表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あるドワーフの物語  作者: 御影のたぬき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/6

叙事詩 4章

 十年が経った。

 バルグリムは177歳になっていた。髭はさらに白くなり、腰まで届く長さは変わらない。体はまだ頑健だが、以前ほどの力はない。

 トールは27歳。二人の子供の父親になっていた。村の鍛冶師として、確固たる地位を築いている。

 だが、トールは相変わらず週に一度、バルグリムを訪ねていた。

「バルグリムさん、子供が生まれました」

 トールが嬉しそうに報告する。

「...そうか」

 バルグリムが頷く。

「三人目か」

「はい」

「名前は?」

「グリムです」

 バルグリムは驚いた。

「グリム...?」

「はい」

 トールが言う。

「バルグリムさんの兄さんの名前をもらいました」

「...いいのか」

「もちろんです」

 トールが微笑む。

「バルグリムさんの家族の名前を、俺の子供に」

 バルグリムは何も言えなかった。

 ただ、涙が出そうになった。

「...ありがとう」

「いえ」

 トールが頭を下げる。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 ある日、バルグリムは炉の前で倒れた。

 意識はある。だが、体が動かない。

「...くそ」

 バルグリムは呻いた。

「もう、年か」

 幸い、トールがその日訪ねてきた。

「バルグリムさん!」

 トールが駆け寄る。

「大丈夫ですか」

「...ああ。少し疲れただけだ」

「嘘だ。顔色が悪い」

 トールがバルグリムを寝台に運ぶ。

「医者を呼びます」

「いらん」

「いえ、呼びます」

 トールが村へ走った。

 医者が来て、バルグリムを診察した。

「...過労だ」

 医者が言う。

「休養が必要だ」

「休養...」

 バルグリムが苦笑する。

「俺は鍛冶師だ。休むわけにはいかん」

「だが、このままでは命に関わる」

「...わかった」

 バルグリムは渋々承諾した。

 トールは、その日からバルグリムの世話をした。

「トール、お前には家族がいる。そっちに帰れ」

「いえ、ここにいます」

「だが...」

「バルグリムさんは、俺の家族です」

 トールが言う。

「だから、看病します」

 バルグリムは何も言えなかった。

 一週間後、バルグリムは回復した。

「もう大丈夫だ」

「本当ですか」

「ああ」

 バルグリムが立ち上がる。

「仕事に戻る」

「無理しないでください」

「無理してない」

 だが、体は正直だった。

 以前のように長時間働けない。

 鎚を振る力も弱まっている。

「...年には勝てんな」

 バルグリムは呟いた。

 トールが提案した。

「バルグリムさん、村に来ませんか」

「村...?」

「はい。俺の家に」

「断る」

「なぜですか」

「俺は、ここで死ぬ」

 バルグリムが言う。

「兄弟たちと同じ場所で」

 トールは何も言えなかった。

 だが、数ヶ月後、事態が変わった。

 坑道に、王国の兵士たちが来たのだ。

「バルグリム・鉄髭」

 隊長が言う。

「この坑道は、王国のものだ」

「何...?」

「立ち退いてもらう」

 バルグリムは怒りを覚えた。

「ここは、俺が十年以上住んでいる場所だ」

「だが、正式な許可を得ていない」

「許可など、いらん」

「法律で決まっている」

 隊長が冷たく言う。

「一週間以内に出ていけ」

「断る」

「では、力ずくで追い出す」

 隊長が剣を抜く。

 バルグリムも戦斧を手に取った。

 だが、その時、トールが割って入った。

「待ってください」

「誰だ」

「俺は、村の鍛冶師です」

 トールが言う。

「バルグリムさんは、俺の師匠です」

「それがどうした」

「バルグリムさんを、追い出さないでください」

「法律だ」

「なら、俺が許可を取ります」

 トールが提案する。

「王国に申請します」

 隊長は少し考えて、頷いた。

「...一ヶ月だけ待つ」

「それまでに許可が下りなければ、出ていけ」

 隊長たちは去っていった。

「バルグリムさん」

「...すまない」

 バルグリムが頭を下げる。

「俺のせいで、お前に迷惑をかけた」

「いえ」

 トールが首を振る。

「必ず、許可を取ります」

 トールは王都へ向かった。

 王国の役所で、正式な居住許可を申請する。

 だが、役人は冷たかった。

「バルグリム・鉄髭?知らんな」

「彼は、竜を倒した剣を作った鍛冶師です」

「それがどうした」

「王国を救った恩人です」

「証拠はあるのか」

「...」

 トールは困った。

 証拠など、ない。

「では、却下だ」

 役人が書類を突き返す。

 トールは諦めなかった。

 何度も何度も、役所に通った。

 だが、答えは同じだった。

「却下だ」

 一ヶ月が経とうとしていた。

 トールは絶望していた。

「どうすれば...」

 その時、一人の老ドワーフが声をかけてきた。

「お前、バルグリムの弟子か」

「...はい」

「俺はグンナル・金剛石」

「将軍...」

 トールは驚いた。

 王国の最高司令官だ。

「お前の話、聞いていた」

 グンナルが言う。

「バルグリムの許可、俺が取ってやる」

「本当ですか」

「ああ」

 グンナルが頷く。

