Price: 言い値 —— 商業都市アヴァロンと天井のない檻
コルネリウス商会の馬車に揺られること数時間。
地平線の彼方に、まるで大地から突き出した巨大な牙のような、黒々とした城壁が見えてきた。
「お嬢様、到着いたしました。ここが辺境の要、商業都市アヴァロンです」
御者台から、真面目そうな使用人のバーツが声をかけてくる。
城門をくぐり、街に入ったその瞬間だった。
腰に差した黄金の剣……の隣に吊るした「おじさんの黒いノート」が、意志を持つかのようにピカッと光った。
(げ、またかよ。何? 今度は何の説明?)
私がページをめくると、白紙だった場所に、ご丁寧に新しい項目が浮かび上がっていた。
『――この街「アヴァロン」は、かつて理想郷の門前町として栄えた場所。
だが、今や人々は理想(空)を忘れ、地上の数字(金)に執着するだけの存在に成り下がっている。』
(なんじゃこれ。要するに、ここって昔はすごかったけど今は廃れたってこと? アヴァロンってオワコンなの? 大丈夫なの、この街……)
私が心の中で毒づくと、脳内に直接、あの懐かしい、そして少し胡散臭いおじさんの声が響いてきた気がした。
『あかね、名前と実態がズレた時、そこに大きなバグが生まれるんだ』
「……勝手なこと言って。バグなら直せばいいんでしょ、直せば」
私はノートをバタンと閉じ、周囲を見渡した。
目に飛び込んできたのは、無数の石造りの建物がひしめき合い、看板が所狭しと並ぶ、圧倒的な熱量を放つ街並みだ。
けれど、確かにみんな「余裕」がない。
歩く速度が速く、誰も空を見上げない。みんな猫背で足元の石畳と、今日稼ぐ金貨のことしか見ていない。
(なんだか、日本の満員電車みたい)
スマホの画面ばっかり見て、死んだような目で揺られてるサラリーマンたち。あの息苦しさが、この街全体を覆っている。
『主よ、あくびが出そうですな。この街は、物理的な壁以上に「常識」という名の低い天井に覆われていますぞ』
肩の上のシロが、不機嫌そうに喉を鳴らす。
「同感。なんか、天井が低い感じがして息苦しいんだよね」
物理的な空はこんなに広いのに、この街だけ空気が圧縮されてるみたいだ。
中央広場。そこで馬車を止めたコルネリウス会頭は、深々と頭を下げて私にずっしりと重い皮袋を差し出した。
「お命を救っていただいたお礼です。本当は金貨百枚でも足りないのですが……どうかお受け取りください。当面の軍資金に」
「……いいの? 言い値で払うって言ったの、あんただけど」
「商人に二言はありません。貴女様は、それ以上の『価値』を私に見せてくださいました」
私は金貨の袋を放り投げ、キャッチした。
おじさんのノートには「オワコン」呼ばわりされていたけれど、この重みだけは本物だ。
「よし。とりあえず、この名前負けしてる街をハックしに行こうか」
私は金貨を懐にしまい、最初のターゲット——孤児院の子供たちが待つ路地裏へと歩き出した。
***
「お姉ちゃん、お菓子持ってる?」
「わあ、カッコいいトカゲ!」
路地裏の孤児院。二十人ほどの子供たちに囲まれ、私は一瞬で英雄扱いとなった。
そこで園長のマルタさんから聞いたのは、街の戦士たちが出払っている隙に魔物が現れ、子供たちが外へ遊びに行けないという「閉塞感」の話だった。
「ピクニック、行きたくない?」
「えっ? でも、魔物が……」
「行きたい! でも……僕たち、お金ないよ」
一人の少年が、小さな手を差し出した。
その掌には、川原で拾ったような、丁寧に磨かれた青白い石ころが乗っていた。
「これしかないけど……乗れる?」
「うん、上等」
私が石を受け取った瞬間、腰のノートがまた微かに熱を帯びた気がした。
おじさんの解説なんていらない。この温かい石ころこそが、今の私にとって最も価値のある『Price(対価)』だ。
「ありがとう、大事にするね。これで運賃は支払い済み!」
私は石をポケットにしまい、ニヤリと笑って黄金の剣に触れた。
「出ておいで、グリ。エコモード解除、形状変化『バス』で頼むわよ」
まばゆい緑の光と共に、庭に巨大な亀のようなドラゴンが現れる。
「さあ出発。行き先は『アヴァロン・ゲート』! 空を見上げない大人たちを、下から見返してやろうじゃない!」
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
名前と実態がズレた時に生まれる「バグ」。
理想郷の名を冠しながら、地面しか見ない大人たちの街アヴァロンに、あかねが「遠足」という名のデバッグを仕掛けます。
おじさんのノート(守護者)に導かれ、あるいは突き放されながら、村人Cの少女はどこへ向かうのか。
次回、第4話。
『Price: はじめての小遣い —— 魔物のバグと、甘い罠』
ピクニックの先に待っていたのは、この世界のシステムそのものが生み出した「異形」でした。
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