Price: はじめての小遣い —— 魔物のバグと、俺達のバグ
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
おじさんの教え「YOKOHAMAメソッド」で恐怖を克服し、大量の魔石をゲットしたあかね。
さらにチョコ一つでギルドの受付嬢をフリーズさせ、無理やり「居場所」をこじ開けました。
力づくの勇者様ではなく、システムの隙間に「甘い罠」を仕掛ける彼女のやり方は、果たしてこの硬直した世界をどう変えていくのでしょうか。
次回、第5話。
『Price: インフレ —— Fランクの豪遊』
一晩で金貨を使い切る、あかねの「実存の美学」。
そして彼女を付け狙う、新たな「視線」とは……。
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街を出て一時間。
私たちの「はじめての遠足」は、今のところ順調だった。
巨大な亀のようなドラゴン、グリの背中は驚くほど揺れない。背中を覆う苔のクッションは、横浜の高級ホテルのラウンジにあるソファよりも快適だ。
子供たちは最初は「食べられるんじゃないか」と震えていたけれど、今ではすっかりはしゃいで景色を眺めている。
「見て見て! あんなところに赤い花が咲いてる!」
「すげー! 空って、街の中から見るより広いんだな!」
彼らの目が、少しずつ「上」を向き始めている。
いい傾向だ。やっぱり人間、天井のない場所に出ないとダメだ。物理的な天井も、心理的な天井も。
『……しかし主よ。平和すぎやしませんか?』
肩の上のシロが、心配そうに周囲を見回している。
『スタンピードの予兆があるという話でしたが、雑魚一匹出ませんぞ』
「グリがデカすぎて、野生動物がビビって逃げてるんじゃない?」
『だと良いのですが……この空気、嫌なノイズが混じっていますな』
その時だった。前方の空間が、テレビの砂嵐のように奇妙に歪んだ。
ザザッ、ザザザッ……。
耳鳴りのような不快な音が響き、何もない空間から黒い「何か」が滲み出してきた。
「ひっ……!」
「ま、魔物だ……! 『エンドレスウルフ』だ!」
それは狼の形をしていたが、決定的に「生き物」に見えなかった。
輪郭が激しく明滅し、身体の表面には血管の代わりに、幾何学的な模様が走っている。
鳴き声も獣の声ではなく、壊れたスピーカーのノイズのようだ。
子供たちが一斉に顔を伏せ、恐怖から逃げるように目を閉じる。
その姿を見て、私は横浜のおじさんの言葉を思い出した。
『いいか、あかね。バグが出た時に、画面から目を逸らすな。怖いから見るんだ。見なきゃ直せない。見なきゃ進まない』
私は大きく息を吸い込み、グリの背中で立ち上がって叫んだ。
「顔を上げなさい! 目をつむるな! ビビってもいい、泣いてもいい! でも、現実を直視するの! それが『YOKOHAMAメソッド』よ!」
涙目のまま顔を上げた子供たちの前で、私はカレトヴルフを抜き放った。
別に、華麗な剣技なんていらない。この世界の「バグ」を叩き潰すには、圧倒的な「物理」があればいい。
「グリ、そのまま踏み潰しちゃって! 必殺『ロードローラー』!!」
ドォォォォン!!
グリの圧倒的な質量が地面ごと魔物をプレスする。
魔物は血を流すこともなく、プシュウウウ……という音と共に黒い霧となって霧散した。あとにはキラキラ光る石だけが残った。
さらに、茂みから助けを求める冒険者たちを発見し、私たちは暴走バスのように突っ込んで群がる狼たちを弾き飛ばした。
「……あ、あの。助けていただき、ありがとうございます」
リーダー格の青年が、腰を抜かしたまま恐縮して声をかけてくる。
「あ、いえいえ。通りすがりなんで。……ところで、この落ちてるキラキラは何?」
「ご存じないのですか? 魔物を倒すと残る『魔石』です。ギルドに持っていけば、結構な金額になりますが……」
「えっ! お金になるの!?」
私は即座に子供たちに号令をかけた。
「みんなー! お宝拾いだよ! 手伝ってくれたら、お菓子追加するよ!」
さっきまで震えていた子供たちが、今は現金……もとい、未来の「お菓子」のために目を輝かせて石を拾い集めている。恐怖を直視させた甲斐があったというものだ。
***
夕暮れ時。私たちは袋いっぱいの魔石を抱えて、街の冒険者ギルドへと乗り込んだ。
扉を開けると、酒と汗の臭いが押し寄せる。そこには、規律という名の檻に閉じ込められた大人たちがひしめいていた。
「いらっしゃいませー! 本日はどのようなご用件でしょうかー!」
受付嬢のルナさんは、相変わらず完璧な、しかし心のこもっていない笑顔で迎えてくれた。
だが、私が「登録と換金」を申し出ると、彼女の目は冷たく細められた。その瞳には、私の『村人C』という絶望的なステータスが映っている。
「お客様。冒険者登録にはDランク相当の実績か、あるいは適正な職業が必要です。村人Cでは、登録基準に達していません! お帰りくださいー!(ニッコリ)」
またこれだ。目の前に魔石の山があるのに、彼女は手元のマニュアル(システム)しか見ていない。
私はため息をつき、ポケットから日本製のチョコレートをひとかけら取り出した。
「これ、あげるから。ちょっと食べてみて。話はそれから」
「規則には『チョコを食べる』という項目は……あ、甘い……濃厚……なにこれ……エラー……エラー……」
ルナさんの瞳に、初めて「バグ」という名の生気が走る。思考停止した脳に叩き込まれた未知の糖分。
笑顔を貼り付かせたままフリーズする彼女を横目に、私はギルドマスターのバッカスを呼び出した。
「なっ……エンドレスウルフの魔石が、これほど……!?」
「責任とかマニュアルとか知らないけど、現物があるんだから、登録くらいできるでしょ? それとも、この魔石、全部捨てて帰ろうか?」
バッカスは脂汗を流しながら、私の『村人C』という評価と魔石の山を交互に見た。
システム上の矛盾に、彼の「常識」が悲鳴を上げている。
「……わ、わかった。買い取ろう。ただし、ランクは最低の『F』だ。いいな、絶対に問題を起こすなよ」
「FでもGでもいいよ。お金さえ貰えれば、肩書きなんて空っぽでいいんだから」
私はずっしりと重い金貨の袋を受け取った。
一文無しの『村人C』が、チョコと物量で異世界の経済システムをハックした瞬間だ。
「よしみんな! 今日はお祭りだ! 今夜は一番高い屋台を買い占めるよ!」
ギルドを出た私を、子供たちが歓声で迎える。
金貨なんて、ただの重たい金属だ。それを使って、誰かの目が輝き、美味しいという「記憶」が刻まれる。それこそが、私がこの世界で手に入れたい本当の報酬だった。
異世界のルールなんて知らない。バグがあるなら、直して、笑って、お腹いっぱい食べる。
それが、私の新しい『Price(対価)』の決め方だ。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
おじさんの教え「YOKOHAMAメソッド」で恐怖を克服し、大量の魔石をゲット。
さらにチョコ一つでギルドの受付嬢をフリーズさせるあかね。
力づくではなく、システムの隙間を突く彼女の快進撃はここから始まります。
次回、第5話。
『Price: インフレ —— Fランクの豪遊』
お金は使ってこそ価値がある。
あかねの「実存の美学」が、街の市場に旋風を巻き起こします!
(※面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価、応援をいただけると嬉しいです!)




