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あるドワーフの物語  作者: 御影のたぬき


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叙事詩 2章

 竜が倒された。

 騎士が持ち帰った報告は簡潔だった。バルグリムの剣で、赤竜の心臓を貫いた。竜は絶命し、王国は救われた。

「見事な剣だった」

 騎士は深々と頭を下げた。

「バルグリム・鉄髭、お前の技術は伝説に値する」

「いらん」

 バルグリムは素っ気なく答えた。

「俺は伝説になるつもりはない」

「だが、王は感謝している」

 騎士が金貨の袋を差し出す。

「これは報酬だ」

「いらん」

「だが...」

「誓いを果たしただけだ」

 バルグリムが言う。

「金はいらん。帰れ」

 騎士は困惑したが、最終的には金貨を持ち帰った。バルグリムは一人、炉の前に座った。

「兄弟たちよ」

 小さく呟く。

「お前たちの剣は、竜を倒した」

「これで、少しは報いることができただろうか」

 炉の火が静かに燃えている。答えはない。だがバルグリムは、心が少し軽くなったのを感じていた。

 50年間背負ってきた重荷。それが、少しだけ軽くなった気がした。

「バルグリムさん」

 トールが声をかけてきた。

「何だ」

「今日の仕事、何をしますか」

「鎌だ。村から依頼されている」

「手伝います」

「ああ」

 二人は黙々と仕事を始めた。バルグリムが刃を打ち、トールが柄を作る。息の合った作業だった。

 一年前、トールが来た時は何もできなかった。だが今は違う。簡単な道具なら一人で作れる。成長した。

「トール」

「はい」

「お前、強くなったな」

「...ありがとうございます」

 トールが嬉しそうに笑う。

「でも、まだまだです」

「そうだな」

 バルグリムが認める。

「だが、悪くない」

 二人は夕方まで働いた。鎌は完成し、明日村へ届ける予定だ。

 その夜、バルグリムは黒麦酒を飲んでいた。トールは隣で麦茶を飲んでいる。

「バルグリムさん」

「何だ」

「俺、ずっとここにいていいんですか」

「何を今更」

「いや...俺、家族を探すべきかと...」

 バルグリムは酒を置いた。

「お前の家族は、どこにいるかわからんのだろう」

「はい...じいちゃんたちも、どこへ行ったか...」

「なら、ここにいろ」

 バルグリムが言う。

「お前の居場所は、ここだ」

 トールが目を潤ませた。

「...ありがとうございます」

「礼はいらん」

 バルグリムは再び酒を飲んだ。

「お前は、俺の...」

 言葉が出てこない。何と言えばいいのか。

「弟子、か」

「はい」

 トールが頷く。

「俺は、バルグリムさんの弟子です」

 バルグリムは何も言わなかった。弟子。そうかもしれない。だが、それ以上の何かがある気がした。

 翌日、バルグリムとトールは村へ向かった。

 鎌を届けるためだ。

「バルグリムさん、見てください」

 トールが空を指差す。

 鳥が飛んでいた。いや、違う。

「あれは...エルフか」

 バルグリムが眉をひそめる。

 白い翼を持つエルフが、こちらへ降りてきた。長い金髪、鋭い目。弓を背負っている。

「バルグリム・鉄髭か」

 エルフが尋ねる。

「そうだが」

「私はシルヴァナ。森の番人だ」

「何の用だ、エルフ」

 バルグリムは警戒する。ドワーフとエルフは必ずしも仲が良いわけではない。

「警告に来た」

 シルヴァナが真剣な顔をする。

「黒狼の盗賊団が、この辺りに来ている」

「黒狼...」

 バルグリムは以前聞いた名だ。トールの村を焼いた盗賊団。

「奴らは、お前を狙っている」

「俺を?」

「ああ。お前が打った剣で竜が倒されたことを知った」

 シルヴァナが説明する。

「奴らは、お前に武器を作らせるつもりだ」

「断る」

「断っても、来るだろう」

「なら、迎え撃つ」

 バルグリムが戦斧を握る。

「だが、子供を巻き込むな」

 シルヴァナがトールを見る。

「彼は安全な場所へ」

「いや」

 トールが言う。

「俺も戦います」

「トール」

「バルグリムさんを、守りたいです」

 バルグリムは少し考えて、頷いた。

「...わかった。だが、俺の指示に従え」

「はい」

 シルヴァナが溜息をつく。

「ドワーフは頑固だな」

「お前たちエルフもだ」

 バルグリムが言い返す。

「で、いつ来る」

「今夜だろう」

「なら、準備をする」

 バルグリムは坑道へ戻った。

 バルグリムは罠を張り始めた。

 坑道の入口に落とし穴を掘り、内部に障害物を置く。

「トール、お前はここに隠れていろ」

「でも...」

「いいから隠れていろ」

 バルグリムが強く言う。

「お前が死んだら、俺は後悔する」

 トールは黙って頷いた。

 シルヴァナも協力する。弓矢を準備し、高所に陣取る。

「準備はいいか」

「ああ」

 バルグリムが戦斧を握る。

