴わなければ、直感なんざ邪魔ものだ」
振り返る時間も与えないよう、ジューメはユーのことを羽交い絞めにした。腕はきれいに首へ入っており、ユーは思わずクロウを手放してもがく。
だが不意に、ジューメが腕を解いたのだ。直後に何かを打つ鈍い音、続いて重量のあるものが木に衝突する音が耳に届く。ユーは落としたクロウに手を伸ばし、咳き込みながらもジューメを振り返り、目を見開いた。
「ど、して……!」
「こいつ……わざわざ、戻って来たのか……」
ヴェントが、口の端から血を流し、木の幹に体を預けるように気を失っていた。腹部に拳を受けたのだろうか、服に手の跡が残っており、頭からも血が流れている。ジューメは固めていた拳をわずかに開きながら、舌打ちをした。
「クッソ……胸糞悪い……」
その場に閃光が走り、ピクリとも動かないヴェントを見ていたジューメは、ユーに視線を戻した。両手の甲から溢れる光で草木は赤く染まり、背には木々の大きさを軽く超えるほどの眼を展開している。彼の瞳からは光が消え、目尻から、一筋の涙が走っていた。
「……オレを、本気で、怒らせたな……」
手元のクロウを眼の中に投げ捨て、代わりに、その展開した眼の中で何かを掴んだ。引きずり出されたそれにジューメは息を詰まらせ、地面に刺したままの大剣を手に取る。
それは、ユーの身長の五倍はあるだろう、巨大なハンマーだった。柄だけでも彼の胴体ほどの太さがあり、ハンマーの本体にはいくつもの歪んだ表情をした顔が刻まれている。面にも顔は刻まれており、片方は苦悶に、片方は悲しみに満たされていた。それをユーは、片手で、軽々と肩に担いでいる。
「光栄に思え……こいつを、マトゥエをその目に写せたことを」
囁き、空に向かうと、ユーは一切の遠慮なくマトゥエをジューメに向かって振り下ろした。彼はそれを大剣で受けるが膝は折れ、大地に跪く(ひざまずく)形になってしまう。それでもなおマトゥエを押し込んでくるユーに、垂直方向の力を受け流してどうにかハンマーの下から逃れると、目を細めるようにしてユーのことを見上げた。
「今ので潰されなかったのは、褒めてやるよ。でも、それもほんの少し命が長引いただけだ」
マトゥエをわずかに地面から浮かせ、横に薙ぎ払った。巨大なそれに避ける場所もなく、大剣で受け止めるも体を吹き飛ばされて木の幹に叩き付けられる。それだけでは衝撃を緩和できず、木は衝突したところから折れ、頭を強く打ちつけたせいか目前は霞に歪んで足にも力が入らない。大剣を支えにしようにも、震える腕ではそれを持ち上げることすら出来なかった。
「ヴェントを傷つけた……その罪。命で贖え(あがなえ)」
冷たく言い放ち、ユーはマトゥエを振り上げた。ジューメは面倒くさそうに目を動かしながらも、動けない体ではどうにも出来ないと深く息を吐き出して瞼を閉じる。