Price: ドレスコード —— 処刑台のシンデレラ
鏡の中に映っているのは、誰だこれ、と言いたくなるような見知らぬ美少女だった。
コルネリウス商会が「命の恩人のためなら!」と血眼になって用意した真っ赤なドレス。安全ピンで無理やりサイズを合わせ、裾を少し引き裂いて動きやすくしたそれは、高価なはずなのにどこか戦闘服のような殺気を放っている。
「……肩が凝る。シロ、代わって」
『拒否しますな。私がドレスを着てどうするのです。主よ、覚悟を決めなさい。ここは戦場ですぞ』
肩に乗ったシロは、今は「高価なブローチ」のふりをして擬態している。
私はため息をつき、案内役の騎士団長レオを振り返った。彼は昨日よりもさらに顔色が悪く、ガリガリと胃薬を噛み砕いている。
「……あかね殿。重ねて言うが、その……ドレスの下にジャージを履くのはやめてくれないか」
「予備のポケットがないと不安なの。これ、横浜の常識だから」
「横浜とはどんな修羅の国なのだ……」
レオに導かれ、私は王宮の大広間へと足を踏み入れた。
そこは、眩いばかりのシャンデリアと、鼻をつく香水の匂いに満ちていた。
着飾った貴族たちが、シャンパングラスを片手に「品位」や「伝統」という名の見えない檻の中で、優雅に、そして退屈そうに踊っている。
その視線の先。
玉座に座っていたのは、この世のものとは思えないほど美しい、第三王女エリスだった。
白磁のような肌、光を反射しない銀の髪。
彼女は完璧な微笑みを浮かべていた。けれど、その瞳は鏡のように冷たく、周囲の全てを映しながら、何一つ受け入れていない。
おじさんのノートが、私の腰で静かに、けれど熱く脈打った。
(……あーあ。見てらんないね)
エリス王女は、この国の「象徴」という名のシステムに組み込まれた、精巧な人形だった。
彼女が座っているのは玉座じゃない。あれは、最高級の処刑台だ。
「アカネ・タケオカ。前へ」
レオの声に促され、私はエリスの前に立った。
周囲の貴族たちが、素性の知れない「村人C」の私を値踏みするように囁き合う。
「貴女が、街の危機を救ったという異邦人ですね」
エリスの声は鈴の音のように澄んでいたが、驚くほど感情がこもっていなかった。
「……まあ、ついでですけど。ペットの散歩中だったんで」
私の不遜な態度に、会場が凍りついた。レオの胃が悲鳴を上げる音が聞こえてきそうだ。
だが、エリスは表情一つ変えず、あらかじめ決められたマニュアルをなぞるように言葉を続ける。
「勇気ある行動に感謝します。褒美を望みなさい。金貨か、名誉か、あるいは……」
「いらない。そんなの、もう十分持ってるから」
私は彼女の言葉を遮った。
「代わりに、これ。あげるわ」
私はドレスの隠しポケット……ジャージの隙間から、一本の『うまい棒(コーンポタージュ味)』を取り出した。
ざわっ、と会場が揺れる。
騎士たちが剣の柄に手をかけ、レオが「よせ!」と叫ぼうとしたその時。
「よお、お姫様。退屈そうな顔してんね」
私はエリスの瞳を真っ向から覗き込んだ。
「それ、食う? それとも、ここで一生『正解』だけを喋るお人形でい続ける?」
血の匂いも、香水の匂いも消えた。
大広間に漂うのは、あまりにも場違いで、あまりにもジャンクな、甘ったるいトウモロコシの香り。
エリスのガラス細工のような瞳が、初めて微かに揺れた。
彼女が震える指先で、私の差し出した「下俗な捧げもの」に触れようとした――。
ズドォォォォン!!
その瞬間、王宮の天井が爆音と共に崩落した。
舞い上がる粉塵。悲鳴を上げて逃げ惑う貴族たち。
瓦礫の中から姿を現したのは、地下水路で見たあの「ノイズ」を纏った巨大な影――『ヘドロ・ギガント』だった。
「グルァァァァァ……!」
『主よ! 地下の掃除漏れが追ってきましたぞ! しかも晩餐会のマナ(魔力)を吸って巨大化しています!』
「うわ、しっつこい! ストーカーかよ!」
シロがブローチの擬態を解き、白い巨体へと戻る。
私もドレスの裾を思い切り引き裂き、カレトヴルフを抜き放った。
「レオ! あんたは王女を守りなさい! 私がやる!」
「くっ、すまない!」
レオがエリスを抱えて下がろうとする。
だが、エリスは動かなかった。崩れ落ちる天井の下、彼女は私の手からこぼれ落ちた『うまい棒』をじっと見つめていた。
魔物の巨大な腕が、エリスめがけて振り下ろされる。
「殿下ぁぁぁ!!」
レオの絶叫。
間に合わない――そう思った時だ。
サクッ。
乾いた音が、戦場に響いた。
それは、エリスがうまい棒を一口、齧った音だった。
直後。
彼女の身体から、凄まじい光の奔流が噴き出した。
それは神聖な祈りの光ではない。もっと暴力的で、原初的なエネルギーの塊。
「……ん。……しょっぱい」
エリスが呟く。その瞳から「人形」の曇りが消え、代わりに強烈な「自我」の炎が灯る。
彼女は片手を軽く振った。ただそれだけで、迫り来る魔物の腕が、空間ごとねじ切れて消滅した。
「えっ……?」
私も、レオも、動きを止めた。
「わたくしの食事を邪魔するとは……無礼にも程がありますわ」
エリスが笑った。
それは完璧な「王女の微笑み」ではなく、獲物を前にした「捕食者の笑み」だった。
「さあ、あかね様。わたくし、まだお腹が空いていますの。……メインディッシュは、あそこで暴れているゴミでよろしいかしら?」
清楚なドレスが魔力で逆巻き、彼女の背後に無数の光の槍が出現する。
「……ははっ。こりゃ傑作」
私はカレトヴルフを構え直し、ニヤリと笑った。
「いいよ、お姫様。一緒に『掃除』しようか!」
ドレスコードは破壊。
史上最悪で最高に楽しい晩餐会が、今幕を開ける。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
王宮の窮屈な空気を、魔物の襲来と「うまい棒」がぶち壊しました。
一口のジャンクフードが、人形だった王女の「野生」を呼び覚ます。
次回、覚醒したエリスとあかねの共闘。そして、胃痛騎士レオの受難は続きます。
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