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Price: 請求書 —— 清楚なる破壊神と胃痛の騎士

 王宮の大広間だった場所には、とても綺麗な星空が広がっていた。

 本来そこにあるはずの豪奢な天井画も、シャンデリアも、襲来した魔物の群れも、すべて綺麗さっぱり消滅していたからだ。


 月明かりが、瓦礫の山を優しく照らしている。

 その頂上で、第三王女エリスは優雅にスカートの埃を払っていた。


「……ふゥ。少し運動不足でしたわね」


 彼女の白磁のような肌は、激戦の後だというのに汗ひとつかいていない。

 ただ、その瞳に宿っていた「人形」のような曇りは消え失せ、代わりに獲物を狩り終えた捕食者のような、艶やかな光が宿っていた。


「……あかね様。先ほどの『うまい棒』……でしたっけ? あの衝撃的な味、コーンポタージュ味と仰いましたか」

「うん。まあ、日本の国民食ダガシだけど」

「素晴らしいですわ。甘いのに塩辛い。あの矛盾した味こそ、世界の複雑さを体現しています」


 エリスは恍惚とした表情で、空になったパッケージをハンカチに包んで懐にしまった。

 完全に「沼」にハマっている。チョロい、と言いたいところだが、彼女の背後に浮かぶ無数の光の槍を見ると、迂闊なことは言えない。


 私は視線を下に向けた。

 そこには、近衛騎士団長レオが膝から崩れ落ちていた。


「……終わった……」


 彼の手には、剣ではなく、羊皮紙の束が握られている。

 王宮に出入りする商人たちが、この惨状を見て即座に算出してきた『王宮修繕費』および『ドレス・装飾品の弁償代』の概算見積もりだ。

 そこに並ぶゼロの数は、私の金銭感覚(横浜基準)を遥かに超えていた。


「レオ、しっかりしなさいよ。国が平和になったんだから、必要経費コストでしょ」

「貴様……! よくもぬけぬけと……! この請求書の宛名、『アカネ・タケオカ様』になっているのが見えないのか!?」

「えっ、私!? なんでよ、壊したのはお姫様でしょ!」

「魔物を連れ込んだ(と見なされる)のは貴殿だ! それに、殿下に変な餌を与えて暴走させた責任は重い!」


 レオが胃薬を噛み砕きながら怒鳴る。

 やれやれ。これだから組織の人間は困る。結果(魔物討伐)よりも過程マニュアルを気にするんだから。


「あら、レオ。あかね様に無礼ですよ」


 瓦礫の上から、エリスが冷ややかな声を降らせた。

「この方は、わたくしの『味覚の師』です。今後、無礼な口を利くなら、貴方の給料を全て『うまい棒』現物支給にしますわよ」

「で、殿下ァァァ!? 正気ですか!? 王国の財政が破綻します!」


 どうやら、私の「負債」は王女権限でチャラになったらしい。

 私は肩をすくめ、瓦礫の隅へと歩いた。そこには、戦闘中ずっと避難させていた銀髪の子供――地下水路で拾った「0(ゼロ)」が横たわっている。


「……ん……う……」

「お、起きた?」


 私が駆け寄ると、0はゆっくりと瞼を開けた。

 月明かりの下で見るその瞳は、奇妙な色彩をしていた。右目は澄んだ青だが、左目はテレビの砂嵐のような、ノイズが走った灰色。

 明らかなオッドアイだ。


「……システム……再起動……。個体名……未設定……」

「システム?」


 0は無機質な言葉を呟きながら、上体を起こした。

 そして、崩れ落ちた天井の隙間から、夜空に聳え立つ白亜の塔「アヴァロン・ゲート」を見上げると、怯えたように体を震わせた。


「……管理者が……見てる……」

「管理者? 誰のこと?」

「……バグは……消去される……。見つかったら……デリート……」


 その言葉に呼応するように、腰に下げた私の「黒いノート」が、ブルリと震えた。

 ページが勝手にめくれ、赤い文字が浮かび上がる。


『――警告。ウイルススキャンが開始された。直ちに隠蔽せよ』


「は?」


 直後だった。

 王都のどこか遠くで、ゴォォォォン……ゴォォォォン……と、重苦しい鐘の音が響き渡った。


 その音を聞いた瞬間、レオの顔色が紙のように白くなった。

「……馬鹿な。この音は……『断罪の鐘』?」

「何それ。時報?」

「違う! 『聖教会』だ! 奴らが異端審問を行う時の合図だ!」


 レオが焦燥した様子で立ち上がり、私と0を隠すように前に立った。

「まずいぞ。教会は『規格外』の存在を許さない。今の爆発的な魔力反応と、そこにいる『正体不明の子供』……。奴らなら、間違いなく『世界のバグ』として処理しに来る」


 教会の異端審問官。

 この世界の「正しさ」を管理し、少しでもマニュアルから外れた存在を排除する、お堅い連中というわけか。


「……あーあ。一難去ってまた一難ってやつ?」

 私はカレトヴルフを肩に担ぎ直した。

 足元の0が、私のジャージの裾をギュッと握りしめている。その手は小刻みに震えていた。


「大丈夫よ。あんたはバグじゃない。私が拾った『第1号』だもん」


 私は0の頭をポンと撫で、迫り来る鐘の音の方角を睨みつけた。

 おじさんのノートには、こう書いてあったはずだ。

『停滞した正義を疑え。バグこそが進化の鍵だ』


「上等じゃない。喧嘩なら買うよ、横浜流でね」


 王宮の瓦礫の上、風が吹き抜ける。

 清楚な破壊神と化した王女、胃痛持ちの騎士、そしてバグと呼ばれた子供。

 私の周りには、いつの間にかこの世界で一番「厄介」で、最高に面白いメンバーが揃っていた。


「さあ、みんな。第二ラウンドの開始だよ!」



【あとがき】

お読みいただきありがとうございます。


王宮を半壊させ、莫大な請求書を突きつけられたあかねですが、覚醒したエリス王女の「鶴の一声(うまい棒至上主義)」で回避しました。

しかし、息つく暇もなく、今度は「聖教会」という管理者の手先が迫ります。


謎の少年「0(ゼロ)」の正体とは? そしてあかねは、教会の理不尽なロジックをどう論破するのか。


次回、第8話。

『Price: エラーコード —— 聖女の定義と教会の異端審問』


「バグ」を巡る、あかねと聖教会のレスバトル(物理あり)が勃発します!

(※面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、応援をいただけるとNINEが全力で喜びます!)

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