「来い、黒狼」

 日が暮れた。

 そして、馬の蹄の音が聞こえてきた。

「来たか」

 バルグリムは坑道の入口で待ち構える。

 やがて、武装した男たちが現れた。十数人。

「バルグリム・鉄髭だな」

 リーダーらしき男が言う。背が高く、黒い外套を纏っている。

「黒狼か」

「そうだ」

 男が笑う。

「お前に、武器を作ってもらおう」

「断る」

「断る?」

 黒狼が首を傾げる。

「お前に選択肢はない」

「ある」

 バルグリムが戦斧を構える。

「お前たちを叩き出す」

 黒狼が笑った。

「ドワーフ一人に、何ができる」

「やってみろ」

 黒狼が手を挙げる。部下たちが一斉に攻撃してきた。

 だが、最前列の男たちが落とし穴に落ちる。

「罠か!」

 残りの男たちが慎重になる。だが、その時、シルヴァナの矢が飛んできた。

 二人の男が倒れる。

「エルフだと!」

 黒狼が驚く。

「一人じゃないぞ」

 バルグリムが言う。

 そして突進した。低い重心からの突進。男の一人に激突し、戦斧を振るう。

 男が倒れる。

 バルグリムは次々と敵を倒していく。短時間で爆発的な力を出すドワーフの戦闘スタイルだ。

 だが、数が多い。徐々に包囲されていく。

「くそ...」

 その時、トールが飛び出してきた。

「トール、何をしている!」

「バルグリムさんを助けます!」

 トールが鎚を握っている。鍛冶用の小さな鎚だ。

「戻れ!」

 だが遅い。男の一人がトールに襲いかかる。

「トール!」

 バルグリムが割って入る。男の剣を戦斧で受け止める。

 だが、その隙に別の男がバルグリムの背中を切りつけた。

「ぐっ!」

 バルグリムが膝をつく。

「バルグリムさん!」

 トールが駆け寄る。

 黒狼が笑った。

「終わりだ」

 剣を振り上げる。

 だが、その時。

「させん」

 シルヴァナの矢が黒狼の手を貫いた。

「ぐあっ!」

 黒狼が剣を落とす。

 その隙に、バルグリムが立ち上がった。

「...まだだ」

 血を流しながらも、戦斧を握る。

「俺は、まだ倒れん」

 バルグリムが咆哮する。そして再び突進した。

 黒狼に激突し、戦斧を振り下ろす。

 黒狼が地面に倒れる。

「退け!」

 残りの盗賊たちが逃げ出した。

 戦いは終わった。

 バルグリムはその場に倒れ込んだ。

「バルグリムさん!」

 トールが駆け寄る。

「大丈夫か」

 シルヴァナも降りてきた。

「...生きている」

 バルグリムが苦しそうに言う。

「傷は、浅い」

「嘘だ。血が出ている」

「ドワーフは頑丈だ」

 バルグリムが強がる。

「...すまない、トール」

「え?」

「お前を、危険な目に遭わせた」

「いえ...俺が勝手に出ていったから...」

「いや」

 バルグリムが首を振る。

「俺が、お前を守れなかった」

 トールが涙を流した。

「バルグリムさんは、守ってくれました」

「...そうか」

 バルグリムは目を閉じた。

 三日後、バルグリムは目を覚ました。

「...ここは」

 坑道だ。寝台に横たわっている。

「目が覚めたか」

 シルヴァナが近くにいた。

「...お前、まだいたのか」

「傷の手当をしていた」

「そうか...礼を言う」

「礼はいい」

 シルヴァナが言う。

「それより、あの子供はどうする」

「トールか」

「ああ。あの子、お前を守ろうとした」

「...知っている」

「それだけお前を慕っている」

 シルヴァナが続ける。

「だが、お前は子供を戦いに巻き込んだ」

「...すまなかった」

「謝るべきは、あの子にだ」

 バルグリムは起き上がった。体が痛い。だが、動ける。

 トールは炉の前にいた。火を見つめている。

「トール」

「バルグリムさん!」

 トールが駆け寄る。

「起きたんですか」

「ああ」

「良かった...」

 トールが安堵する。

「...すまなかった」

 バルグリムが頭を下げる。

「危険な目に遭わせた」

「いえ」

 トールが首を振る。

「俺が勝手に出ていったんです」

「だが、お前は子供だ」

「俺が守るべきだった」

 バルグリムが言う。

「それなのに、守れなかった」

「バルグリムさんは、守ってくれました」

 トールが涙を拭う。

「俺を、庇ってくれました」

「...そうか」

 二人は黙った。

「トール」

「はい」

「これからは、もっと強くなれ」

 バルグリムが言う。

「鍛冶だけじゃなく、戦い方も教える」

「本当ですか」

「ああ。お前が、自分を守れるように」

 トールが嬉しそうに頷いた。

「はい、お願いします」

 それから、バルグリムはトールに戦闘訓練を始めた。

 まずは体力作りだ。走らせ、腕立てをさせ、体を鍛える。

「きつい...」

 トールが息を切らす。

「弱音を吐くな」

「はい...」

 次は武器の扱いだ。バルグリムは小さな戦斧を作った。

「これがお前の武器だ」

「斧...」

「ああ。ドワーフの武器は斧だ」

