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高天原の花見宴

作者: 前野羊子
掲載日:2026/03/26

突然舞い降りたお話をどうぞ。


 さらさらさらさら


 そのものは、冬枯れた田んぼの中に立ち尽くしておりました。

 目の前には刈り取られて放置された一面の平野。


 去年は、雨が少なかったからか実りがとても少なかった。

 とても少ない実りを大事にしたいと、百姓たちは立ってるそのものに手を合わせて願っておりました。


 ごめん、僕には雀を払うぐらいしか出来なくて。

 豊かな実りには役に立たなくて。

 せめて、涙が雨の代わりに降ればとも思うけれど、それもうまく行かない。


 心で不甲斐なさに泣きながら、次の季節が来るのを待っておりました。


 さらさらさらさら


 しかし、背中を流れているだろう川の音が、風の変化と共に変わってきた気がしていました。


「暖かくなってきたなぁ」


 少し前にはどこからか梅の花の香りもふわりとしておりましたが、それも落ち着いてしまいました。



 がさがさがさがさ


 来たな…今年も。


 目の前には枯れた薄をかき分けて美丈夫がやって来た。

 黒い絹の衣に身を包み、爽やかな笑顔が眩しい。


「よう、山田。相変わらず突っ立ってるんだな」


「じっとしているのが良いのさ。ウロウロするのが大好きな(みこと)にはこの良さが分かんないだろうけど」


「でも、せっかく春になったんだぜ。少し出かけないか?」


「ぼくは動かないよ」自分では。


「分ってるってほら」


 そう言うと尊は山田を一度抱擁する。


「わわ、なんだ!」

「ほら、こんな吹き曝しに突っ立ってるからすっかり冷えてるじゃないか」

「でももう寒さは和らいでいるよ。さっきも青龍が後ろの山の方から飛んでいくのが見えたんだ」

 素直になれないのはわかっているけど、尊のぬくもりを体中で喜んでいる。

「あいつも呼ばれたんだな」

「青龍も?」

 東風が柔らかい。

「さあ、行こう」


 山田を抱擁から横抱きにした尊は、そのまま川に向かって歩き出す。


 川にはすでに小舟が繋がれていました。ただ、舳先が上流を向いて。

 温んだとはいえ川風は肌寒い。

挿絵(By みてみん)

「ぼくを温めに来たのじゃないのか?」

「そうさ、いくぜ」


 小舟には、綿の入った錦が敷いてありました。

 その前よりに山田をそうっと座らせながら、はずみのように口づける。


「う…ん……」

 甘いものが尊の方から流れてきて飲み込んでしまう。


「なんだよ」

 ちゅ

 もう一度はすぐに離れる。


「ははは、挨拶だよ」


「もう」


 温かいどころか耳から首筋にかけてが熱くなる。



 山田は、小舟の縁に立つと、大きな櫂を持ち、石を乗せて止めていた綱をそれで無造作に外して、舟を漕ぎ始める。


 さらさらさらさら


「この季節もいいねぇ」

「だろ?

 田の神のお前がまだ忙しくなる前だしな」

「まあねぇ」



 舟は目の前の山を目指すのかと思っていたがいつのまにか水面(みなも)から離れ、船底は何に触れることもなく浮き上がり、春風に乗って南に向かっていきます。


 雲が穏やかに流れる南の空の様子を眩しく見ていると、再び背中にぬくもりを感じる。


 尊の手にはもう櫂はなく、山田の背中にかぶさるように座ってきていました。


「ちょ、ここは外だというのに」




 初めて尊に会ったのはいつのことだったか。

 彼は、あちらこちらに行っては愛を囁いていると言われているのを知っている。


 それが、少し気に入らないのだ。


 去年は大きな鹿で迎えに来てくれた。


「香が臭い」

「そうか?俺にはわからぬな」

 自分の袖を鼻に持って行ってる。


「山田は良い香りだ」

 今度は朱に染まった白い首筋に顔ごと鼻を押し付けている。


「土臭いだけだよ」

「それが良いのじゃないか」


 尊の香りもいつもは陽に干した木綿の良い香りがするのに。今日は強い誰か女の香の薫りが邪魔をして分からない。


「猿おばさんの愚痴を聞いていたんだ」

「おばさんって、あの方は大層美しいと言われているでしょう?」


 お会いした時にぼくもそう思ってますよ。

 でも言われてみれば香がきつかったかも。


「あれはひと前で踊るときに乳を出してしまうから、皆それに目を奪われてしまうのさ。

 そしてそれが美しいと思うから顔まで美しく感じてしまうのではないか?」


「ふふふ、そんな酷い言い方、可哀そう」

「誰が可哀そうなんだい?」


 大きな手が山田の頬にかかる。


「…だれだろ…うん……」

 

 再び口づけてきた。

 そして再び甘い。


「うん…ぼくでいいの?」

「お前の香りに書き換えてくれ」

「そんな事出来ないよ。どうするの」


「俺の熱で温まればいいのだ」


 温い空の下の木の小舟の上で、衣の紐を引っ張られて、頬にあった手が合わせの隙間から入ってくる。

 温かいのが気持ちいい。


 いつもひとりぼっちで田んぼの中に立っていて、それが寂しいと思ったことはないけれど、時々こうして尊が会いに来てくれている。

 けれど今日はぴったりくっついて放してくれない。

 こんなことは初めてだ。


 ああ、暖かい。

 流れてくるものが気持ちよくて、固まっていた四肢が緩んでいく。


 持ち上げられた膝を自分から尊の胴に絡めてみる。


「ねえ、どうしてぼくの足がうごくの?