「バルグリムは、俺の古い友人だ」

「恩がある」

 翌日、許可が下りた。

 トールは歓喜した。

「やった!」

 だが、グンナルが言った。

「ただし、条件がある」

「条件...?」

「バルグリムに、王都へ来てもらいたい」

「なぜですか」

「王が、直接会いたいと言っている」

 グンナルが説明する。

「竜を倒した剣の鍛冶師に、礼を言いたいと」

 トールは少し考えて、頷いた。

「...わかりました。伝えます」

 坑道に戻ったトールは、バルグリムに報告した。

「許可が下りました」

「...そうか」

 バルグリムが安堵する。

「だが、条件があります」

「条件?」

「王都へ、来てほしいと」

 バルグリムは眉をひそめた。

「...断る」

「でも、バルグリムさん」

「俺は、王都へは行かない」

 バルグリムが頑なに言う。

「なぜですか」

「...理由はある」

 バルグリムが小さく言った。

「だが、言えない」

 トールは困った。

「でも、許可の条件なんです」

「なら、許可はいらん」

「バルグリムさん!」

「いい」

 バルグリムが言う。

「俺は、ここを出る」

「どこへ行くんですか」

「...わからん」

 バルグリムが答える。

「だが、ここにはいられない」

 トールは涙を流した。

「そんな...」

 その時、グンナルが坑道に現れた。

「バルグリム」

「...グンナル」

「お前、まだ頑固だな」

「お前もな」

 二人は向き合った。

「バルグリム、頼む」

 グンナルが頭を下げる。

「王都へ来てくれ」

「...なぜ、そこまでする」

「お前に、知ってほしいことがある」

 グンナルが言う。

「50年前の真実を」

 バルグリムは黙った。

「...真実?」

「ああ」

 グンナルが頷く。

「お前が知っている真実とは、少し違うかもしれん」

 バルグリムは長い沈黙の後、溜息をついた。

「...わかった。行く」

「本当か」

「ああ。だが、すぐに帰る」

「構わん」

 グンナルが微笑む。

「ありがとう」

 三日後、バルグリムとトールは王都へ向かった。

 バルグリムにとって、50年ぶりの王都だった。

「...変わったな」

 バルグリムが呟く。

 街は発展し、人口も増えていた。

「こちらです」

 グンナルが案内する。

 城の奥、謁見の間へ。

 玉座には、老いた王が座っていた。

「バルグリム・鉄髭」

 王が言う。

「久しいな」

「...陛下」

 バルグリムが一礼する。

「顔を上げよ」

 バルグリムが顔を上げると、王は悲しそうな顔をしていた。

「すまなかった」

「...何を」

「50年前のことだ」

 王が言う。

「お前の兄弟たちを、死なせてしまった」

 バルグリムは黙った。

「竜は、宝を守っていただけだった」

 王が続ける。

「だが、俺の弟が、宝を盗もうとした」

「竜はそれを阻止しようとした」

「俺は...真実を知りながら、竜を討伐した」

「お前の兄弟たちを、利用した」

 バルグリムは拳を握った。

「...知っていた」

「そうか」

 王が頷く。

「だから、お前は王都へ来なかったのか」

「ああ」

「すまなかった」

 王が深く頭を下げる。

「許してくれとは言わん」

「だが、謝罪はさせてくれ」

 バルグリムは長い沈黙の後、言った。

「...兄弟たちは、もう戻らない」

「謝罪されても、どうにもならん」

「わかっている」

「だが」

 バルグリムが続ける。

「お前が真実を認めたことは、評価する」

「...ありがとう」

 王が涙を流した。

「バルグリム、もう一つ頼みがある」

「何だ」

「王国の鍛冶師頭になってくれないか」

 バルグリムは首を振った。

「断る」

「なぜだ」

「俺は、誰にも縛られぬ」

 バルグリムが言う。

「それが、俺の信条だ」

 王は悲しそうに頷いた。

「...そうか」

「だが」

 バルグリムが付け加える。

「必要な時は、力を貸す」

「本当か」

「ああ」

 バルグリムが頷く。

「誓いを交わした相手のためなら、剣も打つ」

「それが、俺の掟だ」

 王は満足そうに微笑んだ。

「ありがとう、バルグリム」

 王都を後にする時、グンナルが見送りに来た。

「バルグリム」

「何だ」

「お前、いい弟子を持ったな」

 グンナルがトールを見る。

「...ああ」

「大事にしろ」

「言われなくてもわかっている」

 バルグリムが答える。

「お前も、達者でな」

「ああ」

 二人は握手した。

「また会おう」

「...ああ」

 バルグリムとトールは坑道へ戻った。

「バルグリムさん、よかったです」

「...何がだ」

「許可が下りて」

「ああ」

 バルグリムが頷く。

「お前のおかげだ」

「いえ」

 トールが首を振る。

「グンナル将軍のおかげです」

「...そうだな」

 二人は坑道に着いた。

「ただいま」

 バルグリムが呟く。

 炉の火は消えていた。

 だが、またすぐに灯せる。

「さて、仕事だ」

 バルグリムが言う。

「ああ」

 トールが頷く。

 二人は炉に火を入れた。

 赤い炎が燃え上がる。

「帰ってきたな」

 バルグリムが呟いた。

「ああ」

 トールが答える。

 二人は、再び鍛冶を始めた。

 カン、カン、カン。

 鎚の音が、坑道に響いた。

 静かな、だが力強い音だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