「人間も使えますか」

「使える。だが、お前の体格に合わせた」

 トールが斧を握る。重い。

「重いか」

「...少し」

「慣れろ」

 バルグリムが自分の戦斧を構える。

「さあ、来い」

 トールが斧を振る。だが、当たらない。

「遅い」

 バルグリムが避ける。

「もっと速く」

 トールが再び振る。やはり遅い。

「お前、力だけで振っている」

「え?」

「斧は、力だけじゃない」

 バルグリムが説明する。

「体重を乗せろ。全身で振れ」

「...わかりました」

 トールが体重を乗せて振る。速くなった。

「いい。そのままだ」

 訓練は毎日続いた。朝は鍛冶、午後は戦闘訓練。

 トールは着実に強くなっていった。

 一ヶ月後、トールは簡単な組手でバルグリムに一撃を当てた。

「当たった!」

 トールが驚く。

「...まぐれだ」

「いえ、当たりました」

「まぐれだと言っている」

 だがバルグリムは内心、驚いていた。

 成長が早い。才能があるのかもしれない。

「トール」

「はい」

「お前、戦士に向いているかもしれん」

「本当ですか」

「ああ。だが」

 バルグリムが続ける。

「戦士になるな」

「...なぜですか」

「戦いは、失うものが多い」

 バルグリムが言う。

「俺の兄弟たちも、戦いで死んだ」

「...」

「だから、お前は鍛冶師になれ」

「でも、戦えるようになりたいです」

「守るためだけに戦え」

 バルグリムが言う。

「攻めるために戦うな」

 トールは少し考えて、頷いた。

「わかりました」

 シルヴァナは一週間ほど滞在した後、森へ帰っていった。

「また何かあったら、呼べ」

「...助かった」

 バルグリムが珍しく礼を言う。

「エルフも、悪くない」

「ドワーフも、悪くない」

 シルヴァナが微笑む。

「お前の鍛冶、見事だった」

「芸術性は足りんだろう」

「実用性がある」

「それでいい」

 二人は握手した。

「では、また」

 シルヴァナが飛び立つ。

 バルグリムは空を見上げた。

「エルフと協力する日が来るとはな」

 世界は変わっている。

 いや、自分が変わったのかもしれない。

 半年が経った。

 トールは15歳になっていた。体も大きくなり、鍛冶の腕も上がった。

 ある日、村から大きな依頼が来た。

「農具を三十個、作ってほしい」

 村長が頼みに来た。

「三十個...」

 バルグリムが考える。

「一人では無理だ」

「では...」

「トールと二人でやる」

「本当か」

「ああ。だが、時間がかかる」

「構わん」

 村長が金貨を置いていく。

「これは前金だ」

 バルグリムは金貨を見た。いつもより多い。

「多すぎる」

「いや、お前たちの仕事に見合った額だ」

 村長が言う。

「お前の道具は、一生物だからな」

 バルグリムは金貨を受け取った。

「...わかった。三ヶ月で仕上げる」

「頼む」

 村長が去った後、トールが言った。

「三ヶ月で三十個...できますか」

「できる」

 バルグリムが断言する。

「お前と俺なら」

 トールが嬉しそうに笑った。

「頑張ります」

「ああ」

 二人は作業を始めた。

 朝から晩まで、黙々と打ち続ける。

 鍬、鎌、鋤、鍬。

 一つ一つ、丁寧に作る。

「バルグリムさん、この刃、どうですか」

「...もう少し薄くしろ」

「はい」

 トールが再び打つ。

「これで、どうですか」

「...合格だ」

 バルグリムが認める。

 トールの技術は、確実に向上していた。もはや、バルグリムと遜色ないレベルだ。

「トール」

「はい」

「お前、もう一人前だ」

「...本当ですか」

「ああ」

 バルグリムが頷く。

「お前の作る道具は、俺が認める」

 トールが涙を流した。

「ありがとうございます」

「礼はいらん」

 バルグリムが言う。

「お前が努力したからだ」

 三ヶ月後、三十個の農具が完成した。

 村長が受け取りに来る。

「見事だ」

 村長が感嘆する。

「これなら、十年は使える」

「いや、一生使える」

 バルグリムが言う。

「壊れたら、持ってこい。無料で直す」

「本当か」

「ああ」

 村長が深く頭を下げた。

「ありがとう、バルグリム」

「そして、トール」

 トールが驚く。

「俺も...?」

「ああ。お前も立派な鍛冶師だ」

 村長が笑う。

 トールが嬉しそうに笑った。

 その夜、バルグリムは黒麦酒を飲んだ。

「兄弟たちよ」

「俺は、一人じゃなくなった」

「トールという、仲間を得た」

 炉の火が大きく揺れる。

「お前たちも、喜んでくれるか」

 バルグリムは酒を飲み干した。

「俺は剣にならん」

「だが、誰かの剣を折れぬよう支える鉄にはなれる」

「それが、俺の生き方だ」

 バルグリムは満足そうに微笑んだ。

 新しい人生が、確かに始まっていた。

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