……あん……」

「動けた方が良いだろ?」

「そう……だけど……ああ、こんなの始めて」


 山田の全身から快感の気が溢れて尊のそれと混ざり、空飛ぶ船から枯れた田んぼに降り注いでいきます。


 ふたりには見えていないけれど、枯れてひび割れた田んぼが黒く湿り気を帯びていきます。まるで砂のようなそこが、百姓なら誰が見ても分かる豊かに肥えた柔らかい土に変わっているのでした。


 その様子を見た百姓は喜んで、山田の前に集まり手を合わせていました。

 いつもと変わらず立ったままのそれに、今は抜け殻だというのに。





 小舟は桜色に染まる雲間を飛んでいきます。


 高天原の欄干がかすかに見えてくるころ、山田はすっかり疲れ切って、綿入りの錦の上に横たわっていました。衣も腰のあたりに絡まっているだけで。

 白い肌が一足早く桜色に染まっている。


「そろそろ、着くぞ」

「動けない。もう、足が動いたのは気のせいだったのかな。全身が動かないよ」


「それはまずいな、ほら」


 上体を起こされて、下衣を着せてくれる。

 そしていつの間にか、若竹色の上着を着て、藤色の袴をはいていた。靴は金色。


「こんな立派な靴を履かされても歩けるかな……」

「歩けるさ、美しいな山田は」

「は?尊には言われたくないよ」

 

 世界中に恋人がいるくせに。


「愛しているよ山田」

「そ…んなこと…

 もしかして、ぼくのことも愛してくれるの?」

「ああ、お前を愛しているよ。さっき、解ってくれたのじゃないのか」

「う…確かにそんな感じがしたけど」


 熱っぽく見つめられて、再び何かが燃えそうな気配を慌てて振り払う。

 もう、欄干がそこに迫ってきているのだ。



 ぱたぱたぱたぱた


 小さな羽ばたきが聞こえてきた。


 チリリリリ


 可愛い鳴き声も。


「あにうえ、おかえりなさい、やまだもいらっしゃい」

御園(みそ)じゃないか」


 山田を手伝って、いつも田んぼで雀を追い払ってくれる御園は雀より若干小さな存在だ。

 それでも、蜜蜂を守って蜻蛉にも立ち向かう強さを持っている。


「おくすりはどうでした?」

 小さな神が美丈夫に訪ねる。


「うむ、少し動いたようだが」


「わあ、ねえ、やまだ、ちょっとたってみない?」

「勿論、立つのは得意だ」


 小舟の上だが水の上でもないので、揺れは気にならない。


「よいしょ」

 あ、膝が痛みもなく動いた!さっきのは気のせいじゃなかったのか。


「おくすりが、きいたみたいですね」


「さっきの甘いの、御園の薬だったの?」

「そうだ、山田がこの後存分に力が振るえるように頼んだのだ」


 ぼくの力がって、さっきは全然力が抜けていたんだけど!



 小舟が天の桟橋に到着した。


「さあ行くよ」


 ひらりと桟橋に飛び乗った尊から手が差し伸べられる。


「うん」


 確かに、去年みたいに鹿から抱っこされてここを行くよりは良い。



 まるで、媛のように尊に支えられながらも、随分久しぶりに自分の足で歩いて朱塗りの欄干を渡り、天空宮の庭にたどり着いた。


「おお、待ってたえ」

「山田来たわ」


「「山田、歩けるようになったのか?」」


 敷き詰められた緋毛氈には、色とりどりの神々が座っていた。


「御園のおかげでね」

「俺は?」

 少しすねるように言う尊。

「尊のおかげでね」


 広い庭の真ん中には見事に枝を広げた桜の木が一本立っていました。でもまだ、枝しかないのです。


 天空宮に連なる軒には、高位の神々が桜の枝を見つめています。

 神々の膝の隣にはご馳走の皿と酒の入った杯が載った塗りのお膳。


 その前には四角い舞台が置かれていました。

 舞台の脇には、尊が言ってた猿のおばさんが、琵琶や琴、太鼓や笙に笛を構えた者を集めて指示をしていました。


 山田は尊の手を離れ自分の足で舞台に上がっていきます。

 一段一段、優雅さを心得て一歩ずつ。


 去年は、尊の手でこの上に座らされたのですが、今日は自分自身で。




 舞台の真ん中に立ってお辞儀をします。

 まだふらつく足に、自分の神通力を流し込み始めました。


 すると、お腹に響く太鼓がゆっくり打ち鳴らされ、厳かな音楽が始まりました。


 その旋律に合わせて、ゆっくり上体を上げ、両手を広げ、片足で立ち、上げたもう片方の足を踏み下ろしてくるりと回ると、尊に着せてもらった若竹色の衣の袖や裾がふわりと踊ります。

