外伝 炎を止める犬
外伝 炎を止める犬
匂いがする
石
湿気
血
焦げた毛
主の匂いもある
落ち着く匂い
さっき
熱くなった
喉の奥が赤くなる
吐きたい
あの熱は気持ちいい
前に出れば
全部消える
敵はなくなる
主は傷つかない
それでいいはずだ
でも
「待て」
その声で
赤が消える
喉が静かになる
不思議だ
炎は強い
でも
主の声のほうが強い
主が痛い匂いを出したとき
胸の奥がざわついた
壁に打ちつけられたとき
空気が乱れた
その瞬間
吐きたかった
全部
焼きたかった
でも
「三秒」
そう言われた
だから三秒
もっと吐ける
ずっと吐ける
喉は尽きない
でも
主が言わない限り
吐かない
守るとは
全部燃やすことじゃない
隣にいること
止められたら止まること
呼ばれたら動くこと
最後の猪
焼いても来た
焦げても来た
怖い匂いがした
主は逃げなかった
前に出た
血の匂い
刃の匂い
そのとき
分かった
炎よりも
主のほうが強い
だから従う
だから止まる
だから三秒でやめる
主が抱き上げる
重いと言われる
額が触れる
撫でられる
あのとき
胸があたたかい
炎とは違う
やわらかい熱
一緒にいられて嬉しい
それが一番あたたかい
吐きたいのは炎だけじゃない
主のそばにいたい
それだけでいい
主が歩く
だから歩く
主が止まる
だから止まる
喉の奥は静か
でも
いつでも灯せる
主が言えば
三秒でも
十秒でも
一日でも
吐く
でも今は
ただ
隣にいる
一緒にいられる
それが嬉しい
犬だから