 そうして力強く美しく、山田は舞を始めました。


 去年までは、腕と上体だけで行っていたから曲が終わっても、儀式が終わらなかったのを思い出す。


 全身を使った舞など、初めてのこと。


 しかも舞の女神である猿のおばさんの前でなんて。



 いや、要らぬことを考えるな。


 尊に愛された幸せな気持ちを満たそう。


 山田から暖かい神通力が高天原中に広がっていく。


 舞を舞うごとに、背後の桜に蕾がつき、膨らみ、

 ぽこりぽこりと開いていく。


 ふわわ ふわわ …


 ぶわわー


 いつしか桜の花は吹雪くほどに舞い上がり、花吹雪に合わせて、御園も山田のまわりでぱたぱた舞ってチリリリリ歌っている。


「きゃーたのしぃー。はなびらいっぱいー」

「御園の薬のおかげだよ」

「よかったー。

 あのくすりはねぇ。くすりだけじゃきかないんだよ」

「薬だけじゃダメなの?何が必要なの?」

「そんなのいえないよ」


「えー教えて!」


 なんでも知ってると言われている山田も、学問の神様の御園の知識にまでは追いつけない。


「むりむり!だって、なにがひつようだったか、やまだならわかるでしょ!

 そんなにすてきに、まえるようになったんだから!」



 そう言われて、舞いながら小舟の上でのことを少し思い出した。


 でも、益々混乱する。

 あのうえでのことは何が何だか、幸せで気持ちのいい感覚しかなかったんだもん。


 つい先ほどのことだけれど。



 思い出す幸せを神通力に変えて、舞い散らしていく。


 目の前の一本だけならず、高天原中の桜が満開になっていく。


 ひらひらと舞う花びらが、神々の手に持つ盃にもひらりひらりとたどり着く。


「これは旨いの」

「今年の春は格別じゃ」


 天空宮の座敷の中でも、神々が良い気分で踊り出しています。


 いつしか、猿のおばさんたちの音楽は終わったけれど、宮の中の音楽が始まっています。


 踊り切って、三つ指ついて座る山田に、皆が手を叩いていました。

 

 高見の欄干からも手を叩かれて、丁寧にお辞儀をしました。




 気が付けば、山田は再び小舟に乗っていました。

 背中には、尊のぬくもり。


 たしかに、薫りが変わっている。


 あの、お日様の香りだ。


「愛しているよ、山田」

「うん。ありがとう、嬉しいよ」




 山田は、田んぼの案山志に戻りました。


 それから二月が過ぎて目の前に広がる光景は、去年と違って一面碧い毛氈の様になっています。


 明け方、白み始めるころ、山田案山志の前に大洞尊(おおあなみこと)がやってきて、そっと口づけをします。


「……うん…なに」

「暑くなるからさ。これを取り換えておけよ。お前、色白なんだからさ」


 案山志の白い顎で大洞尊の手が何かをしています。


「わあ、にあうなぁ」


 茶色い小鳥がチリリリリ褒めます。


御園沙祭(ミソサザイ)、あそこにミミズがいるよ」

「え?あ、ほんとだ!おいしそ!」


 あぜ道を這うミミズに挑んで行ってしまいました。


 大洞尊が、お花見の後どこに行って何をしていたのか教えてくれているうちに、陽が昇って気が付きました。菅笠が頭に乗っていることに。


「これから、雨も降るだろうし助かったよ」

 確かに昨日までの菅笠には穴が沢山開いていたのです。


 春の雨の時はそれで少し困っておりました。



「遅くなってすまんな」

「謝らなくていいよ。忙しいんでしょ?」

「ああ、ちょっと大変なんだ」

「気を付けてね。そうだ、出雲の方に気を付けてね」


 ここにずっと立っているだけなのに、なぜ出雲のことが分かるのか。

「ああ、わかった」


 もう一度、案山志に口づけをすると、大洞尊はかき消すように行ってしまいました。



 さらさらさらさら

 ぱしゃ 


 背中の川では、小魚が跳ねる音。


 さああ


「暑くなりそうだねぇ」


 目の前では、碧い毛氈が初夏の風を運んでおりました。



 ~終わり~


登場人物


主人公

山田案山志やまだのかがし

 田んぼと川の間に立って、平野を見守っている存在。


親友

大洞尊おおあなのみこと

 国造りに奮闘している美丈夫


親友の弟

御園沙祭みそさざい

 スズメより小さな鳥、農耕と薬に詳しい。


青龍 春の風を運ぶもの


猿婦人(猿おばさん)

 芸能を好む賑やかな女性


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